26:愛

 わたしの神域に神への素質を開花した子がやってきた。

 どこの枝で教えた子だろう、人数が多すぎて記憶が曖昧だ。

 まぁ下っ端とはいえわたしも神の端くれなので、本気で記憶を辿ればどこの誰だか実はすべて覚えているのだけど、そこまでやる必要がないからやんない。

 さてやって来たのは女神見習いだ。研修の際には男神も混じっているが、神への素質を開花させる段階に入ると、男神見習いは男神へ、女神見習いは女神へと預けられるので、髪が短く起伏もなく少年っぽく見えようが、これは女神に違いない。

 なお預けられる先の選定方法は不明、誰がやってるのかも知らない。しかしいま現在、わたしが優遇されていることは知っている。


 わたしは『環』の事を思い出しつつ、三姉さまが造ったカリキュラムを元に指導を行っていった。彼女の研修は『環』ほど突飛なことはなく、無難に無難に進んでいった。そしてついに研修がすべて完了する。

 早速三姉さまのところへ、『環』の時はそのまま一姉さまの元へと言ったが、今回は違って二姉さまの方へ転移した。

 二姉さまが許可した以外、流れは一緒で彼女は神となり第九位『無』となった。

 わたしにとって彼女は二人目。初めての『環』ほどではないけれど、実に感慨深いと感じる。しかしこの子は二姉さまの枝の子なので、神になった後は当然のようにそちらに帰っていった。

 ああ、二姉さまの枝の子だから二姉さまが許可だしたのかな。

 それにしてもこれだけ見送ってやっと二人目とはね。

 神に至らなかった者がいかに多いか。一度見送った者が再び研修生として戻って来ることはないから、成れなかった者は、たぶん……己を保てず消滅しているに違いない。




 さて大変有名どころに〝愛〟という神性がある。

 有名だけど発現はやや特殊で困難。なぜかって、〝愛〟は一人に非ず、男神と女神の二人セットの神性だから。

 発現するには二人のユニゾンが大事らしい。


 ところで前に、過去にひとりで発現させた強者が居ると言ったと思うが覚えているだろうか?

 その強者が今回第九位『無』から生まれた。

 よりによってわたしが教えた子ってのが、頭を悩ませてくれる……


 二人目改め『愛』がわたしのところに挨拶にやってきた。

「お久しぶりです。月先生」

 一姉さまの直系姉妹の場合、わたしは『月』か五姉さまと呼ばれるだろう。しかし彼女は枝組なので、研修時代のまま先生呼び。

 少し寂しい。


「久しぶりだね『愛』。まずは神性の獲得おめでとう」

「ありがとうございます。これも月先生の教えの賜物です」

 神になるための指導はしたが、愛を得たのは彼女の努力あってのこと。社交辞令の挨拶まで出来るなんて、『環』も見習うべきだね。


「ところで〝愛〟をひとりで発現するなんて凄いね。どうやったの?」

「ボクは愛が男女との間にしかないというのがそもそもの間違いだと思っています。だって愛の形は人それぞれでしょう? それさえ理解できれば誰だって真実の愛を見つけることは可能ですよ」

「んん? 男女間以外だって相手は必要でしょ」

 BLも百合も相手は必要。もし自愛であるなら〝愛〟ではなく〝美〟を得るはずで。どう考えてもひとりで〝愛〟は発現しないと思うのだけどな。

「あれ。もしかして月先生は頭が固いタイプですか?」

「いいや。いままでにそう言われたことは無いよ」

「なら良かった。男女間以外について解りやすく例を出しますね。

 そうだなぁ。人族の部屋には天井と床がありますよね。二人・・はいつも見つめ合うほど愛し合ってるんですが決して触れ合うことは叶いません」

「は?」

「そこに二股ヤロウの壁が登場します」

「ス、ストップ。もういい。なんとなく分かったから」

 何がって、わたしには無理ってことがだよ!

「そうですか? ここからが面白いところなのに残念です」

 ……うわぁこの子の闇、深そう。



「ところで月先生、ボクに死の【機能】を創って頂けませんか?」

「もちろんいいけど、死って『愛』の世界には似つかわしくないんじゃない?」

「いいえそんなことはありません。ぜひお願いします」


 と言われて頂いた仕様がこれ。


 ・浮気をすると死ぬ(ただし本気なら何人いてもよい)


「えっと本気?」

「ええ真実の愛を他ならぬ『愛の女神ボク』の前で誓ったんです。撤回なんて絶対に許しません」

「そっかーへー」

 浮気=死。

 愛の形は人それぞれって言った口でそれを言っちゃうんだ。悪い言い方だけど人によって愛の重さは違うと思うけどなー







「三姉さま聞いてください」

「いつもいつも! さ・き・ぶ・れ! 出せって言ってんのよ!」

 どうしたんだろう。今日の三姉さまはのっけから荒ぶっていらっしゃった。

「まあまあ、落ち着いてくださいよ三姉さま」

「それはわたくしの台詞であって、あなたが言っていい台詞じゃあないわよ!」

「やれやれこれじゃあ話が進みませんね。少しは落ち着きましょう」

「やれやれこれじゃあ話が進まないわね。どうやらわたくしじゃあ効果ないみたいだし『勝利』を呼ぶとしましょうか」

 それは不味い。四姉さまはひとの話を聞かないタイプなので、問答無用で折檻される未来しかない。

 さらに言うなら四姉さまの折檻は物理一辺倒でものすごく痛い!

「すみません、ごめんなさい。わたしが悪かったです。反省しています」

「あなたね……」



 やや長めのお説教を受け、やっとお茶が出てきて本題に入ることができるように。

 いやぁ今日は大変だったなぁ~

「『環』は初めからおかしかったんですが、『愛』までやたらと邪神寄りの考え方をしているんです。どうしてこんな風になっちゃったんでしょうか?」

「指導員が悪い、わたくしが言えるのはそれだけよ」

 ほぅほぅ。

「つまりわたし以外の……」

「いいえわたくしは全面的にあなたが悪いと言っているのよ」

 そう言われましてもね、神の端くれとして本気で記憶を辿るまでもなく、全く覚えは有りませんよ。


「わたしは違うと思いますが?」

「いいえあなたで間違いないわ」

「もしかしてこれ、『蝶が羽ばたけば遠くで竜巻が起きる』と言ったありえない類の話です?」

「あなたは研修生を受け入れて指導をしたはずだけど、それをまったく覚えていないとでも言うのかしら」

「覚えていますよ。でもですね、それとあの子たちが闇やら死に傾いたことは全く関係ないでしょう」

「どんなに白い布だって黒い液に浸かれば染まってしまうわ。つまりそう言うことよ」

「三姉さま、まさかその黒い液がわたしとか言いませんよね?」

「ふふっちゃんと伝わって良かったわ」

 どうやら本気らしい。

 解せん……

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