第48話 4-14_色色サイド2「あ。カピバラ」
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別働隊の報告によると、三人は派手なスポーツカーと一時合流した後、街の古いショッピングセンターへ入ったのだという。
「ていうか『SARA』じゃん」
「あいつらが『SARA』行くってなると蓬莱先輩んとこじゃね? 知り合いらしいし」
蓬莱本舗と蓬莱漬けを知らない河尻市民はいない。特に色色の若者たちから尊敬を集めていたが、その理由について蓬莱司本人は多くを語らない。
「どうする?」
「司クンのとこに押し入るわけには行かねえよ」
「なんでえ?」
「バカ。あいつらがクスリ持ってたら蓬莱本舗に警察来ちまうだろ」
「ヤベエじゃん、そうなったら蓬莱漬け食えなくなっちまうよ。明日から白飯に何合わせりゃいいんだよ」
「だから待つしかねえよ」
「つうか司クンもグルってことはねえよな?」
といった一人が全員から殴られる。
「馬鹿野郎。司クンはな、昔シンナーにハマったバカ共の拠点に漬け物一丁で飛びこんでいって全員説得したんだぜ」
「すげえ……漬け物の単位って『一丁』だったんだ」
「雰囲気の話だよバカ。そんくらい悪を憎む人なんだよ」
「蓬莱漬けうめえしな」
「じゃあ待つしかねえな」
「逃げられねえか」
「チャリのとこで見張ってりゃいいんじゃね?」
三人が借りたレンタサイクルのことである。
それからしばらく彼らは待った。
「それにしても許せねえよ、ガキがクスリなんてよお!」
「やっぱ政治がわりいんだよ。景気も悪いしさ」
「バーガーも高くなったよな」
「ケチくせえ事いってんじゃねえよ。俺が奢って――あ、俺仕事クビになったんだった、どうしよう」
「どこも大変だなあ。あ、俺もバイト首になったんだった」
上では怪魚のアクアパッツァが饗されている所だったが、彼らは路上でロッテリアのバーガーにかぶりついていた。ポテトをシェアする。
「なんか鐘の音聞こえねえ?」
「聞こえねえ」
「クリスマスの何かじゃね?」
などと話して少し経ったところで、赤マフラーたちが降りてきた。
「来た来た」
三人が向かったのは学校の裏の丘だった。
「また追えねえようなトコかよ!」
休日の学校へは忍びこめたものの、山の中まで追っていけば、音で気づかれてしまうだろう。それに早良城山は迷いやすいことでも有名だった。見失っては元も子もない。
「あの上に時計塔があるんだよな」
「ああ。危ないから行くなって母ちゃんにいわれたな」
「あの山ン中でよ、大麻育ててたらどうする?」
「完全にアウトじゃん」
「でもさすがに探す余裕はねえな」
彼らは周囲を気にした。休日とはいえ部活動の生徒がけっこう出歩いている。
「なんか山から叫び声聞こえねえ? ディスコ?」
といっている側から、部活の生徒に指さされたりしている。彼らは撤退せざるを得なかった。
「やべえやべえ」
敷地の外で待つとして、問題は、赤マフラー達がどのルートで学校を出るかが分からない事だった。出口は複数ある。
「……どうしよ?」
ポンポンと、どこかで昼花火が鳴っている。
「というわけで案内役を呼んだぜ」
仲間に連絡して、ちょうど良さそうな人物を派遣させた。
「ここの生徒で、何か四方宮の方とこないだ揉めたらしい。何か事情話したら『追える』つうから」
「追えるってどういうこったよ?」
「さあ?」
派遣された人物は、まだ若い少年だった。
サライソの生徒らしい。なぜか目の下にダイヤ型の鮮やかなアザがあった。
「おまかせあれ♦」
派遣された少年は酩酊的なセリフと共に奇妙なポーズを取ったりする。
相撲技と顔相『銀杏落とし』によって心身に深い烙印を押された『シャーク・ブルー・ムーン』のあの新人である。一体どういう葛藤と解放があったのか、まったく別人のようになっていた。
「何か妙な野郎だな、大丈夫なのか?」
「彼は孤独。
「おめえシャブやってんな!」
人生の先輩として、男たちはビンタを入れた。しかし新人はニヤニヤするばかりでまるで堪えていない。
「シャブ? 僕がキメてるのはそう……純愛、ですかね♦」
「キメえ~」
「素面でいってるとしたらなお怖え~」
「すまねえ。四方宮に遭遇して以来この有様なんだ。あれから一睡もしてねえらしい」
連れてきた男が説明する。
「大丈夫かよ……」
「新種のシャブ打たれたって可能性もあるし優しくしてやろうぜ」
「やっぱ許せねえよ……クスリは……!」
といっている側から新人は、這いつくばって鼻をヒクヒクさせたかと思うと、いきなり全力疾走しだした。
「今すぐキミを壊したい♦」
「こえ~」
遅れて彼らも原付や自転車、スケートボードなどで後を追う。
レンタルサイクルの返却場所までけっこう走った。
どうやら赤マフラーたちは自転車を返してどこかへ行ったようだ。周囲に姿はもうない。
「残念♦ 抜け殻か♦」
到着するなり新人はつぐねの使ったサドルを嗅ぎ当てて撫でまわすなどしている。
「どこ行ったんだよあいつら。見失ってんじゃねえかよ」
新人はサドルに頬ずりしたまま視線を遠くへさまよわせて「直、通♦」などといった。
「こんどは何の下ネタだよ~怖えよ~」
「いや……待て」
一人が新人の視線を辿る。
近くにバス停がある。市バスに混じって『河尻動物園直通』と記された待合所を発見した。
「あ。カピバラ」
男たちの誰かが呟いた。
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ふれあいコーナーの外、柵に飾られた色とりどりの風船に隠れて彼らは三人を見張った。
「ほんとにいるとはな。こいつすげえな」
「しかしカピバラかわいいじゃねーか」
「かわいい」
「かわいい」
「カピ♦バラ♦」
カピバラに和んだりしながら見張りを続けていると、そのうち、どうやら仲間割れが始まった。
異様に顔がいいが心のない自動殺戮人形と渾名される少女が、いつもにも増して感情の死んだ顔で離脱していく。
「何やってんだよ仲良くしろよバカヤロウ」
「謝る勇気を持てよバカヤロウ」
などと会話も聞き取れないのに感情移入していたが、すぐに彼らはチャンスだと気づく。あとはもう一人の厄介者「シャブ中チワワ」を足止めできれば、「赤マフラー女」からクスリを奪って逃走できる。
「行けるかな?」
「色」
「ガキは更正させるにしてもクスリは許せねえ」
「たぶん赤マフラーが隠し持ってるはずだ」
「色。何か袋を首から提げてんのを見たヤツがいるってよ」
「それだ。ひったくる感じでいいだろ」
「得意でーす」
「警察はなしだぜ。俺、無免なんだよ」
「じゃあゲットしたら見つからないトコで破棄するぜ」
「いや、匿名で警察に届けりゃいいんじゃね?」
「お前がやんのかよ?」
「俺嫌だよ」
「俺、知り合いの漁師いるからよ。舟出してもらってよ。海へ沈めちまうってのはどうだ?」
「いいと思う」
「もうそれでいいや」
「色」
彼らの本来の軽薄さが見え隠れした。
その時、張り手の音が響いて、見ると赤マフラーが自分の顔を張ったのち「おらあ」などと叫びつつゴリラのように暴れている。
「禁断症状出てるよ……」
「ありゃ末期だな」
「考えてみたら顔隠してたりしてるし前科持ちかもしんねえ」
「じゃあクスリ盗んでやりゃあ、ビビって街から逃げだすんじゃね?」
「それで街守れんじゃん!」
「ああ。ヤクの仕入れ元もすぐに見つけられるだろうしな」
これはレグヌーカの事をいっているらしい。
「おいチャンスチャンス!」
赤マフラーがコートの前を開けている。首から提げた袱紗が覗いた。
明らかに何か大切を持ち歩くための備えである。
あの中に違法薬物が入っているに違いないと彼らは確信する。
ちょうど今、二人とも携帯端末に気を取られている様子だった。
最大のチャンスである。
彼らは頷き合うと、最後に狂気の新人へ目配せする。彼には「シャブ中チワワ」を引き受けてもらう約束だった。
「足止めは任せていいんだよな?」
「そろそろ狩るか♦」
「気持ちワル……だが行くぜ!」
「俺たちで街を守る!」
「俺らの街でヤクは許さない」
「シラスの密漁も許さない」
「GO! GO!」
「色!」
「色色色色……」
「シャブ撲滅! 色!」
「しらす撲滅! 色!」
とっさにしらすまで撲滅しながら、彼らはニンジャ走りでアタックを開始した。
「おらあああっ」という赤マフラーの怒声が響いた。
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