第2話 狩人志望者の話

 フード付きの赤いコートを着た赤ずきん。

 ボルトアクションライフルを背負い、腰ホルスターには45口径のダブルアクションリボルバー。斜めかけのポシェットを提げている。

 彼女の隣を逞しい四脚で歩く雄の若い狼。足元は白く上にいくにつれ茶の毛が混じっている。

 キャンプ一式の道具が詰め込まれたリュックを背負う。

 目的の町は、真新しい家ばかりが並び、辺りは草も森も少ない、人的にできあがった荒野のような土地。

 入り口には軍人が立っていた。


「こんにちは、お嬢さん。入ってもいいが、そこの獣はダメだ」

『どうして? ボクはボクだよ? どうして入っちゃだめなの?』

「しゃ、喋った!?」

「すみません、私の大切な相棒なんです。人を襲うなんてしませんし、こうして話せるので、入れてもらえませんか?」


 驚きを隠せない軍人は、気持ちを落ち着かせるほんの数秒間で思い出す。


「も、もしかして、何でも屋の赤ずきん、ですか?」

「まぁ、はい」

「でしたらライアン少佐から、話は聞いております。ただ君は、かなり珍しい狼だ。軍関係者だと分かるバンダナをつけて」


 迷彩柄のバンダナを首に巻いてもらい、尻尾を振る。


『ねぇねぇ似合う?』


 見せびらかすために赤ずきんの周りを跳ねまわる。


「似合ってるよ、とっても」

『でしょ、ありがとう!』


 琥珀の両眼を輝かせて、お礼を言う。


「あーどういたしまして」


 許可を得て町の中に入ると、早速住民たちから奇妙な物を見る眼差しが注がれる。


「なんだあの獣」

「軍用犬じゃないの」

「そんなことより赤いコートの、綺麗な人だなぁ、軍人かぁ?」


 尻尾を横に振り、耳を立て、通るついでと、


『こんにちは!』

「しゃ、喋った!?」


 挨拶をかます。

 期待通りの驚きに、喜々とした声を漏らす。

 楽しむ狼の背中を、優しく見守る。


『ねぇねぇ赤ずきん、どこに行くの?』

「とりあえずお店に行って、食料と備品を買う」

『リンゴほしい!』

「肉はいいの? 鹿肉とか」

『肉よりリンゴがいい!』

「……そうだね、値段と相談かな」


 赤ずきんはログハウスの食料品店へ。


「狼クン、ここで待ってて」

『えー店に入っちゃだめなの?』

「毛量が多いからね、大人しく待っていてくれたらリンゴを贈呈しよう」

『分かった!』


 狼は大人しく店の壁側に座り、尻尾を振りながら待機。


「いらっしゃい」


 髭面の厳つい店主が野太い声で迎える。


「お嬢さん、軍人?」

「いえ、ただの何でも屋ですよ」


 背負うライフル銃に、店主はしかめっ面で笑う。


「おいおいライフル銃といえば軍人だろ。許可証なきゃ所持できない代物だぞ。まさか盗品か?」

「許可証なら持っています」


 ポーチから許可証を取り出し、店主に見せつけた。


「マジか、なぁ本当に軍人じゃないのか?」

「はい」


 厳つい顔は俯き、口惜しく続ける。


「軍人になりゃ賃金がいいんだろ? 内戦の片づけが終わったら軍が撤退しちまうから、是非賊から守ってほしいもんだ」

「撤退すれば軍から狩人が配属されますよ」

「あー……なぁお嬢さん、何でも屋ならちょっと頼まれてくれないか」


 購入する食料をカウンターに並べた赤ずきんに依頼。


「報酬はお金よりも食料、弾薬、医療品が嬉しいですね」

「なら、店の品いくつか持ってけ」

「成立ですね、それで」

「息子のロイスを説得して、狩人になるのを諦めさせてほしい。あいつ軍人でもねぇくせに、無理言ってキャンプに入り浸ってやがる。軍の迷惑だし、何より大切な家族だ、頼む」

「分かりました。でもどうして狩人に?」


 しおらしく、泣き顔を浮かべた店主。


「母親と祖父が人食い狼に喰われてな、でも、この国じゃよくあることだろ。だから辛くても生きるしかない、だがロイスは乗り越え方を間違えてんだ」

「……なるほど」


 お店から出てきた赤ずきんに、尻尾を振って前脚がバタバタ忙しなく動かす。


『おかえり赤ずきん! リンゴ!』

「ただいま狼クン、今お店の人から依頼を受けたんだ。成功したら好きなだけリンゴが貰えるよ」

『じゃあ頑張る!』

「よし、早速キャンプ場に行こう」

『分かった!』


 先頭を意気揚々と進んだ。

 テントやコンテナハウスがある拠点に入っていく。


「どうも、見学ですか?」


 出入口に立つ軍人は敬礼して、にこやかに話す。


「いえ、ロイスさんに用事です」


 ロイスと聞いた途端、呆れと苦さを混ぜて笑う。


「あいつですかぁ。いいですけど、狼の君は会わない方が身のためだよ」

『なんでなんで?』

「仕方ない、狼クン、少しの間ここで待っていてくれる? あとでたっぷり役に立ってもらうから」

『えぇー赤ずきんが言うなら、分かった』


 しょんぼりして伏せた。


「ありがとう狼クン」


 拠点の奥に、急造で組み立てられたテントがある。


「ロイス、お客さんだ!」


 捲ると、玩具のライフル銃を布切れで拭く青年が、少し警戒しながら立ち上がる。


「お、親父じゃ、ないですよね?」

「いいから出てこい!」

「はいっ!」


 テントから慌てて飛び出す。

 短い茶髪、釣り目のロイスは見知らぬ女性に目を丸くさせた。

 フードの奥、穏やかな碧眼と透明に近い肌。


「うぁ、綺麗……え、誰?」


 案内を終えると特に説明もせず、配置に戻っていく。


「こんにちは、赤ずきんと申します。ロイスさんが狩人を希望する勇敢な人物だと町で噂になっていまして、一体どんな人かと興味が湧いてきたんです」


 照れくさそうに、満更でもない表情を浮かべる。


「そう、狩人になってみんなを守るんだ」


 玩具のライフル銃を抱きしめ、決意は固い。


「ところで、狩りにはもう行かれましたか?」


 ばつが悪い表情で、首を振る。


「一度も……で、でも、試験を受けるんだ」

「試験、ですか」

「射撃の腕はもちろん、森で実際に本物の銃で人食い狼を狩るんだ。合格すれば晴れて狩人になることができる!」


 熱のこもった説明に、「なるほど」と相槌を打つ。


「きっと辛いことがあったのでしょう、ですが、命に係わる危険な仕事です。家族が心配しませんか?」

「心配? ただの腑抜けだよ。家族が喰われたっていうのに、特に親父は呑気に店を続けてる。でもそんなんじゃダメだ。誰かが町を守らなきゃいけない、家族や町のためにも」

「そうですか……ところで狩人の制度について、ごぞ」

「うるさい、さっきからなんだよ! いくら君が美人だからって揺るがないぞ!」


 説得むなしく、拠点の入り口に戻った。

 尻尾を横に振り、赤ずきんの足元に寄っていく狼。


『どうだった?』

「なかなか正義感に厚い人だよ、こりゃ話し合いだけじゃ無理だね」

『そっかぁ』

「兵士さん、ロイスを狩りに連れて行ってもいいでしょうか」

「えぇっ正気ですか? だってここら辺は」

「もちろん理解しています。他の方も何人か同行お願いできますか。さて、狼クンにも手伝ってもらおうかな――」






 ――夕方……ロイスは本物のライフル銃を持ち、高揚する。

 荒野の中に、ぽつん、とある小さな森に入っていく。


「余裕そうですね、ロイスさん」

「う、うるさい、って、君も来るのか」

「はい」

「無駄話はよせ、これから森に入るぞ。他の町より人食い狼は少ないが、油断するな。奴らは鹿や猪なんか比べ物にならない速さだ、気付いた時には喰われてた、なんてこともある。特にロイス、お前は初めての狩りだ、射撃訓練とは訳が違う、絶対真ん中にいろ、いいな」

「はいっ」 


 雑木林と雑草が集まり絡まり、小さくも密度の濃い森となっている。

 草の根本が揺れ動く度、ライフル銃を構えるロイス。


「ロイス、落ち着け」

「は、はぃ」


 赤ずきんは辺りを眺めた。森の涼しさを吸う。


「人食い狼の臭いがしませんか?」

「え、い、いや、しないぞ」

「人食いですから、他の動物より体臭が強いんですよ」

「ふ、ふーん……」




 必死に森の空気を鼻に送り込むが、心地いい草木の香りだけ。

 肩の力が抜ける。

 葉っぱが舞い、擦れる音と静かな呼吸が遅れて耳に届いた。

 赤ずきんの真横を掠める大きな口と澄んだ琥珀の両眼。


「うぁああああああ!?」


 茂みに倒れ込んだロイスは、大きな声を上げた。

 精一杯の抵抗として、盾代わりに銃身を噛ませる。

 尻尾を横に振り、険しい眉間で唸った狼。


「やめろっ、やめ、食わないで! やめっ……やめ」


 鋭く太い牙が銃身を軋ませ、亀裂が走る前に噛み砕いた。

 木片やネジと銃弾がバラバラに散っていく。


「ひゃぁあああ!!」


 青ざめて暴れたくるロイスだが、顔中を舐めまわされている。


「おいロイス、よく見ろ」


 呆れながら見下ろす軍人たち。


「えぁ……」

『ねぇねぇびっくりしたぁ?』


 無邪気に訊ねる狼だが、返事がない。


『あれ?』

「気絶しちゃってるね」


 ロイスは家へ送られた――。




「やっと帰ってきやがったな、馬鹿息子が」


 嬉しさではにかむ店主は、気絶している我が子を見守る。


「ロイスが起きたら、これを渡してあげてください」


 厚めの紙に書かれた文字を読み、店主は頷く。


「不合格……」

「軍からの重要書類ですので、確か、軍法によると破ったら裸で吊るされますよ」

「ははっ、ロイスにはいい罰だが、これ以上恥をかいてもらっちゃ困る」

「ところで、ここら辺、人食い狼も他の獣もいませんね」

「そりゃな、ここは内戦の中で激戦地だったんだ。家も畑も森も焼き消え、メシがなくて餓死は当たり前、死体だらけ」

「なのにどうしてロイスは人食い狼だと思ったんでしょうか」


 店主は、ぼそり、と話す。


「言ったろ、メシがなかったんだ――」





 入り口で待っていた狼が迎える。

 キャンプ一式と食料が入ったリュックを背負い直し、太く鋭い牙でリンゴを噛み砕く。


「さて、さっさと出よう」

『放っておいていいの?』

「報酬もらったから、いいんだよ」


 尻尾を横に大きく振り、1人と1匹は町から出て行った……――。

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