第37話 大捕り物 1/2


「ところで、先ほどの『家に帰れないことを覚悟しろ』というお言葉は、わが国の第三王子に対しておっしゃられたことなのでしょうか」


 初老の大使エイドリアンの言葉に、カーティスはハッと顔を上げる。


「い、いや! それは、言葉の綾で……」

「さようですか。それでしたらよかった。うちのケビンはおうちに帰りたがっているようですからね」

「き、貴殿は、どこまで知って」

「何も知らずにこの場に現れるなど、外交官の風上にも置けない行為だと思いませんか?」


 わなわなと震える国王カーティスに、エイドリアンはニッコリと顔に微笑みを張り付けている。

 しかし、目が笑っていない。


 この大叔父は、敵に回すと面倒なタイプの人間なのだ。しかも、リーンハルトと非常に気が合うらしく、いつも二人でタッグを組んではケビンの反論を封殺してくる。彼がケビンの実際に住んでいる場所を知る数少ない人間であるのも、彼に居場所を教えなければどうなるかわかっているなとあらゆる想定を加えつつ説明されたので、仕方なく教えたからだ。今回の件も、リーンハルトはこの大叔父に最初から相談しており、大叔父も興味津々で絡んできているらしい。

 だから多分、このデジケイト王国の国王はおしまいである。


 さらば、国王カーティス……とケビンが心の中で合掌していると、今まで静かにほほ笑んでいたバニラが立ち上がった。

 バニラが立ち上がったことで、周囲を取り囲む国王直属部隊に緊張が走る。


「なるほど。もう終わりということですね」


 クラウスが驚いた様子で「バニラ?」と問いかけたけれども、おいてけぼりの第一王子に対する返事はないようだ。


 ケビンが座ったままバニラを見上げると、彼女は微笑みを消していた。冷たい水色の視線が、ケビンを刺してくる。


「ケビン様。まさかこんな形での再会を望まれているとは思いませんでしたわ」

「ああ、いえ。私はあなたと話をしたかったので、こういう形の再会は別に望んでいませんね。実際、まったくお話できていませんし」


「ケケケケビン様っ!? こ、こ、この女と!! 再会を、約束していたのですかっ!? い、いつ!? 夜会? もしかして夜会なの、先週の?」

「姉様、姉様。僕達は謎の護衛一味なんだから、会話に口を挟んじゃだめだよ」

「バ、バニラ! この男にも、手を出していたのか!! 私というものがありながら……真実の愛を捨てるのかっ!?」

「側近候補の令息達のことは知っていたが……父上と……ケレンスキー侯爵まで……? そんな……まさか、四大公も……!?」


「ではお話をするために、二人で別室にでも行きましょうか?」

「ああ、それもいいですね。ですが――」


 ケビンの言葉を、なぜかその場の全員がかたずを呑んで見守る。


「私はあなたと、牢でお話するだけでも構いません」



 シーンと静まり返ったその場に、バニラの笑い声だけが響いた。


 日陰になっているとはいえ、庭園に面した中央テラス席。

 青空の下、若い女性の笑い声だけが宙を舞う。

 誰もその状況に水を差すことができない中、バニラはふと、笑うのをやめた。


「そういうことを言うのね。この――」


 ケビンは、目を見開いた。

 紫色の瞳を輝かせ、バニラの挙動を凝視する。


 彼女が右腕の服の下から取り出したのは、杖だ。



 ピンク色の魔石を埋め込まれた、万年筆サイズの――魔法の杖!



「最低男!!!」



 杖が大きく光り、周囲一帯にその光が大きく広がった。

 その範囲は、ちょうど中央テラス席に座る者達と、その周囲を取り囲む国王直属部隊を包み込むくらいか。


 光を浴びたもののうち、一部の者達の動きがおかしくなった。


 正確には、国王と、国王直属部隊。


「――バニラ様、お逃げください!」


 それは、誰の叫びだっただろうか。


 その掛け声をきっかけに、バニラは身をひるがえし、その場から走り出した。

 脱兎のごとく逃げ出す彼女に、女仮面が仰天しながら叫ぶ。


「えっ、走っ、逃げますの!?」


「バニラ様、こちらへ!」

「早くお逃げください!!」

「あなたはこんなところに居てはいけないお方だ!!!!」

「えっ、お前達!? なんなんだ、なんで女を逃がす!?」

「彼女は特別な人なんだ!」

「なにがどう特別!? やめないか、こら! 陛下の命は出ていないぞ!」

「彼女を逃がすなとも言われていないだろう!」

「そうだそうだ!」

「いやどういう理屈だ!?」


「国王である私が命じればいいのか! バニラを逃がせ! 全員、言うことを聞くんだ!!」

「陛下!?」


 国王直属部隊の大半はバニラ派のようだが、中には理性を保ち、この急激な変化に驚いている者も居るらしい。

 特に、女性隊員は驚きを隠せていない様子だった。

 しかし、多くの男性部隊がこぞってバニラをかばうので、どんどんお茶会会場とバニラとの距離が開いていく。


 それを呆気にとられながら見ていたお茶会参加者達は、ようやく我に返った。


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