第5話 デイトナーズ元公爵の濡れ衣


 デイトナーズ一家作成の炭火焼き鳥で倒れてから四日後、ケビンは医者の家から帰って来た。


 実は、この国で病気になった場合、通常、医者のほうが病人の家に通いでやってくるものなのだ。

 しかし、ケビンの家はゴミ屋敷である。

 三階の彼の自室に案内された医師は、奇声を上げながらケビンを自宅へ連れ帰った。

 そして、医師と看護師から散々説教をされたうえで、ようやく帰宅したのである。


 それからもケビンは、相変わらず自室の三階で過ごしていた。


 以前と少し変わったのは、ケビンがチラホラ、一階に現れるようになったことだ。

 ケビンの変化を、一家四人は首をかしげながらも、喜んで受け入れた。


 毎日毎日、ただひたすら、居住可能スペースを広げるために、滾々と掃除を続ける四人。

 ただし、自分達で料理をすることはない。


 そして、三階からふらりと現れては、一緒にお茶をして去っていく、稼ぎ頭のケビン。


 平穏な日々を、全員が心穏やかな気持ちで過ごしていた中、三時のおやつを食べに居間に下りてきていたケビンが、ふと呟いた。


「そういえば、皆さんのことが今日の朝刊に載っていますね」


 ハッとした四人に、ケビンは続ける。


「五大公爵家が一つ、デイトナーズ一家の没落! 公爵家はエレンスキー王国からシンデナッフィーを密輸! 長女の貴族学園内での苛烈な学友いじめも発覚!」


「違います!!!!」

「私、何もしてません!!」


 ガタッと立ち上がるダニエル元公爵とデイジー元侯爵令嬢に、ケビンは淡い水色の瞳をきゅるんと瞬く。


「そうでしょうね」


 ケビンの素直な言葉に拍子抜けしたのか、二人は固まった後、しぼむようにソファに腰を戻す。


「ですがその。どうしてこんなことに?」


 稼ぎ頭の促しに、沈んだ顔をしたまま、まずはダニエルが話始めた。


「実は、国内で違法なシンデナッフィーが流通するようになったのです。国王陛下は、たいそう気になさっていて、それを私達五大公爵家に相談なさいました……」

「そもそもシンデナッフィーってなんでしたっけ?」


 娘のキスシーンを見てしまったような顔をしたダニエル元侯爵は、妻を見たところ、妻チェルシーは長女デイジーと長男ドビアスに「耳を塞ぎなさい」と告げる。

 素直な子ども達が耳を塞いだところで、ダニエル元侯爵が話し始めた。


「興奮剤です」


 聞き間違いかな?

 ケビンは思わず首をかしげる。


「ですから、性的興奮剤です」

「……それを密輸」

「してません!」

「密輸したと、報道されてしまったと」


 とんでもない汚名ですねと呟くケビンに、ダニエル元公爵は顔を赤くして涙目でプルプル震えている。

 この金髪碧眼の元公爵、筋肉隆々の上、切れ長の瞳がチャーミングなとんでもない美丈夫なので、こういう表情をすると非常に危険な存在となるのだ。

 案の定、隣で彼の妻である赤毛の巨乳美女チェルシーが、興奮したように頬を赤らめている。

 この場合、魅了されているのは彼の妻なので、彼の魅力は正しく機能しているのだが、夜会に放り込んだ日には毎回大変なことになっていたのではなかろうか。


 夜の庭園で迫られるやたら筋肉質な美丈夫公爵ダニエル、シンデナッフィーで興奮した壮年の貴族の男達――そんな妄想にケビンが想いを馳せていると、ダニエル元公爵が言葉を次いだ。


「私は妻に大変興奮するので、そういった薬には興味がなく」

「聞きたくないない内情ですねぇ」

「ですが、日ごろから運動不足の貴族達には大変な需要があったようで」

「運動不足ですか」

「つまり夜の運動で」

「そこは飛ばして結構です」

「シンデナッフィーは、市販のバーイアッグラよりも相当な効き目を有するらしく。『枯れ果てたあなたの魅力を再起動』という闇の謳い文句が、こう」


 下品な謡い文句だな、もう!


「商品の説明は結構なので、背景事情を是非」

「国王陛下も使ってみたいと」

「……はい?」

「密輸は解禁しないけれども、自分だけ男としての魅力を再燃させたいと」

「………………はい?」


 宇宙を見た猫のような顔をしているケビンに、ダニエルは神妙な顔をしている。


「それで、五大公爵家が一つ、デイトナーズ公爵として、申し立てたのです」

「といいますと」

「奥様との愛と健康な食生活、後は筋肉が全てを解決するので、毎日一緒に走りましょうと」

「それに陛下は?」

「恥を忍んで発言したのにひどいと」

「それ、どこで発言したのですか」

「五大公爵会議です」


 五大公爵と国王が集まって、昼日中から何を話しているのだ!


「他の四大公爵はなんと?」

「何も言ってませんでしたね」


 なるほど、気配を消していたらしい。

 それにもかかわらず、この目の前のダニエル、きっと真っ白な歯を輝かせながら、最高の笑顔で先ほどの「毎日一緒に走りましょう」を口にしたのだろう。


「デイトナーズ公爵家は貴族界ちょっと異質ですもんね」

「え!?」

「ヒーロー気質というか、真っすぐですよね」


 筋肉と性欲に。


 というのは心に秘めながら、ケビンがにっこり微笑むと、ダニエルは照れた様子でこちらをチラチラ見てきた。


 ……。


「私にその気はありません」

「私も妻一筋です」

「まぁっ、アナタ……!」

「おお、愛しのチェルシー!」


 ぶっちゅー!と目の前で繰り広げられる光景に、さすがのケビンが度肝を抜かれたところで、耳から手を離した長女デイジーと長男度ビアスから苦情が入った。


「ちょっと! 話が終わったなら合図してよ!」


 憤慨するデイジーに、ケビンはハッと我に返る。

 彼はお互いしか目に入らない熱愛夫婦を廊下に追いやると、長女デイジーと長男ドビアスから話を聞くことにした。


 なおこの辺りで、執事のリーンハルトがのんびりとケビンの家にやってきた。

 彼は正面玄関から廊下を通り、廊下の途中で人目もはばからず熱愛中の夫婦を見てギョッと目を剥いたあと、全てを脳からはじきだした顔で居間へと現れる。

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