13 アカデミーの寮で

「うーん……やっぱりどれもこれも見すぼらしいかしら」


 騎士の宿舎を出てから一晩。

 お兄さまの口利きで、良い宿に泊まれることになったのはいいものの、朝になってから夜会に出るための適当なドレスがないことに気づいてしまった。


(まさか機会があるなんて思わないもの……それも獣紋夜会だなんて)


 一応、家から持ってきたドレスはあるけれど、みな、色あせた流行おくれのものばかりだ。そもそも売ってお金にしようとしてたものだし、王都の夜会で着れるようなものではない。


 男爵家にあった上等なドレスは、ぜんぶアルルに持っていかれてしまった。それどころか、靴も髪飾りもない。獣紋夜会は仮面をつけるルールらしいので、こちらの身元がバレる心配は低そうだけれど、このままだと身なりが酷すぎて目立ってしまう可能性もある。


「気が進まないけど……やっぱりアルルのいるアカデミーに行って、ドレスを返してもらいましょう。あの子、寮に戻ってきてるのかしら」


 家でのひと悶着を思い返す。アルルは頭を強く打って意識を失くした。

 あんな大怪我、いくら薬師さまの手当てを受けたとしても、ふつうに考えたらまだ療養中のはずだ。

 アカデミーの寮には、身内が忘れ物を取りにきたと言えば通してはくれるだろう。アルルには、あとで手紙を書けばいい。

 きっと火のように怒るだろうけれど、元はといえば自分のドレスだ。話せばきっとわかってくれるだろう。


 地味めの服に着替えて、アカデミーの寮に向かう。

 もちろん、ジュレさんから購入した薄紅色のウィッグと、お兄さまからもらった獣紋手袋は身に着けている。

 これなら身内以外、私だとバレる心配もない。

 

 王都ディアハートはほぼ円形の城下町だ。大まかに東西南北で分けられ、西側にある建物がだいたい教育機関と決まっている。今、私がいる宿は東の区域。宿屋や飲食店などの商業施設がずらりと並ぶ区域だ。

 最初は王都内の循環馬車を使おうと考えていたけれど、その支払いも節約するため歩くことにした。

 早朝から、休憩を挟みつつひたすら歩く。途中で美味しそうな香りのカフェに引き寄せられたけれど、ぐっとこらえた。

 ようやくアカデミーの寮に辿り着く。

 門衛さんにきいたところ、生徒たちはもう学舎に移動してしまったらしい。寮に残っているのは、病気などの理由でアカデミーを休んでいる人や掃除をするメイドたちだけだそうだ。

 姉とは言わずに、ルヴァン家の縁者だと告げ、家紋印の入った身分証を出す。その上で「アルイーネの忘れ物を取りにきた」と話すと、予想どおり門衛はすんなり中へとおしてくれた。ただし、一時間以内には出なくてはいけないらしい。移動を考えると、急がないといけないところだ。

 

 寮の中は学び舎独特の気配にあふれていた。

 自分も両親にせがめばここに通えてはいただろうけれど、そうなったら家にいる動物たちとお別れしなくてはならない。それだけは嫌だったので、勉強はなるべく家でこなしてきたのだった。


(結局、みんなたちとは別れちゃったけどね。またどこかで会えたらいいけど……)


 カラスのキューちゃんにカピバラのミルフォー、シマリスのドリスにテグーのロッタ。ヤモリのミロちゃんやトカゲのメレちゃん。お兄さまから譲り受けたアンモナイトのトニーに金魚のケイト。他にも仲良しだったみんなのことを思い出す。

 お世話を頼んだ動物愛護協会は、王都に本部があるといってたから、もしかしたら本当に会えるかもしれない。希望は捨てないでいようと思いつつ、アカデミーの寮内を移動した。


「あ、ここね。アルルの部屋は」


 寮の案内板に従って廊下を歩くと、アルルの名前が貼られたドアの前に着いた。

『生徒番号722 アルイーネ・ルヴァン』

 寮では貴族令嬢の部屋は個室と決まっている。ゆえに、同室者はいないだろうと思い、声もかけずに借りたカギでドアノブを回した。

 ゆっくりとチョコレート色の扉が開く。可愛くて綺麗なものが好きなアルルのことだ、きっと中はフリルやレースでいっぱいの空間が広がっているだろう。実は憧れていた学生寮に、少々の期待をふくらませながら中を覗いた。


「え……っ!?」


 一瞬、部屋を間違えたのかと思い、もう一度、廊下に出て名札を確認してしまう。

 間違いではなかった。ここはアルルの部屋らしい。けれど、まるでこれは――。


「泥棒……?」

 いや、泥棒のはずがない。ここはアカデミーの寮だ。巡回の警備兵だっているし、管理は徹底されている。

 となると。

「いじめ……?」

 そうとしか考えられない。ひどい状態だった。家具に傷がついているし、本もクッションもボロボロに破られてる。それだけじゃない。ベッドには水がかけられ、タンスの中は荒らされ、ドレスが破られている。

 あげくの果てに壁にはラクガキがしてあり、そのほとんどが妹をののしる言葉だった。

「どういうことなの? アルルは自分のことを優秀って……アカデミーでは人気者って言ってたわ」

 それがウソだったというの?


 とりあえず中に入り、部屋の扉を閉める。

 人の気配がしないのを確認し、極力物音を立てないよう、そろりと移動する。

 アルルの勉強机を見ると、ここにもラクガキがされていた。いったい誰が書いてるのか。罵詈雑言を見つめても、書いた本人まではわからない。

「いったいどうして」

 机に手を置いた瞬間、積んであった冊子が床に落ちた。

 あわてて拾うけど、これも全部ページが破られたり、汚れていたりしてもはや本とは呼べない状態だ。

 それでもひとつひとつ拾っていくと、その中に一冊だけアルルの趣味にそぐわないノートがある。

 学生が使うには少し高価な紙で、表紙には金箔で装飾がなされ、アルルの名前が刻まれていた。


(授業で使うノート? どんな勉強してるのかしら……)

 

 ぱらりと中を見る。

 文章を読むと学習内容ではなく、アルルの筆跡で独り言が書かれていた。変だなと思い、先を読むと、「今日は偶然会えて嬉しかったです」とか「私、果物が好きなんです」などと、まるで読者がいるように書かれていることに気づく。

 そして各ページの終わりには、よくわからない記号の羅列が記されている。

 

 (『A氏250 B氏300 C氏200 アルパカ◎ 豚◎ コウモリ× モモンガ△』……?)

 

 ……何がなんだかわからない。暗号文にでもなってるのだろうか。

 さらに読み進んでいくと、「グレミオさまは、どうしてそんなに私の姉のことを気にかけるんですか? 私と関わることだから? 嫉妬しちゃいますから、私のことだけ見てくださいね!」なんて書かれているものもあり……そこでようやくこのノートの正体に気づいた。


(もしかしてこれは、交換日記というものでは……!?)

 

 そういえば、ところどころ、アルルとは違う筆跡の文章がある。アルルの文章に比べたらかなり少ないので、さっきは見落としていたのだ。

 交換日記の定義は人づてに聞いたことがあった。親しい仲である学友が、相手に見せることを前提に日記を交換するという、いわば友情を深める行為であり……もしかしたら、友情を越えた何かがあるかもしれない――という少し意味ありげな交流だということも。

 ならば、一ページでも見たらいけない。読んでしまった分は取り返せないけれど、アルルに謝りつつページを閉じた。


 逃げるように部屋をあとにする。

 最初から誰も訪れていないように、そのままの状態で鍵をかけ、建物の出口を目指して走った。

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