11 聖女ランク

「選ばれなかった」って言ってるけど、たぶんコスタさんが悪いわけじゃない。

 牛紋は希少紋ではない。けれど、男性側に牛獣が多ければ、その多さゆえにこうしてあぶれる男性も出てきてしまう。

 夥多紋かたもんであればあるほど、結婚までの競争率はあがるのだ。コスタさんみたいに人が良さそうだと、獣紋が合致したとしても熾烈な婚活レースには不利なんだろう。


「台車が来たぞ! よし、サロンへ行くぞ、おう!」

 騎士の皆さんたちがコスタさんを木の台車に持ち上げる。お兄さまの号令で、コスタさんは獣サロンへ向かうらしい。

 獣サロンというのは、本来、獣人たちの病を治療する『獣治院』のことだった。けれど近年、獣化後の回復期も居場所が必要だということでサロンを包括した複合施設となり、治す場所から過ごす場所として役割を変えてきている。それを市井ではまとめて『獣サロン』と呼んでいるそうだ。

 ――私はというと、当然ついていく。

 お兄さまを見失ったら困るというのもあるけれど、領地村にはない、『王都の獣サロン』という場所に興味があったからだ。コスタさんの無事を祈りつつ、台車のあとをこっそり追っていく。


「着いたぞ!」

 街中にある獣サロンは、敷地が広かった。緑に囲まれた塀の中には、城を小さくしたような建物があり、奥へと続いている。

 正面奥の壁にはまた違う鉄格子でできた扉があり、その先は見えない。

 獣サロンの入り口からは多くの人々……ではなく半獣化、もしくは完全に獣化してしまった患者たちが列をなしている。

 見えるところからゴリラ、アルパカ、クマ、羊……ここは哺乳類の多い国柄だから、大体もふもふが並んでいるのだけど、まれにそれ以外の動物の方も列に入っている。

 最後尾に並んだとして、順番が回ってくるのはいつごろになるのだろう。コスタさんの様子を考えるとあまり時間に余裕はないように感じられた。


「……バーソラン商会の看板……?」

 思わず、口に出してしまった。

 入口の扉には見覚えのある商会ロゴが描かれている。なぜ見覚えがあるかというと、前世の夫の家門が懇意にしている商会だったからだ。間違いないか確かめながら建物の中に入ると、ごていねいに治療費の案内の掲示がされている。


(ふむふむ……当サロンでは、ランク3の聖女が皆さまの治療にあたっております。

 よって、一回の治療費は基本治療のほかにランクオプションとして十ゴールドを付けさせていただいてます――って、十!?)

 信じられない高額な治療費にくらくらしながら店頭販売所のほうへいくと、そこには獣化を治すポーションがずらりと並んでいた。

(ええ!? ポーションでさえ五ゴールド!?)


 ありえない。

 実家の領地では高くても五シルバーを超えることはない。

 ポーション瓶の色は青。形は美しい六角柱をしているところは従来のものと同じだけど、ここで売られているポーションには先ほど見たバーソラン商会のロゴが入っている。

 もしかして成分が違うのかな? と思い、ラベルを観察しようとすると、そこの販売員によって視界を遮られた。


「失礼、ポーションをお買い上げでしょうか?」

 キリっとした冷たい感じの男性に、一歩後ずさる。

 五ゴールドは買えない金額じゃないけれど、ここで買う気にはなれない。

「いいえ、帰ります」と踵を返すと、販売員はけむたそうに手をしっしっと振った。……感じ悪い。

 仕方なく入り口を出て、列の最後尾へ戻る。

 そこには台車に乗ったコスタさんとお兄さまがまだいるはずだった。けれどなぜか、一緒に付き添ってきた騎士の皆さんは列から外れて、敷地にある木陰で円陣を組んでいる。


「列に並ばなくていいのですか?」

 お兄さまに話しかけると、意外なことを言われる。

「それがさ……コスタの奴、獣化が止まったらしくてさ。しかも、ゆっくりだけど、治ってる様子なんだ」

「ええ?」

 ここに来ただけで獣化が治った?

 くるりと行列を振り返ると、他の患者さんはまだしっかり動物のままだ。そんなはずあるわけない。

 コスタさんだけが治るなんておかしい。

「おかしいよな。ここに来るまで新たにポーションは使ってないし、牛紋の聖女にも会ってない。そもそも獣サロンに女性は来ないからな。治癒してくれる自由聖女は別として」


 そのとおりだ。

 そもそも、獣化してしまった男性に、ボランティア精神だけで祈る聖女はそういない。

 トランプインプレッションを経たとしても、基本、好意を持つのは男性のほうだけで、女性は素のままだからだ。

 獣化した男性は、場合によっては近づくだけで危険があるし、理性が残ってることを知っていたとしても、よほど信用してなくては治療はしない。

 市井では、よく知りもしない男性に思いやりの心で祈ってあげたら、そのまま拉致監禁されることもあるという。監禁の上、むりやり妻にされ、男性の獣化が終わった数年後に捨てられる――といった酷い犯罪ケースもなくはないのだ。

 仕事として治癒にあたる自由聖女をのぞけば、むやみに祈ろうとは思わないだろう。


「コルル……お前、手が光ってないか」

「えっ」

 反射的に手を隠し、誰の視界にも入らない塀の壁があるほうへと移動する。

 布手袋をはずすと、たしかに左手の甲が金色に光っている。

 思い当たることといえば――。 

(まさか、私がコスタさんに『聖女の祈り』をしたから……?)

 はっとして、周囲を見回してしまう。

 誰もこちらを見ていないことに安堵し、改めて騎士の円陣の中に居るコスタさんを見た。 

 たしかに祈った。誰にもわからないよう、こっそりと、心の中で。

 だとしたら、コスタさんと私の獣紋は合致するということになってしまう。

 たまたまコスタさんとは目が合わなかったからよかったものの、正面から見据えていたらトランスインプレッションの光が出ていたということだろうか。


「……お兄さま、お願いがあるの。人払いして、コスタさんとお兄さまの三人だけで会えるようにしてくれない?」

「それなら騎士の訓練所に戻れば可能だけど」とお兄さまが頷く。私の手の光を見て、何か思うことがあるものの、とりあえず私の希望を優先してくれるような素振りだ。

 私たちはまた台車を転がし、皆で帰る。

 元居た場所に戻ると、時を置かずして鍛錬所の静養室へ移動し、鍵をかけてもらった。



「ごめんなコスタ。妹がいるからちょっと目隠しさせてもらうぞ」

 お兄さまのはからいで、半獣人のコスタさんの目を細長い布で覆う。私の目を見ないようにするためだ。

 その上で私は猫神リムと竜神グランディアの名をつぶやき、心を込めて祈る。建国に連なる二神の名をつぶやいたほうが、やや効果が高くなるからだ。

「あ……」

 まさか、という思いとやっぱり、という思いが同時だった。

 それまで半分くらい獣化していたコスタさんは、あっさりと人の姿に戻っていく。

 傍で見ていたお兄さまは驚愕の表情で、

 「おい……おい! コルル、お前いつの間に覚醒したんだ?」

 と、私の左手をとり獣紋の確認に入る。 

 ふつう、獣化した人間を早く治すには、ポーションの力が必要だ。

 ポーションがない場合、聖女がだいたい数時間ないし数日かけて獣化を治療するのが、世間一般での常識でもあったりする。

 それは聖女の持つ聖力の強さにも関係するという。けれど、一瞬で治療ができるなんて噂でも聞いたことがない。


「お、俺は、治ったのか……?」

 コスタさんが人間になった自分の手で、目隠しをとった。

 とっさにお兄さまが私の両目を手でふさぎ、そのまま背に隠す。

 お兄さまの肩越しに、コスタさんからの喜びを含んだ叫びが聞こえ、さらにお礼の言葉が降ってきた。

「あ、あ、アルイーネお嬢さま! ありがとうございます! こんな平民の俺のために祈ってくださるなんて……この御恩は一生忘れませんっ!」


 あ。と気づいた。

 そういえば、鍛錬所に来たとき、アルルの名を使ったんだっけ。

 帰り際、私の姿を見て他の騎士さまから名を聞いていたのかもしれない。

「そのことだけど、この子は」

 すかさずお兄さまが訂正しようとするけれど、コスタさんは満面の笑みのまま、興奮気味に叫んだ。

「ええもちろん、このことは誰にも言いませんので! 恩を仇では返しませんので! お嬢さま、いつか俺の肉を捧げますので、それまで待っていてくださいね! 俺、鍛錬を重ねて極上の肉になりますから!」

「あの、肉は、要りません」

 答えたけれど、それが終わらないうちに、コスタさんは一礼して去っていく。

 お兄さまが慌てて「いや、だからな」と言い出したときには、もう姿が見えなくなっていた。

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