12:公録
青薔薇がSステ出演する日の夕方、優花は六本木に来ていた。
おとといの夜に、観覧当選の電話がかかってきたのだ。
すっかり諦めていた優花は、電話を切るなり歓喜に震えた。
念のため、会社のお休みを取っていた自分……よくやった、である。
「わー、人、結構いるー」
Sステの観覧は、その週の出演者のファンが呼ばれる。ファンを集めるのは、出演者のファンクラブや事務所だ。
集合場所にはすでに多くのファンが集まっていて、出演者ごとにスタッフに呼ばれて、チェックが行われている。
その様子をドキドキしながら見ていた優花は、ある人物を見つけて固まった。
「……
ふんわりと巻いた、金髪のロングヘア。
童顔の可愛い顔立ちをした、小柄な女性。
彼女の名は、里美。
思わず、優花は里美をじっと見つめてしまった。
その視線に気がついた彼女がこちらに目を向けて、ぱぁっと花が咲いたように笑い、少し駆け足で優花のもとへやってきた。
「すみません! もしかして、青薔薇のファンの人ですか?」
「あっ……はい」
「あ、よかったー。そのピアスつけてたから、そうかと思って……」
そう言って彼女は、優花がつけていた青い薔薇のピアスを指さした。
ふんわりとした笑顔は記憶と同じで、天使のように可愛らしい。
対する優花は、ひきつった笑みを浮かべていた。
──里美……だ。
♪ ♪ ♪
前回の人生で、里美と出会ったのは、来年の二月に行われるバレンタインのライブ。
ファンクラブ限定イベントということで、お互い一人での参戦だった。
そんな二人は、入場待ちしている間に話したことをきっかけに仲良くなったのだ。
同じ璃桜ファンということで、その日のうちに意気投合。
次の春ツアーから一緒にライブに行くようになり、地方へ一緒に遠征もするようになった。
里美は色んなバンドのライブに通っていて、彼女に誘われて青薔薇以外のバンドを見に行ったりもした。
そんな里美とは、最初は仲が良かったものの、後味の悪い別れ方をすることになる。
ボーカルである璃桜様のステージの立ち位置は、センターだ。
優花も里美も璃桜ファンということもあり、二人はセンターで並んで一緒にライブを見ることが多かった。
ライブ後は、その日の璃桜様について熱く語り合うのが、二人のお決まりの流れだ。
都内の時は、終電ギリギリまで。
泊まりの時は、気がつけば朝になっていたこともあった。
彼女と璃桜様について語る時間は、楽しくて仕方なかった。
それが、ある時から変わり始める……。
「今日さー。璃桜、優花のこといっぱい見てたよね?」
「──で、優花のこと指さしてた!」
「今日の握手会。優花、いっぱい璃桜と話してたね?」
そんなことを口にして、不機嫌さを隠そうともしない。
いつしか優花は、そんな彼女と一緒にいるのが苦痛になっていた。
同じ璃桜ファンというのも、良くなかったのだろう。
そんな彼女との終わりは……突然、訪れた。
ツアーが終わった直後に、里美から手紙が届いた。
もう一緒にライブに行かないという、絶交の決意表明の手紙である。
これを見た時、優花は大変ショックを受けた。
それと同時に、どこかホッとしたのも覚えている。
こうして、優花と里美の短い友情は終わりを迎えた。
この頃にはライブや遠征にも慣れていたし、会場で会えば話をする友達も何人かいた。
そんなわけで、優花はその次のツアーから一人で回るようになったのである。
なるべくならば、里美とは顔を合わせたくない。
そんなことを思っていても、ライブ会場は狭い。
別々に回り始めてからも、里美とは会場などで何回も顔を合わせた。
あの手紙をもらってから初めて見かけた里美は、別の璃桜ファンの女の子と楽しそうに一緒にいた。
その姿を見て、なんとも言えない気持ちを抱いたものだ。
一度だけ、目があった彼女が気まずそうに顔をそらしたのが、妙に寂しかったのを覚えている。
♪ ♪ ♪
「あのー、誰ファンですか?」
ぼんやりと苦い思い出に浸っていた優花を現実に引き戻すかのように、里美が問いかけた。
「あっ……えっと、璃桜様のファンです」
「一緒だ! 嬉しい! 私も璃桜ファンなんです」
相変わらず天使みたいにふんわりと笑う、彼女の笑顔。
それが、優花にはなんだか怖く見えた。
前回の記憶があるので、できれば彼女と関わり合いになりたくない。それが、本音だ。
しかし、目の前の里美はそんなことを知る由もない。
ファン歴とか、最近載った雑誌のインタビューとか、璃桜様の話を無邪気にしている。
「あっ! これ、もらってください!」
急に思いついたかのように鞄を開けて何かを探し始めた里美は、優花に青い紙を一枚渡した。
小さなその紙は、手作りの名刺。
推しているバンドの名前……Blue Rose。
定番のフレーズである……璃桜
里美のライブネームである……
前回の人生でもらったのと、同じものである。
この時代のバンギャは、ライブネームを付けるのだ。
好きなメンバーの名前やバンド名などから、一文字取るのが定番。
会場で会うとライブネームで呼ぶので、何年も仲良くしていても本名を知らないなんてことは、ザラである。
この名刺には、住所などの連絡先も書いてある。
本名は書かないで、住所の所に「(石田方)」と小さく書かれているのが懐かしい。
ライブネームで送ると手紙が届かないことがあるので、こうして苗字を書くのだ。
彼女に手紙を送る時の宛先は、「石田 姫璃様」とか「石田様方 姫璃様」と、書くのである。
冗談みたいな話だが……この時代、ファン同士のやり取りは手紙が多かった。
V系の雑誌には、文通相手募集のページがあって、全国の友達を探している人の住所が載っていた。
そこで気の合いそうな人を見つけて、手紙を出して文通する。
そうやって、全国の友達を見つけたものだ。
令和では信じられないが、この時代は個人情報の扱いがかなり適当だった。そこら辺にある公衆電話に、個人の電話番号が載った電話帳が置いてあるような時代だ。
かくいう優花も、文通相手募集のページに応募して、雑誌に載ったことがある。
全国各地から何通も手紙が届き、嬉しかったのを覚えている。
そんなわけで、ファン同士が会場などで名刺交換をするのは、よくある光景だった。
会場で仲良くなって、文通する。
なんともレトロなやり取りだが、この頃はこれが当たり前だったのだ。
結局、この日。
優花は里美のことを「姫璃さん」と呼び、連絡先を交換し、一緒に収録を見ることになったのである。
ちなみに里美は、来年の夏にライブネームを使うのをやめて、本名である「里美」と名乗ることになるのだが……それは今の里美も知らない、未来のお話である。
収録の時間が近づいてきた。
優花たちは、控室に荷物を置き、スタッフに連れられてスタジオに移動している。
ゾロゾロと列になって、薄暗い場所を歩く。
優花も里美も、好奇心が隠し切れずにキョロキョロしている。
通路に無造作に置かれている小道具やセットを見ているだけで、ワクワクする。TVの裏側なんて、滅多にお目にかかれないのだ。
「わー、TVで見たのと同じですね」
「本当! なんか感動しちゃうね」
スタジオに到着するなり、優花と里美は瞳を輝かせた。
毎週のようにTVで見ていたセットが、目の前に広がっている。これを見て、興奮するなというのは無理な話である。
実際のセットは画面で見るよりも小さくて、スタジオも狭く感じた。
出演者が座る席とファンが座る席の距離も近い。
優花はキラキラした瞳でスタジオを見渡しながら、小声で口を開く。
「なんか、TVで見るよりも近く感じますね?」
「確かに……この距離で璃桜たちを見れるなんて、ラッキーだね」
「あの階段を璃桜様が降りるんですねー」
「階段の近くの席だったら、いいね!」
そんな願いが通じたのか、優花たちの席は階段のすぐ横になった。
「姫璃さん!」
「やったね!」
手を取り合って、小声で喜びを爆発させる優花たち。
すぐ横をメンバーが通るのかと思うだけで、ドキドキする。
興奮した優花は、すっかり忘れていた。
今回の人生では、里美とは距離を取ろうと思っていたことを。
気を抜くと、「里美」と呼んでしまいそうなほど、二人の距離は近づいていた。
前回の人生でも、二人は初めて会ったその日に意気投合したのだ。璃桜様が関わらなければ、人間的な相性は抜群に良いのである。
注意事項の説明や拍手の練習などを終えてから、収録が始まった。
初めてのSステの観覧ということもあり、優花は大興奮だ。
ついでに、青薔薇のSステ初出演となるこの回を見るのも、初めてである。
前回の人生ではまだファンクラブに入っていなかったし、青薔薇ファンの友達もいなかったので、この番組に出演したことすら知らなかったのだ。
階段を緊張した表情で下りる、メンバー。
他の出演者のトークを真剣に聞いている、メンバー。
CMの間に雑談している、メンバー。
歌の前に司会者と嬉しそうに話す、メンバー。
その全てを夢中で見つめた。
「みんな、髪の毛、すごい色だね」
司会者にそう言われて、子供のようにはしゃぐメンバーは、宇宙一、可愛かったし。
「太陽って書いて、ヒマワリって読むの? すごいね?」
この突っ込みには思わず笑ってしまった。
青薔薇の後ろに座っていた出演者も、他の出演者のファンも、滅茶苦茶笑っていた。
歌の収録はセットの関係で見えなかったが、そんなことは些細な問題だ。
優花は、初めてのSステの収録を思う存分楽しんだ。
家に帰ってから、見えなかった歌の部分を録画で見たのだが……。
「はぁー……可愛い」
パフォーマンスが目を覆いたくなるほど、初々しい。
そのあまりの可愛らしさに、録画を何周もしてしまう優花であった。
ついでに、アーティストが登場する時、チラッと画面に映った自分も何度も見てしまった。
TVに映るのは初めての経験だったので、嬉しかったのだ。
♪ ♪ ♪
後日。
里美から『次の青薔薇のライブ、一緒に行きませんか?』と書かれた手紙が届いた。
悩んだ末に、優花はやんわりとお断りの返事を書いた。
それから数回、手紙でやり取りをしたが、その頻度は徐々に減っていく。
そうして、今回の里美とは、会場で会えば挨拶を交わす程度の関係となったのである。
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