Episode21 違和感

「さて、これでお前を守る前衛はいなくなったわけだが……大人しく俺の奴隷になるっていうんなら優しく受け入れてやってもいいんだぜ?」


 俺は解放された武器の能力である投擲後の自動帰還能力を発動して『トール』を自身の右手に呼び戻し、ずっしりと重量を感じる大槌を肩に担ぎながら芹川へとそう語り掛けた。

 だが、芹川は見慣れたやる気なさげな表情を崩さないまま「大人しく引くので、全員見逃して、もらえませんか?」と予想外の質問を返して来た。


「見逃す? こうやって襲ってきたお前たちを見逃して、手の内が割れてる状況で俺を倒すための対策を打たれれば次は無いかも知れないってのにか?」


「……別にボク達は、武藤くんを襲うつもりはありません、でした」


「嘘つくなよ。お前らのツレであるリリーナって女は明らかに俺を殺しに来てただろうが」


 『憤怒』の影響か若干イライラが大きくなりつつあるが、俺は何とか理性を繋ぎ留めながらもそう返事を返す。


「……確かに、多少のすれ違いがあって戦闘になったのは申し訳ない、と思いますが……。その、リリーナさんも話せばわかる方…なので、これ以上武藤くんに危害を加えないようちゃんと、話します」


「ハッ! そんな口約束を信じろと? それより、隷属の首輪をつけて奴隷にしとけば俺に刃を向ける可能性を100%排除できるだけでなく、かなり高いステータスを持った俺の命令には絶対に逆らえない駒を3人も一気に手に入れられるんだ。……そんな絶好の機会を無条件で手放すほど俺はバカじゃねえんだぜ?」


 若干声を低くしつつ、すぐにでも飛び出せるように腰を落として『トール』を構えながらそう返す。


「……残念、です」


 芹川は表情を変えないままそう短く言葉を返すと、大人しく投降する気はないと示すように大鎌を構えて鋭い視線をこちらに向けた。


(あの武器……殲滅の大鎌『タナトス』とか言ったか? 武器名の横に俺の『トール』と同じように(覚醒)の文字があったってことは、俺と同じように武器固有のスキルが使えるって考えといた方が良いな。俺の『トール』は名前の通り雷の力と投擲後の自動帰還、それにスキルの強化で肉体にかかる負荷を軽減することで強化時間を大幅に延長するって能力があるが……あの武器の固有スキルはなんだ? 名前から考察すると広範囲攻撃とか即死系のスキルを持ってそうだが……もし、速度差に関係なく攻撃を必中化させるスキルなんかを持ってれば相性が悪りいな。まあ、どちらにせよ芹川が与えられている『天地創造ジ・クリエイション』ってスキルを連発して物量で攻められれば面倒だし、まずは一気に攻めてやつのMPを枯渇させる!)


 そう判断を下した俺は、芹川が瞬きをした瞬間を狙って勢いよく地面を蹴り、一瞬にして互いの距離をゼロまで詰める。

 俺と芹川では素早さに4倍以上の開きがあり、無理な強化で大幅に上昇させているステータスでもまだ俺の方が素早さの値は高いままだ。

 それに、この世界の一般的な強化魔法は普通1.1~1.5倍程度が限界であり、それを超えて強化を行えば体にかかる負荷であっという間に強化が切れるだけでなく代償として強化が切れた後に大幅にステータスが減衰したり、そもそも実力以上に膨れ上がったステータスに自身の判断能力が追い付かずまともにスペックを発揮できないなどのデメリットが生じてしまうということが分かっている。

 つまり、アイテムや魔法によって1万近くステータスを底上げしているといっても肉体がそのスペックに耐えられる基盤を有していない以上、先程の紫藤と同じくこちらから全力で攻め込めば必ずボロが出て押し切れるはずなのだ。


 そして、予想外にもそういったセオリーを把握しているのか芹川は無理に近づいてきた俺と打ち合おうとはせず、ノータイムで後方に下がることを選択すると表情一つ変えずに全力で後方に下がり、そのまま俺の接近を防ぐように多大なMPを消費して何らかのアイテムを大量に空中へ作り出す。


「それで逃れたつもりかよ!」


 だが、元より短期決戦で決めるつもりだった俺はつい先ほど手に入れたばかりのスキル、『諸刃の剣』を発動させて防御力と魔防力を半減させて攻撃力と素早さを1.5倍まで引き上げる。

 そして、『トール』に内包された雷撃の力を使って空中に生み出された障害物を瞬時に焼き払い、そのまま間髪入れずに芹川との距離を詰めるとその脇腹目掛けて大槌を叩き込む。


 しかし、芹川はまるでその攻撃を読んでいたかの如く俺の一撃を防ぐように無数の盾を作り出し、盾を粉砕する際に思ったよりも威力を殺された影響か間一髪のところで一撃を避けられてしまう。


(だが、これでほぼMPを使い果たした以上次は防げないはずだ!)


 装備の影響か、異様な速さでMPが回復する芹川に時間を与えるのは不利だと判断した俺は、多少強引に武器を構えなおしながらも勢いのままに芹川との距離を詰め、俺の接近を防ぐために残りのMPを消費して出現させた障害物を雷撃で無理やり排除しながら三度距離を詰める。


 そして、この一撃で全てが決まると信じていた俺は有り得ない光景を目にすることになる。


 なんと、突如としてMPが急速回復したかと思えば先程と同じように無数の盾が空中に出現し、無理な体勢で放ったせいで勢いが乗り切らなかった俺の一撃を防ぎ切り、あっけなく距離を取られてしまったのだ。


(いったい今何が起きた!? あの一瞬でMPを回復させるアイテム使用するなんざ不可能だから、何らかのスキル効果か? ……もしかすると、名前で攻撃系の能力をイメージしてたがあの大鎌にそういったスキルが内包される可能性は捨てきれねえな。だが、俺の『トール』と同じならその能力には限りがあるはずだ)


 『トール』による雷撃を放つ際、俺は一切のMPを消費しない代わりに一日に放てる雷撃の数は最大24(威力を上げればもっと減る)と決まっており、一撃分の雷撃をチャージするのに1時間のクールタイムを必要とする。

 そして、ティナ曰くこの雷撃は魔法攻撃と言うより自然現象に近い力であるため、俺の魔攻力とは関係なく高出力の雷撃を放てる代わりに内包された魔力量はMP換算で500程度で固定されており、一日に武器に内包できる魔力量は単純計算で12,000と考えると芹川の武器もその程度のMPを内包できる程度と考えるのが無難だろう。


(そうなると、今の一撃で一万近い魔力を一気に回復させたってことは次は無いはずだが……この違和感はなんだ?)


 そんなことを考えながらも、急速に回復する芹川のMPをこれ以上放置することもできないため、俺はこの違和感の正体を掴めないまま再び芹川に追撃を放つ。

 だが、急速回復するMPを使って作り出した障害物で俺の接近を防ぎつつ、なぜか一向に切れないバフで俺の速度に対応しながら想像以上に戦闘時間が長引いて行く。


(何かがおかしい! 俺のスキルによるバフはギリギリ肉体が耐えられる規模に抑えられているのに加えて他のステータスを下げることでバランスを取り、『トール』のスキルも合わせて継続時間を飛躍的に向上されてるんだぞ!? それを、全ステータスを無理に3倍近くまで引き上げている芹川のバフがこれほど継続するなんてありえね! ……あーっ、クソッ! なかなか思うように進まないこの状況にイライラが増してきて、まともに思考が続かねえ!! これ以上長引けば、どんどんこちらが不利になる一方じゃねえか! ……だったら、一か八か思い切った手に出るしかねえ!)


 そう判断を下した俺は、何度目かの攻撃を防がれた直後に間髪入れず雷撃を纏わせた『トール』をMPが尽きているはずの芹川目掛けて投擲する。

 そして、案の定有り得ない速度で急速回復したMPによって作り出された盾の群れにその一撃が阻まれるのを確認しながら、雷撃の影に隠れるように接近していた俺はすぐさま右手に投擲していた『トール』を呼び戻し、爆炎によって視界を塞がれている芹川目掛けて渾身の一撃を振り下ろす。


 だがその渾身の一撃も、素早さが上回っているはずの俺が追いきれないスピードでいつの間にか後方へと下がっていた芹川との距離を正確に把握できなかったことにより虚しく空を切り、不発で終わるのだった。

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