第27話

 次の日、風間は山本に呼び出されていた。


「なぜ勝手に大原を連れだした」

 冷静を装った声で、山本は問うた。


「もとからヤツとぶつける算段のはずだ」

「そうだ。だが大原の問題もある。二三日様子を見ると言ったはずだ」

「弓削は待たないぞ」

「大原がいなくなれば、それどころではない」


 その一言で、部屋に沈黙が下りた。


「……まあよい。もう済んだことだ」

 そう言って山本は立ち上がった。


「それで、大原は幻に落ちたのだろう。何が見えた」

「一番応えていたのは、やはり拈華譲二だ」


 山本は溜息をついた。


「そうか」

 山本はデスクの受話器をとった。それを見て、風間は部屋を後にした。


「お世話になっております――山本です――ええ。そうです――一日――はい。お手数をおかけしますが――はい。失礼します」


受話器を戻すと、電話はコール音をあげた。

「山本だ――ああ、繋いでくれ」



 電話のコール音で、大原は目を覚ました。起き抜けに電話を取ると、電話の相手は山本だった。


「無事に宿舎には戻れたようだな」

「ああ。風間に世話になった」

「昨日は――」

 そう言いかけて、受話器越しにため息が聞こえた。


「まあいい。お前に電話が来ててな」

「俺に」

「ああ、繋ぐぞ」


 おい。そう言いかけたが、それは保留音にさえぎられた。

 保留音がきれた後、受話器から流れてきた声はどう反応していいものかわからなかった。


「お疲れ様です、文護です」

「あ、ああ」

「本宮さんから大原さんはこちらにいると聞きまして」


 隼人――彼はあの日、どうしていたのだろうか。マコの店で会ったのが最後だったように思う。


「それで、今日はどうしたんだ」


 そう言って、文護の火傷の具合や、その後の西村組について聞かなかったことを恥じた。


「アニキの葬式が今日行われます」

 受話器を握る力が抜ける。視野が絞られるような感覚に襲われた。


「十時からになります。連絡が遅くなってすみません」

「ああ、いいんだ」


 時計に目をやった。時間はまだ八時を過ぎたあたりだ。


「まってます。アニキも来ることを望んでるはずです」


 その後、都内の寺の住所を告げて、文護は電話を切った。

 あの日を悔いつつも、大原は支度を済ませた。靴を履いていると、頭上で扉の開く音がした。顔をあげると、そこには風間が立っていた。


「送っていく」

 そう言う風間を、大原は怪訝な目で見た。


「山本からの指示だ。早くしろ」

 そう言うと、風間は足早に車に向かった。車に乗り込んで、先ほどの住所を告げると、

「構わないが、その格好ででるのか」

 と風間は言った。自分の姿に目をやると、ノータイに黒いワイシャツ。ところどころささくれたジャケットにスラックス。とても参列できるモノではなかった。


「いや。悪いが、先に俺の家によってくれ」

 車内は静かなまま、若干の雪と霜に舐められた高速道路を走っていった。


 車を前に待たせて自宅に入ると、転がっているはずの酒瓶や、脱いだワイシャツがなくなっていた。空き巣とはどこか違うように感じた。自室の貴重品も手付かずだった。


 洋服タンスをあけて視界の端にみえたいつか着ていたダブルのスーツを避けるようにして喪服とネクタイをとった。適当な封筒を持って部屋を出ると、賀茂の部屋が目に入った。ふすまに手をかけた。


「……」


 プッ、と短くクラクションがなった。


「一周してくる」


 ふすまの向こうを透かすようにジッと眺めたあと、すぐ行くと言って、家を後にした。


 ホルスターと銃を風間に預けると、

「終わったら呼んでくれ」

 と言って電話番号の書かれたメモを大原に手渡し、風間は走り去った。


 葬式会場は若頭の葬式にしては小さいモノだった。とはいっても敷地内にいくつもの車が止まり、受付までは入り口から四分ほど歩いた。受付を済ませて香典を渡したところで、声をかけられた。


「大原さん、無事だったんだね」

 声の主はマコだった。


「あ、ああ」

 大原は、マコの目を見れなかった。


「星江の事は聞いたよ。大原さんが悪いわけじゃないよ」

「いや。そんな事はないんだ。俺があの日、あいつを車に待たせなければよかったんだ。俺が、一家の事務所に行く前に、ホテルが爆発した時に車に戻るべきだったんだ」


「大原さん……」

「俺がっ……!」


 ふと顔をあげると、多くの視線が一瞬集まり、蜘蛛の子を散らすようにはなれていった。


「大原さん、あっち、行こっか」

「ああ」


 マコに連れられ、寺の脇に来た。


「あの日は星江の誕生日だった。だから大原さんは星江を車に待たせた。そうでしょう」

「ああ……」


 あの日、マコの店で賀茂の誕生日を知った。何かしてやりたいと思った。


「私もプレゼントの一つでも渡してやれって言ったしね」

「……」

「ねえ、どうして私が来てるか不思議に思わない?」

「え……」

「私の父親、滝沢さんに殺されてるの、知ってるでしょ」


 もちろん知っていた。七年前に、三木が高木誠をはめる形で起こった殺人事件。高木誠を殺したのは滝沢だった。


「少し前に、滝沢さんがウチの店に尋ねてきたの。最初は時間まちがえた新規の客だと思ったんだけど、『自分が、お父さんを殺した滝沢隆司です』って言うもんだから、びっくりしたのよ。初対面なのにいきなりビンタしちゃった」


 滝沢がマコに会っていたとは初耳だった。


「それでね、どうしても聞いてほしいことがあるって言ったの。『今、大原さんと調べていることがある。俺に協力しないのは当然だ。だが、大原さんにだけは協力してくれ』って言ったの」


「なぜ、そんなことを」


「きっと、彼なりの考えがあったのよ。後になって大原さんと自分がつながってるとわかって、大原さんになにかあってはダメだと思ったんでしょうね。言ってたわ。『俺の事で協力できないなら俺はこの件に一切かかわらない』ってね」

「……」


「私もね、大原さんには協力したいの。あなたの力になりたいのよ」

「俺は、そういう人間じゃない」

「そう思っているのは自分だけよ。あなたは常に正しく在ろうとしたし、見極めようとした。そんな人なかなかいないわ」

「……」


「星江も、きっとそうよ。あの日の事を悔いるなら、まずは星江を助けて謝らなくちゃ。それとも、まだ腐っている気?」

「腐る?」


「うん。自覚ないの?」

「ああ」

 マコはうんざりとした表情になった。


「呆れたモノね。男はみんなそう。感傷的で無口な方がかっこいいなんて大違いよ」


 あの子も大変ね。そう言ってマコは離れていった。


「おい」

「今一番苦しいのはあの子よ。飲み込めないことがあるのかもしれないけど、助けに行かないとダメよ」


 それじゃあね。そう言ってマコは寺の中に消えていった。

 しばらく空を見ていた。東京の空は、山梨と違って窮屈だった。


「大原さん、探しましたよ」

 声の方に視線をやると、喪服姿の文護がいた。


「もうはじまります。行きましょう」

 うながされるまま寺に入ると、いくつもの花に彩られた祭壇の中央に大太刀と刀。そして、いつかの笑顔をみせる大きな遺影が目に入った。

 

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