第5話 本編
「それでね、えっちゃんが今度『合コンに来てくれない?』だってさ」
「は!?今なんて!?」
俺のベッドでゴロゴロしながらミーは、本を読んでいる俺の背中をツンツンしながら話しかけてくる。
これはいつも通り。
『えっちゃん』さんもよく話題に出るから、これもいつも通り。
だけどいつも通りに俺は聞き流せなかったから本を読むのを止め、思い切りよく振り返った。
「えっちゃんが人数足りないから合コンに来てくれないかってミーを誘ったの」
振り返った俺に対して、ミーはズルズルとベッドから雪崩れ落ちながら俺の膝へと移動してきた。
液体化している猫そっくりだ。
そんな可愛い猫はニコニコしている。
俺の焦りを全く察していない。
「は!?何で!?なんでミー!?合コン!?」
「人見知りしないで盛り上げてくれる感じな子が欲しいって」
ミーは褒め言葉としか受け取ってないみたいで俺の体を座椅子にしようと「よいしょ、よいしょ」と移動して、俺にもたれながら尚もニコニコ笑っている。
えっちゃんさん、その発想は納得した!!
だがしかし人選が納得できない!!
彼氏持ちを誘っちゃイカン‼︎
ミーさんも!!
ちゃんとわかってる!?
合コンですよ!?
男女の出会いを目的とした飲み会ですよ!?
……この子は絶対深く考えていない。
俺は
「あっちゃん、行ってもいい?」
「駄目に決まっている!!」
ミーは恐らくいつもの俺とは違う強い語気にビックリしていた。
だけど自分でも思ったより大きな声で言ってしまってビックリしている。
……というか、即答で反対するとか彼氏として心狭すぎるように思う。
余裕無さ過ぎたと少し反省し、かつそれを誤魔化すために一回咳払いをして、冷静になって眼鏡を上げた。
「そういう飲み会に彼氏がいる女の子が行ったら向こうの……男性陣も盛り下がっちゃうし、失礼かもよ?」
落ち着いたトーンで話してみる。
自分の焦った嫉妬をやんわりと薄めて、正論風にミーに言った。
ミーは頭を俺の首にもたげて「うーん」と考え出す。
「そっか。そうだよね」
「うんうん」
「でもえっちゃん、他に都合つく子が見つからないって困ってたから。すごく困ってたみたいだったから」
「…………………………ミー」
「うん?」
「えっと……じゃあ、俺も人数合わせの合コンとか行ってもいいの?」
ミーの大きな目が見開いた。
「ダメっ!!」
俺は深く何度も頷いた。
伝わっただろうか、この行ってほしくない感!
そして良かった……万が一「え、別にあっちゃん行ってもいいよ〜ミー気にしな〜い」とか言われたら悲しい。
ギリギリの賭けに勝利出来て、俺は穏やかな笑顔をミーに見せた。
「うん、俺も行かない」
「うん!!」
「ミーもね」
「え?」
「……だから、ミーも行かない!いいね?」
「はい!!了解しました!!」
何とかミーに理解してもらえたみたいでホッとした。
付き合いが長いとそういうことに寛大なカップルも友達とかで聞くけど、俺は圧倒的に『ナシ』派だ。
ミーが浮気するとか思わないし、信頼してないわけじゃないけど、彼女が出会いの場へ行ってるってだけで気分悪いだろ?やっぱり。
彼女を『そういう目』で見る男達の群れに放つなんて耐えられん。
これで解決。
うん、解決……
……のはず、だったんだけど。
……———
「カンパ〜イ」
「いえ〜いカンパ〜イ」
……あれ?
「皆遠慮せずに飲んで!!今日は俺ら男組で奢るから!!」
「いえ〜い!!」
……あれあれ?
俺は右隣の悪友二人を見たあと、目の前に並んでいる女の子三人を見た。
あれっ!?
俺はすぐに隣のヤツを小突いて声を潜めながら叫んだ。
「おい!!なんだこの今日の飲み会!!」
「俺の友達も連れてきていいかって聞いたじゃねぇか」
「女子って聞いてねぇよ。三人もって聞いてねぇよ!?」
「いいじゃねぇか!!彼女持ちのお前だけリア充してねぇで俺らのために今日は協力しろや!!」
「いやいやいや!!普通、彼女いるヤツにこういう協力求めるなよ!!」
「だってフリーのヤツ呼ぶより単純に競争率低くなるだろ?かつ人数は揃う。俺はハッピー」
……こ、コイツ!!
しかも俺が断るの予想して騙しやがったのか!?
ココまでする⁉︎逆に!
「何?さっそく作戦会議?」
女子側の幹事の子が笑いながらコソコソ話していた俺らにそう話しかける。
悪い顔しては俺を騙しやがった奴はすぐにヘラッと笑顔に変わった。
「いや〜違うって!!今日は合コンっていうか、単純に飲み会として!!気にせず楽しもうよ!!」
よく言うよ!!下心満載だったくせに!!
俺は居心地悪くビールを口にした。
「でも今日、女の子みんな可愛いね。レベル高い!!うちの大学でもなかなかここまで集まらないって」
「さっき合コンじゃないって言ったくせに〜」
一番右に座っている友達が爽やか風に言ったことに対し、女の子達は顔を見合わせてクスクスを笑う。
悪友二人ともノリも良いし、女の子に気遣いもできるヤツらだから俺はもう黙っていたらいいか。
そして、前にいる三人の女の子を見た。
……確かに三人とも可愛い……ような気がするけど。
でもやっぱり違う。
理由なんてわかっている。
……———
二次会は断った。
充分に空気は暖まったし、向こうも女の子が一人帰るらしいから丁度2:2で都合がいいだろう。
もしかしたら帰っていった女の子も数合わせに付き合わされたのかもしれない。
まだ9時すぎくらいなのに、軽く酔っていて足取りが我ながら怪しい。
喋らないために黙々と酒を飲むしかなかったからいつもより余計に飲んだのだ。
酒臭い溜め息を細く長く吐きながら、自分のマンションの階段をゆっくりを上がって行った。
「……あっちゃん?」
「へ?」
階段の上からミーが降りてこようとしていた。
「え……なんで?」
「前にあっちゃんに借りてた漫画返そうと思って」
「こんな夜に?そんなに急がなくても大学で会う時に返してくれて良かったのに。というか、夜に一人で出歩くなんて危ないよ!」
「だって……」
叱った俺にミーは上目遣いで俺を見た。
「あっちゃんに会いたくなったから」
か……可愛い!!
可愛いよ!俺の彼女!
俺一人気持ちが高揚したが、ミーの顔が曇り出した。
「電話してもあっちゃん出ないし、サプライズで部屋に行ってあっちゃんビックリさせようかなって思って、部屋行ってみたけどいなくて……あっちゃん出掛けてたんだね」
電話?
しまった。
合コンの飲みの席を何とか逃れるのに必死で完全に気付かなかった。
今更慌ててポケットを探り、スマホを取り出した。
ミーは不貞腐れたようにやっぱり上目遣いで俺を見ている。
……ふと今日のことを振り返る。
合コンに行って、可愛い女の子を見てもミーを思い出していたこと。
今日の三人の誰よりもミーが一番可愛いと思う。
顔の造形とかそういうんじゃない。
俺フィルターでも彼氏の欲目でも何でも良い。
ミーが一番可愛い。
お酒のせいもあるかもしれないが、俺はミーを見ているだけで顔がポワッと温かくなった。
「ミー……」
この高揚した気持ちをミーに伝えたい。
触れたい。
階段を上り、ミーの傍まで来て手を伸ばした。
触れる直前にミーが目を細めた。
「……あっちゃん、お酒の匂いがする」
「へ?」
「あと、微妙に香水の匂いも」
背筋に寒気が通る。
酔いも冷める。
え、何ですか。その動物並みの嗅覚は。
俺はただただ、しどろもどろ。
「いや、あの、」
「…………………どこ行ってたの?」
明らかにさっきと違って声色で、突然のブリザード。
あれ?もしかしなくても修羅場ですか?何て言ったら正解なんですか!?神様!!
……———
俺の部屋で事情を説明し終えた俺は当然ミーさんの前で正座をしているわけで……。
「ミーに行っちゃダメって言ってたのに、あっちゃん行ったんだ」
「ごめんなさい」
「行ったんだ」
「騙されて……」
「それはさっきも聞いた」
「……はい」
「ミーもあっちゃんに行ってほしくないって、ちゃんと言ったのに」
「……はい、おっしゃる通りかと」
「……」
「……」
仁王立ちで俺の前にいるミーさんに俺は縮こまるしかなくて…。
しばらくして、ミーは大きな溜息をついた。
「……もういいよ。わかった」
「え⁉︎」
「数合わせで本当はあっちゃんも行く気なかったんだよね」
「!?……うん!そう!そうなんだ!」
「行っちゃったものは仕方ないもんね。途中で抜けるとか空気悪くすることあっちゃんがするわけないもん。…………優しいから」
ショボンと小声で呟き項垂れたミーはトボトボと玄関に向かう。
「え⁉︎ミー何処行くの⁉︎」
「今日はもう遅いから帰る」
「でも、まだ話の途中じゃ」
「大丈夫。ミー、もう怒ってないよ」
振り返って俺をチラッと見た猫目が少し潤んでいた。
「でもやっぱりあっちゃんが行っちゃってミー悲しかった」
ハートが射抜かれる。
絞られていると表現してもいい。
怒られて、悲しませて、その表情に胸がキューッと絞られた。
俺は馬鹿だ。
好きな女の子にこんな顔をさせてしまうなんて。
俺の胸が苦しくなると同時に愛しくて堪らなくなる。
「ミー!待って‼︎」
「……なに?今日はお見送りはいらないよ」
「そうじゃなくて」
立ち上がった俺はミーの手を取る。
踏ん張ることが出来て良かった。
正座の足が痺れてコケたら、さすがに格好悪い。
「俺は合コン行ってみて良かったって思ったよ」
「…………………………はあ?」
目の前の彼女が般若になる。
怖っ!
ドスの利いた声に負けそうになったがココも踏ん張りどころだ。
「い……いや、そういうことじゃなくて」
「何が?」
「他の女の子を見て、改めてやっぱりミーが一番だなぁって……」
「……」
「ミーのこと好きだなぁって実感した」
「……」
「行って良かった……俺、ミーしかいないって再確認出来た!俺、ミーのこと……」
「……それは、」
一歩二歩と、俺に近付き目の前まで来たミー。
その体を抱き締めようと手を伸ばす前に……
ミーが俺の胸倉を掴んだ。
「それは二番目があるということ?その時はミーが一番だったけど、行った飲み会によっては、ミーより良い人見つけてランキング塗り替えしたらその子に乗り換えるとか、そういう話でしょうか?」
わ……、わー
俺の彼女、超強いよー。
目が完全に据わってるよー。
俺が年上とか関係ないぐらいの勢いだ。
……でもミーを好きになってから覚悟は出来てる。
我儘や気紛れに振り回されようと、気の強い彼女に尻を敷かれようと、この子と一緒にいたい。
気合いを入れるために眼鏡を押し上げ、そして胸倉を掴んでいる手を包んだ。
「もう二度と行きません。ミーだけを愛しているから!生涯、俺はミーだけです!」
「……」
俺、とんでもなく恥ずかしいこと叫んだと気付いたPM10時。
冷静になった所で引き返せないし、結局その言葉に嘘は無いから、俺は握っている両手に力を入れて見つめるしかない。
「……ふ……ふーん」
ミーはソッポを向きながら頬を赤らめた。
俺の彼女、なんてチョロい。
チョロすぎて可愛い。
そんな面倒で単純なミーが可愛くて仕方ない。
堪らずギューッと抱き締めて、ミーを包んだ。
「……ミー」
「……ミーはまだ怒っているんだからね!」
「わかってるよ」
ミーは「フン!」とホッペを膨らませながら、俺の胸に頭をグリグリ押してきた。
……可愛いすぎます俺の彼女。
ミーの頭に顔を埋めて、その髪をキス。
「……ミー、もう遅いし……今日は泊まっていけば?」
「……」
「……ミー?」
ミーは俺をギューッと抱き締めたあと、背中をバシバシと叩いてきた。
「あっちゃんのバーカ!あっちゃんのバーカ!」
「……反省します」
ミーの前髪を掻き分け「ごめんね」と可愛いおでこにキスをした。
俺の手は滑るようにミーの頬に添え、顔を上げさせた。
俺には世界で君しかいないよ。
顔を寄せた途端、俺の両頬を引っ張られた。
「あっちゃん、お酒臭い。炭火臭い。香水臭い!キスはストップ!」
「……はい」
「お風呂入って、歯磨いてきて!」
ミーは手を離して、もう一回俺をギューッと抱き締めた。
「キスはその後ね!」
俺はギューッと抱き締め返しながら風呂上がった後は覚悟しとけよと心の中で呟いた。
~fin~
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