第3話 本編


「あっちゃん!!今日、12月25日は何の日でしょ〜うか?」



聖夜の夕方。


雪には足りないミゾレ。


彼女の部屋のインターホンを押して、クリンと上げた長い睫毛を添えた猫目で俺を見つめる可愛い顔。


その顔は至って真顔。


今日は何の日?


皆様なら何て答えますか?


ちなみにこれは12月に入ってから、会う時はほぼ毎回ミーが聞いてくる質問である。


決してミーは、面白い謎掛け的なものが欲しくて聞いているわけではなくて、俺に確認、念押し、刷り込み……などなどの目的があって質問をしてくるのだ。


……さて、答えは『クリスマス』


ぶっぶー



これを『先』に言ったら……殺されます。


俺は一回深呼吸して、ミーを見つめた。



「今日はミーの誕生日……です」



ミーは玄関の扉から手を離さず、まだ入れてもらえないまま、二人で見つめ合う。



「……」


「……」


「……ミー、夜に電話もしたけど……改めて」


「うん!!」


「お誕生日おめでとう」


「ありがとうーっ!!」



ミーは俺に飛びついて抱きついてきた。


正直寒かったので、ミーを抱きしめたままズルズルと中に入った。



はぁー寒かった!!


ポカポカと、そして柔らかいミーを抱きしめて暖を取る。



……ぬくい。



「さっ!!あっちゃん!!!!一緒にお鍋作ろう?」



あったかいタイムもすぐに終わり、ミーはすぐに俺から離れて奥へ行ってしまった。


ガッカリしつつも、そんなあからさまなムッツリ顔をするわけにはいかないから、俺は頷いて靴を脱いで折り畳み傘を直し、傘を玄関の傘立てに入れた。


部屋の中心には小さいコタツ。



そしてその机の更に中心にガスコンロ。



今夜は鍋。



「あっちゃん来て来て〜!!」



ミーに呼ばれて俺も台所へ向かう。


クリスマスに鍋。


ミーはクリスマスが誕生日っていうことで、過去に色々あったらしい。


さっきの『今日は何の日』も、クリスマスである前に自分の誕生日ってことを主張したいのである。


クリスマスと誕生日を一緒くたにされた幼少期を根に持っているのだ。


なおかつ、昨日のイヴも敢えて会わずスルーしたのにもミーなりのこだわりがあるみたいなので、俺の想像よりも根が深そうだ。



『クリスマスが誕生日なんて覚えやすいじゃん!!』と言いながら何故か『イヴ』を重要視にする友達多数から勘違いして覚えられて24日におめでとうと早めにお祝いメッセを送られてきたとか。


だから『イヴ』すらも憎んでいると言っても過言ではない。


そして、クリスマスにチキンもシチューもグラタンもシャンパンもケーキも無視して……和を漂わす鍋料理。


……何があったのかはもう聞くのも止める。


思い出し笑いならぬ、思い出し怒りをされてはたまらん。


いや、もう既に何回か思い出し怒りを喰らっている学習からくる行動である。


クリスマスはミーの家でまったり……か。


クリスマスだし誕生日だし、さすがに気合いを入れずにはおれんと思って、レストランを予約し、そこでお店に頼んでサプライズで明かりを消し、バースデーソングと共にロウソクを灯すバースデーケーキを出してもらう……なんて演出を考えていた俺。


だけどミーが


『クリスマスの夜なんて人でたくさんだから私の家でお鍋がしたいなぁ〜。私の誕生日だもん!!いいでしょ?』


と言ってきたから、即答で


『ミーがしたいなら、そうしよう』


と答えた。


答えたものの、内心マジか……とプチパニックだった。


まぁ、ミーがしたいことが一番だから仕方ない。



「チ〜ゲチゲチゲ、チッゲチゲ〜♪」



ミーは歌いながら鍋の準備を進める。



「今夜はキムチ鍋?」


「うん。それでね〜カボチャも入れるから赤と緑でクリスマスカラーだよ!!なんちゃって!!」



……ミー。


カボチャは皮は緑でも切っちゃえばオレンジだよ?



「……なんでカボチャ?」



遠回しにそれを聞く。


もっとカボチャ以上に緑の食材なんて余るほどあるだろうに。


ミーはニコッと笑ってカボチャを掲げた。



「だって冬至でもあるわけだから。柚子スイーツも用意してるよ〜。デザートに食べようね!!」



冬至は3日も前なんだけどな。


……そもそもキムチとカボチャのコラボはアリなのか?


色は赤をキープできるか?



「あっちゃん?」



ミーはキョトンと俺の顔を覗きこむ。


俺は笑ってミーの頭を撫でた。


可愛いから許す。


どんな味だろうと完食してやるよチクショー!!


まぁ多分マズくはないだろうし。



あらかたの準備を終え、俺は具が入っている土鍋をコタツの上のコンロまで運んだ。



「グ〜ツグツグツ、グッツグツ〜♪」



さっきのチゲの歌がミーによって鍋の煮込むサウンドに替え歌されていた。


どっちも作詞作曲はミー本人なので、何の問題もない。



俺はその間にソ〜ッと玄関に戻る。


使っていた折り畳み傘とは別に持ってきていた傘。


傘立てに入れている…未使用の畳んでいる中に一輪の薔薇。


急にみぞれが降るから傘と折り畳みと二つ持ってくる羽目になったがミーに怪しまれなくて良かった。


俺はそれを手にしてリビングに戻る。


小皿とおたまを手にしているミーは変わらず歌っていた。



「ア〜チッチ!!ア〜チ〜♪……あ、あっちゃん!!ミーは今、アクと戦ってるの!!」


「……頼もしい正義のヒーローだね」


「ミーはレッドー!!チゲだからー!!」


「じゃあ……そんなレッドに」



コタツの傍まで来て座り、俺はレッドローズをミーに向かって差し出した。


花言葉は、



「“あなたを愛しています”」


「……」


「……」


「……」


「……」



……うわあぁぁー……


滑ったか!?


俺の眼鏡が急速に曇る。


鍋の湯気のせいだけど、自分の顔とリンクしている気がして、より熱くなる。



ミーの顔は……眼鏡が白くて前が見えない。


……うん、ですよね。



手元の花が俺の手から消えるのを感じた。


そして次の瞬間……



「あっちゃん!!」



飛びつかれた衝撃で俺は後ろに転がった。


倒れて仰向けになった俺の上にはミーが乗っかっている……とは大体わかるけど見えない。


眼鏡を外しても視力の問題で結局ミーの顔が見えない。



「あっちゃん!!」



だけどすぐにその問題も解決された。


俺の鼻先までミーの顔がグッと近付いたのだ。


とてもとても楽しそうな笑顔。



「あっちゃん、ミーもね……あっちゃんが大好き……愛してる!!」



なんてムードも無い、軽さとポップさを含んだ『愛してる』なんだろう。


だけどミーらしい。


その天真爛漫さを知ってるからそこにウソが無いのがわかる。


俺だけがわかるなら良いんだ。


俺の上の重みすらも愛しい。


世間が今日はクリスマスと言っても俺にとってはミーの誕生日だし、チキンやケーキが無くてもミーがチゲとカボチャが良いと言えば、俺もそれで良いんだよ。



「うふふ〜やっぱり良かった!!」



俺の上から退く気がないミーは俺の鎖骨に頬擦りをする。



「ん?何が?」


「今日、お店じゃなくてお家にして良かった!!」


「へ?」


「二人っきりになれるし、こうして遠慮なくあっちゃんにくっつけるし!!」



ミーは俺の頬にたくさんキスをしてきた。


クリスマスを嫌う割になんてフランクなことをするんだ!!



俺の手はミーの頭に置いていいのか、腰を抱いていいのか、肩を掴んでいいのやら……ともかく手は宙のままブルブル震えて、顔を熱くした。



「あっちゃん!!早くお鍋食べよう!!」


「お……おぉ」


「そんでコタツでイチャイチャして〜」


「ブッ……ご……ごほッ」


「あ……そういや私もあっちゃんにクリスマスプレゼントがあってね」


「え……ウソ」


「冬至も合わせて柚子をプレゼント!!」


「あ……さっきのデザート?」


「それとは別に丸ごと柚子、5個!!」


「うん?」


「THE・柚子風呂」


「???」


「一緒に入ろうね!!」


「え!?ちょ……ま……待て待て待て!!!!」


「ダ〜メ!!だって……」



ミーは自分の鼻と俺の鼻をチョンと合わせたあと、薔薇の花弁を俺の口に当てて黙らせた。


ミーの髪がフワッと俺の顔をくすぐる。



「今日はミーの誕生日だもん。いいよね?何でもワガママ言っても良い日……だよね?」



誕生日がそんな日だなんて、初耳だ。


押し倒されていて、逆光の笑顔は俺の胸をテキメンに貫く。



今日は何の日?


ミーと俺の二人の日。



~fin~

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