間章Ⅴ 4話 妖精の食べ物
「あー。ミーカール、おはよー」
「おー、おはよう。あれ。もう終わっちゃったか」
「あはは、美味しいところは終わっちゃったよー。牛舎の掃除とかは、いま子供達がやってくれてるよ」
「そっか。すまんな」
「みんなの髪結ってたんでしょ。お父さん」
「今日は少なかったぞ。30人くらいだ」
そう言って、2人であははと笑う。
「でもさ……」
アイーダがふと手を止めて、深く息を吸った。まるで、この瞬間を少しでも味わいたいかのように。
「ん?」
「おはようって言えるって、なんだかいいね」
そう言って、照れくさそうに笑う。
「そうだな」
俺は、茶化すこともせずに同意した。きっと口角は知らず知らずの内に上がっていたに違いない。
やっぱ、なんというかアレだね。冒険だけでは人生やっていけないね。こういう時間がしっかりあって冒険が楽しいというか、冒険があるから、こういう時間が愛しいというかさ。
なんつーか、これが『世界』だ。って感じがする。
「そういえば、昨日、なんか話しとく事があるって言ってなかった?」
「あ、そうそう。まあ大した事のない話って言えばそうなんだけどさ。今ちょっと時間ある?」
「ああ」
「じゃ、ちょっとこっち来て」
そう言って、家の中に案内される。
座らされたのは、食堂の隅だ。
なるべく揃って朝食を取りたいところではあるが、さすがに50人が揃うと手狭ではあるし、朝の早い仕事のものもいるので、時間を区切って順次というスタイルになっている。
最近では、料理をする子なども増えてきて、そういう子が手伝ってくれるので最初はヘロヘロになっていた専属料理人のロブさんの負担も減ってきているとか。
まあ、元々、何から何までお世話をしようと思ってた訳でもないからな、できる事はみんなでやろうの精神なのだ。
「料理だけ作ってりゃいいから、気ぃ自体は楽だよな。宿屋やってた頃は、暇ではあったけど他にもやることはたくさんあったからよ」
とロブさんも言っていた。そんなロブさん自身も、料理人となったからには、と張り切っていて、ここには色んな出身のやつがいるから、そういう人から話を聞いて、故郷の味をなるべく再現してあげようと頑張っているみたい。
アニタの弟でもあるロブさんは、そもそもの出身が農民で、料理の勉強をしてた訳じゃないから、なかなか上手く再現できずに悔しそうにしていたが、そういう優しさはみんなにも伝わってると思うよ。
現に、どちらかというと無口で口下手なタイプのロブさんだが、ここでは周囲に人のいないことがあまりない。
テーブルの隅に座って、子供たちが、食事をしているのを眺めていると、キッチンの方から皿を二つ持ったアイーダがやってきた。
「これ、食べ比べてみて」
みてみれば、チーズだ。僅かに色合いが違うが、違うチーズなんだろうか?
「じゃ、まずはこっちからね」
食べてみる。こういう時、つい、味のわかる男を装ってしまって、やたら小難しい顔をしてみたりするのだが、俺の舌などそれほど繊細にできてはいない。大体なんでも美味い。
このチーズも美味かった。今まで、買ってきたアイーダの牧場のチーズに似ている。
ハードチーズに分類されるとは思うのだが、固すぎず、中心部分はそこそこ柔らかい。セミハードっていうのかな?
そのままでも十分食べられる。
だが、少し炙ればトロリと溶けて、シチューに入れても、パンに挟んでも豊かな乳脂の香りが鼻腔をくすぐるだろう。
今までのものより、風味が芳醇な気がするのは、牛の食べる草が変わったからか?それとも牛の数が減った上に、牧草地が広大だから十分運動できたりしてる事が影響してるのかな?
「普通に美味い。少し、今までと変わってる感じもするけど。少しコクが増してる?」
「そうなの!これは今までとおんなじ作り方したやつね。ここに来てから牛のお乳の出が良くてさ。こないだ買ってきてくれたレンネットのおかげもあると思うけど、少し美味しくなったの」
アイーダがニコニコしながらそう言った。嬉しそう。その笑顔を見ていると俺も嬉しくなっちゃうね。
「で、次はこっちか」
そう言って、もう一つのチーズを口の中に入れた時、衝撃が走った。
舌の上でとろける、ほんのり塩味。
噛むほどに広がるナッツのようなコク。
ごく微かな酸味のあとにじわりと残る旨味の余韻。
一口目に優しい甘さを感じ、そこに後からじんわり追いかけてくる控えめな塩気。
飲み込んだ後にさえ、喉の奥に香りが残り続け、その余韻が、『もう一口食べようよ』と囁きかけてくる。
「
俺は思わず、口走っていた。
「でしょでしょ、すごいよね」
「これ……、どうやって作ったんだ?」
そう言ったら、アイーダがちょっと遠い目をした。
「それがねえ……」
なになに?なんか怖いんだけど。
「多分、今頃やってると思うから見にいこっか」
と言って、再度外に出て、今度は作業小屋の方へ。
作業小屋では、ここでも数人の子供達が、わいわいと作業をしている。
俺がいない間に、ずいぶん慣れたのか、牛乳を温める作業などにも不安にならずに見ていられた。
いや。訂正。
めっちゃ不安だわ。
なぜか。
エウテルペが楽しそうに参加しているからだ。
ぬるめに温まった牛乳にそのまま手を突っ込んで掻き回しているぞ?
それを、鍋から出して?
舐めると。
にっぱーー!と最高の笑顔。
で、それをまた突っ込んでかき回すと。
えーーーーっと?
あははは、と乾いた笑いを浮かべるアイーダに視線をやると突然沸き起こる子供の悲鳴。
「あーーーーーっ! アイーダお母さん!エウテルペがまたやったー!」
視線を戻すと、鍋を覗き込むエウテルペの姿。その口からはトロトロとなんだか透明な液体が溢れていて、温めた鍋に注がれているが………
「んー、しょうがないわ。その鍋のは別にしといて」
「はーい」
おうおう、アイーダは子供たちから『アイーダお母さん』と呼ばれているのか……、それもなんだか堂に入っていて……、子供が欲しくても産めなかった子だから、嬉しいだろう。
いや、そんな場合でもなくて。
「……なあアイーダ。さっきのチーズって……」
「そ。エウテルペちゃん、なんだかすごく手伝いたがるの。で、時々ああいう事しちゃうんだけど、それがなぜだか、最高のチーズになるのよ……」
まあ、ほとんど妖精みたいな種族だから……、そう言うこともあるのかな……。
やめろっていって言うこと聞かせるのは難しいと思うけど……。
そうかー、最高のチーズになるかー……。
でも涎か……。
んーーーーーーー! アウ……、いやセーーーフ!(激甘判定)
「製法は絶対秘密にしておこう。売りに出すのはやめにしといて、特別な人にだけ分ける感じでいいんじゃないかな」
特別な人とは、王様とかそう言う訳じゃなくて、なんというか〝こっちサイドの〟人たちね。
妖精の作ったチーズとかいえば、大丈夫だろう。この世界に食品衛生法とかないし。
そもそも、『作って』って頼んだところで、作ってくれるはずもないものだしな。
「いいの?」
と、心配げに聞くのは、曲がりなりにも食品を扱っていた職人としての常識だろう。
それに俺は、こう答えるのだった。
「大丈夫だ。問題ない。……………多分」
多分が、消せなかったのは、現代日本を生きた俺の、捨てきれなかった常識だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます