7章23話 自由の値段
漆喰と土煉瓦でできた、堅牢な建物。
入り口にいる門番は、門番らしくなく、豪奢な長衣を纏っているが、その目つきは鋭く、あまり優雅とはいえない。
入り口に香炉が置かれていて、入る前からミルラの香りが立ち上っている。
「言い難いんだが………、お前、金を持ってるよな?」
「まあ、無くはないな」
「奴隷を1人、買わないか?」
という会話の結果、ハリムに連れられやってきたここは、『
麗しい別名でいうならば『奴隷商人の店』だ。
『奴隷を買わないか』
などと言われた俺は思わず激昂した。
なぜ自分でもあんなに怒ったのかよくわからないのだが、なぜか笑って受け流せなかったのだ。
周囲は、突然怒り出した俺にビビっていたが、レオの必死の取りなしもあり、話だけは聞いてやる。とハリムに真意を問いただした。
ハリムは、太守マジドを政治の場から下ろすために、戦力を必要としていて、その多くを戦奴を購入することで賄っていた。
そこで、1人の少女奴隷を勧められたが、ハリムとしても少女の境遇に哀れみを感じ、おかしな爺に買われるよりはと、保護する意味合いで購入を検討したが、その少女奴隷は少々高価で、戦奴を必要としていたハリムはその少女を買うことができなかったそうだ。
大雑把に奴隷の値段を聞いたが、結構、幅があるようだった。
荷運びなどをする、労働奴隷が、40~60銀貨くらい。
家事をする女性奴隷はもう少し高い。
ハリムの必要としていた、教練の済んだ戦闘奴隷は100~200銀貨。
医学の知識があったり、語学に堪能だったりすると150~300銀貨くらい、
教育済みの高級娼婦にもなると200銀貨以上が当たり前だった。
その少女は、水争いで占領されたというオアシスの神殿で舞を奉納していた巫女の見習いで、楽器と舞、そして香の知識があったので200銀貨の値がついていたという。
値段を聞いて、俺は少し悩んでしまった。
ナギの祖父にもらった礼金も高額であったし、ザルカに来てからの収入がかなり好調なので、払えはするが、それでも手持ちの金がほとんど無くなってしまう。
「それでも年が14って事で安くなってる方なんだ」
とハリムはいった。
もし見習いでなかったら300銀貨にはなっていただろうということなのだが、
ラクダ一頭が30~50銀貨だということを考えると、やはり高価だ。
人一人の自由の値段と考えると、とても割に合うものでもないが。
「ただ……、俺は優秀な兵を求めていたから、買えなかったんだ。…… けど不憫でな。ずっと気にはなっていたんだ。そしたら商人がアマナを勧めてきてな」
「アマナ?」
「まあ、信義取引だな。早い話が予約だ。それをしていれば他の奴に買われずにすむ」
「なるほど」
「彼女は家事奴隷などではなく……、芸能奴隷だし、見目も悪くないから、もしかしたらそういう目に合うかもしれないんだ」
どうも悪きメディアの影響で、奴隷というのは、何の人権もなくて、ひどい虐待をされるのが当たり前みたいなイメージがあったが、思ったよりも人道的なシステムのようだ。
人権は普通にあるし、家事奴隷に不同意性交を強要したりすると普通に罰せられるらしい。
まあ、表沙汰になることも少ないから、悪いことをしている奴はしているらしいので、見目よい少女が奴隷になることはやはり危険な事でもあるようだが。
奴隷商人の店に入ると、中庭のようなところに通された。
中庭には天幕が貼られ、陽の光を和らげている。
中庭をぐるりと囲んだ廊下の向こうには、たくさんの部屋が立ち並び、そこで奴隷たちは暮らしているようだ。
檻に閉じ込められている、というようなこともなく、覗いてみれば、寝台もあるし水壺も置いてある。窓はやや小さいが、これは逃亡防止というよりは、キツい日差しを避けるためだろう。
ただ、扉には木製の格子があり、部屋の中を覗けるようにはなっていた。
サーリフ=イツバンと名乗った奴隷商人は、背の高い40歳くらいの色男で、絹のターバンを巻いていて、髭を香油で整えていた。
彼は、その扉の前を通るたびに、「彼女は踊れます」とか「彼は文字が書けますよ」とか、奴隷の紹介をしていたが、やがて、一つの扉の前で足を止めた。
「ニイナ=バン=タジリ。ナリヤの舞が舞えますよ」
そう言って扉を開けたサーリフは、「こっちに」と言って、ニイナと呼ばれた少女を呼んだ。
というか、普通に扉には鍵とか掛かってないんだな。
ここにくるまでに幾つかの扉があったので、奴隷が出歩けるエリアというのは決まってはいるのだろうが、よくあるイメージと違ったので少し驚いた。
薄いリネンの衣を着ていたその少女は、膝を折って地面に座っていたが、立ち上がってこちらに歩いてきた。
「こちらの方が、お前を買ってくださるそうだ。彼は
奴隷商人サーリフは、少しだけ芝居がかった口調で、ニイナと呼ばれた少女に話しかけた。
一応、問うている形にはなるが、形式上のもので、実際には拒否権などない。と事前にハリムからは聞いている。
褐色の肌、黒い長髪、そして同色の瞳は俺の目を見て、ほんの少しだけ頷いた。
「よろしい。では、
「180? 200と聞いたが?」
「20枚は担保として、ハリムさんが事前に払っておいでです」
「なるほど。
「もちろん。ああ、それと、彼女には、『信仰の保護』が条件として付けられています。それでもよろしいですか?」
「『信仰の保護』?」
サーリフは、芝居がかった様子で、一つ頷くと、ニイナに目を向ける。
彼女は、訥々と、時に口ごもり、だが勇気を振り絞るようにして、こう語った。
「私は……、六大神ではなく。この地の黄金竜を……… 仰ぎ奉じています。それを許していただけるのなら……」
なるほど。
この辺りは、ラーダンやファーライトなどと比べてもかなり特殊な文化だが、神への信仰は六大神に捧げられることが多く、まれにその他の職業神というのは他の地域を同じであるようだ。
儀式や、その様式などは、かなり他の国と比べると変わってはいるようだが、神様的には様式とかはあんまり気にしないらしい。
あとは、水とか風とかに関する、精霊信仰みたいなものが少しある。これはどちらかと言うと、信仰というよりは生活に根ざしたものらしいが。
水が貴重で、砂嵐などが街を飲み込むこともある、過酷な土地ならではの信仰だろう。
この国の王宮が金ピカなのも、黄金竜の伝説があるからだというのは聞いていたが、それに信仰を捧げるというのは、この土地においてすら、少し異端なのかもしれないな。
『仰ぎ奉じる』と言っていたから、信仰というよりは、「めっちゃ尊敬してます! その考え方サイコーっす!」って感じだろうか。
でも俺、ついこないだ、そいつに会ってるんだよね。あんまり仰ぎ奉じるって感じじゃない、気安くてノリのいいおじさんみたいな感じだった事は言わない方がいいかな?
「もちろんだ。〝竜〟には俺も少し縁があるからな。色々と話を聞かせてくれると、俺も嬉しい」
そういうと、ニイナは少し目を見開いて、俺を見た。
一気に女の子の連れが2人も増えて、家に戻った時にまたなんて言われるかと、チラッと頭によぎったが、それはすぐに、自分から『家』という言葉が出てきた驚きに塗りつぶされた。
しかしそれはそれほど悪い気分でもない。
「………… 家か」
そう呟いた俺を、ニイナが不思議そうな顔で眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます