第24話 前に進むために

 〈side ラン〉

 

 少し時を遡る。

 ゴルドーやディノがレガノスと戦っていた頃。


 私、ラン・グラシューはブリードを抱え、治癒士の下へと運ぶために走っていた。


「すまないな、ラン殿。このようなことに巻き込んでしまった」

「......いえ、気にしないでください」


 私は走りながら、遺跡調査からここまでのことを思い返していた。


 お金になればと軽い気持ちで応募した遺跡調査。

 ビーストとかいう化け物に襲われ、文字通り死にかけた。

 ゴルドーやディノがいたから生き延びることができたものの私1人なら間違いなく死んでいた。


 そして今。


 何とか遺跡から脱出したと思えば、今度は幻楼郷などという未知の場所に飛ばされて。


 どこから私の人生はこんなに危険に満ち溢れてしまったのだろう。


 ビーストの時は狼狽える余裕なんてなくて、恐怖感が麻痺していた。だから戦うことができた。


 でも今回は無理。


 レガノスを見た時、心が折れた。

 ブリードやルーシェが簡単に倒された時、恐怖が私を包んだ。


 勝てない。

 逃げたい。

 死にたくない。

 一刻も早く元の場所に戻りたかった。


 協力するなんて言うんじゃなかった。

 でも、ただ逃げたいなんて言う度胸がなかったことも事実で。


 そんなことの板挟みになっている情けない自分に辟易とする。


 でもどうしようもなくて、胸にチクチクとしたものを感じながら、ただ足を動かす。


「......追われているな」

「え?」


 ブリードの言葉に足が止まる。


「......このスピードは逃げきれん。ラン殿、降ろしてもらえるか」

「ブリードさん......?」


 私が身体を降ろすと、よろめきながらブリードは立ち上がる。


「いるのは分かっている。姿を見せよ」


 辺りがシンと静まり返る。

 バクバクと脈打つ心臓の音を感じながら、神経を研ぎ澄ませる。


「流石幻楼郷の長か。これでも気配は消しているつもりだったが」


 物陰から現れたのは筋肉質の巨躯を持つ男。

 その頭には2本の角が生えている。


「その角……貴様、鬼種か。「社」という組織にいるとは聞いたが」

「奴らのような軟弱者と一緒にするな。俺は力を求め、魔王の下に付いた」

「貴様も力に囚われたと言うわけか。ラン殿、下がっておられよ」

「でも......身体が......」

「大丈夫だ。これでも幻楼郷をずっと守り通してきたのだ。それに――――」


 ブリードは私の手を握って、


「怖いのだろう? さっきも、そして今も身体が震えている。協力すると言ってくれたのは嬉しい。だが、無理をする必要はないのだ。ラン殿にはラン殿の人生があるのだからな」


 そう言ってブリードは笑う。


 しかし、気丈に振る舞ってはいても手負いなのは変わらない。

 初めて会った時のような圧倒される魔力はもう感じない。


「随分と舐められたものだ。そんな状態で俺に勝てるとでも?」

「私とて長としての意地がある。ここで戦わずして幻楼郷は守れんよ」

「大した意地だ。それもここで潰えるがな」


 二人の間に沈黙が走る。


 傷を負いながらも、前に立つブリードを見る。


 その姿を見て、自分の不甲斐なさが、自分の弱さが、胸の痛みとなって私を苛んだ。


「殺す前に名乗っておこう。俺は刹羅。この名を刻んで死んでいけ」


 目の前で途轍もない魔力の膨らみを感じた。


「覇戒・撃」


 瞬時に刹羅はブリードとの間合いを詰めていた。


「ふっ!」


 魔力の込められた拳がブリードを襲う。

 少し離れている私でさえ、圧倒されるほどの勢い。


 あれは間違いなく命を奪うための攻撃だ。


 しかし、そんな攻撃と相対してもなお、ブリードが臆することはない。

 それを紙一重で躱す。


 外れた拳は地面を抉り、木を薙ぎ倒す。

 幻想的だった景観が瞬く間に荒野へと化していく。


 激しい攻撃の連続。

 躱せてはいる。


 ただ動けてはいても手負いの身。

 攻撃に回る余力はないのだろう。


 それに避ける動作は次第に重くなり、既に肩で息をしている。


「その有様で守る、とは笑わせる。弱者を痛めつけるのは趣味では無い。大人しく死んでくれれば仕事も早く済む」

「戯言を。死んでもここは退けまいよ。それにただ避けていた訳ではないぞ」

「何?」


 ブリードはパチンと指を鳴らす。

 すると、刹羅の周囲に魔力弾が現れた。


「この一つ一つに私の魔力を圧縮してある。跡形もなく貴様を吹き飛ばしてくれる」


 ブリードの合図で魔力弾が一斉に刹羅へと襲いかかった。


 凄まじい轟音。

 肌を震わす衝撃波がその威力を物語る。

 あまりの衝撃に目を開けることすら難しいほどだ。


 これが自分に向けられていたとしたなら、ゾッとする。


 爆風が通り抜け、視界が開けてきた。

 地面には巨大なクレーターができ、煙が激しく上がっている。


「やった! これで......」


 先を急ぐことができる。

 そう言いかけた私の言葉は遮られた。


「なかなかの威力だった。弱者という言葉は訂正しよう」


 クレーターから出てきたのは、刹羅だった。

 その姿は健在そのもの。

 衰え一つ見せない強大な気配は淡い期待を簡単に潰してみせた。


「なかなか......か。これでも私の全力だったのだがな」

「その手負いの身で俺に防御させたのだ。誇りに思っていい。それに並の鬼であれば吹き飛んでいたであろう」

「貴様は並ではないと.....?」

「言ったはずだ。馴れ合いに腑抜けた奴らと俺は違う。ただ力だけを求め、修羅の道を進んできたつもりだ。その力の一つが俺の覇戒。攻撃にも防御にも使える攻防一体の武術だ」

「そうまでして力を求めて何になる? 平穏を望む者の暮らしを虐げてまで得る力に何の意味がある」

「今更、その問答をするつもりはない。外道と呼ぶなら呼べばいい。今はお前を殺すことには変わりない」


 私はただ見ているだけだった。


 私の前で膝をつくブリード。

 そこに刹羅は一歩ずつ近づいていく。


 このままではブリードは殺される。


 それはダメだ。

 でも、私が出て行ったところで何ができる?


 あの攻撃を耐えるような化け物に太刀打ちできる訳がない。


 きっと一瞬。

 それで私の人生は終わる。


 じゃあ逃げる?

 刹羅の目的はブリードだ。

 私が逃げたところで刹羅は気にも留めないだろう。


 そうすれば私は助かる。

 助かって、ディノやゴルドーと合流して......。


 その瞬間、ディノとゴルドーの姿が脳裏をよぎる。

 あの真っ直ぐな目。

 私を信じ、託してくれた目だ。


 それを裏切って、前と変わらない顔であの2人と接することができるだろうか。


 そんなこと……できる訳がない。


 もう自分に失望したくない。

 情けなさをさらに重ねたくない。


 例えここで死ぬことになっても。


 情けない自分のまま、生きていくよりはきっとマシだ。


 そう覚悟を決めた私は。


 刹羅の前へと立っていた。

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