第3話 奏者の最奥

「仲間である魔族を力にって......」


 ということは魔王もまたモンスターテイマーと同様の力を使うのだろうか。


「そうじゃ。余は奏者と呼んでおった。一方的な支配ではなく、お互いの力を合わせて更なる力を生む。それはまさしく音を奏でるが如く。お主らはモンスターテイマーというのであったか?」


 支配ではなく力を合わせる。


 その言葉はスッと僕の中に入ってきた。


 レベルによる支配ではない。

 お互いの協力によって力を生み出す。


 それはまさにおとぎ話で見たような……。


「さて、ずいぶんと話が長くなってしまったがの。情けないことにそろそろ時間切れじゃ」

「え? 時間切れ?」

「そう。あの虎を抑えておくのもそろそろ限界じゃ。何せ数えるのも億劫になるくらい封印されておったのだ。余の方もかなり力が落ちているようじゃな」


 ケロッとした顔でとんでもないことを言い放つ魔王。

 それはつまり、先延ばしにされた終わりが再びくるということではないだろうか。


「ちょ、ちょっと待って。それじゃあ結局、僕はヘルタイガーにやられて終わりってこと?」


 僕の注目は魔王の答えに注がれる。

 その答え如何では僕の今後は大きく変わるのだ。


「そんな訳ないじゃろうが。余は悪魔ではないからの。お主に奏者としての最奥を見せてやろう」


 魔王はそう言い放つと、

 僕の目の前に、ウインドウが開かれた。


 そこには。


 ヴァレット・ローン・リスタベルクをテイムしますか?  

 はい/いいえ


「え……」


 僕は戸惑う。

 そんなことは意も介さず、魔王はゆっくりと近づき、僕の手を取った。


「さあ、始めるとしよう。一度きりの舞台じゃ」


 魔王に導かれるまま、僕は「はい」のボタンを押した。


 承認を確認。テイム完了。

 強制起動、〈融合新生フュース〉。


 視界は真っ白に塗りつぶされた。


 自分が一体どうなったのか、全くわからない。


 ただ、何か頭の中で声がしたことと、何か温かなものに覆われていく感覚だけが分かった。


 やがて、視界が戻ってくる。

 まず、目に入ってきたのは、ヘルタイガーだった。


 だが、少しおかしいことに気付く。

 何というか、ヘルタイガーを見ている視点がどうにも違う。

 まるで宙に浮いているかのような。


「って浮いてる!?」


 ぼんやりとした意識がはっきりとする。


 間違いなく僕の身体は浮いていた。


「ええ!? ちょっとこれ……」


 辺りを見回してみても、魔王の姿はどこにもない。


「少し落ち着くがよい。今、余はお主と共にある。ほれ」


 魔王の声とタイミングを同じくして、僕の意思とは関係なく、左腕が持ち上がる。


「え……」

「今、動かしたのは余だ。どうだ? 今の感じは」

「どうって……あっ」


 自分の身体を確かめるように探っているとあることに気づいた。


 身体の中に得体の知れない何かが満ちている感じ。

 禍々しくもあり、力強さも感じる。


 そして、それが今なお、溢れ出しそうなくらいに湧いてきている感覚。


「気付いたか。余と共にあるということがどういうことかが。今感じているのは余の力だ。悪くないであろう?」


 つまりは魔王の力が僕の力ということだ。


 この溢れるような感覚の正体は膨大な魔力なのだろう。


「凄い……これならヘルタイガーも」

「もちろんだとも。そしてその限りではない。この奏者の最奥にして究極、〈融合新生フュース〉を使いこなすことが出来れば、どんな者が立ちふさがったとて打ち倒していけるであろう」

「〈融合新生フュース〉……これがモンスターテイマーの究極」

「さあ行くぞ。この場は余に任せよ。とくと余の力、見ているが良い」


 そんな言葉が聞こえてから、僕の右手が天へと掲げられる。


「業魔」


 掌に禍々しいオーラを放つ球が出現する。


「三連槍」


 球は自在に形を変え、たちまち三本の槍に。


 振り下ろされる右手と同時に三条の黒線を描く。


 三本の槍は虎の強靭な肉体に深々と突き刺さった。


「グォォォ!!」


 咆哮が響く。

 傷は深く、ヘルタイガーはのたうち回る。


「最期じゃ、決めるぞ。業魔・九刀列破!」


 再び禍々しい球が現れ、今度は九本の刀へと変化する。


 精緻な挙動で振るわれる斬撃。

 刀はまるで生きているかのように飛び交う。


 その美しさすら感じさせる九撃はヘルタイガーを切り刻んだ。


「どうじゃ? 凄いじゃろ」


 断末魔さえ許さない圧倒的な力。

 切り刻まれたヘルタイガーはそのまま消滅する。


 あれほど、恐ろしかったモンスターが瞬く間に倒されてしまった。

 信じられない勝利を何とか受け止めながら、僕の身体は地上へと降りていく。


「……うん」


 正直、凄いなんてものじゃない。


 A級指定のモンスターがこうも簡単に、それも一方的にやられたのだ。

 それを越えるS級、いや伝説とされるSS級にも匹敵する可能性だってある。


「さて……それではお別れじゃな」

「え?」


 思いがけない魔王の言葉に気の抜けた声が出た。


「一度きりと言ったであろう。〈融合新生フュース〉は、本来、余程の結びつきがないと使えん。それを今回は余の力で半ば強制的に使ったのじゃ。元々力が衰えていた余には少々厳しかったようじゃな」

「そんな……どうしてそこまで」


 僕の問いに魔王は笑う。


「そうまでしてでも、伝えたいことがあった」

「伝えたいこと?」

「実はお主が剣の中に入ってきた折、お主の人生を垣間見た。奏者としての日は浅いようじゃが、苦労の色が見えた。それでもお主は奏者を辞めず、むしろ奏者であることに喜びを感じておったな?」

「それは……憧れ、だったから」


 魔王の言う通り、苦労はあった。


 冒険において言えば、ほとんどが苦労だったと思う。

 それでも一度ととして辞めたいと思うことはなかった。

 僕にとってモンスターテイマーは憧れで。


 僕を僕たらしめる、譲れないものだったから。


「憧れ……か。余の知る限りでは奏者の文化は完全に廃れてしまい、志すものはほとんどおらんと思っていたがな。お主のような者に出会えたことは喜びであり、希望だった。良いか、我が弟子ディノ・ブレース。余が消えることで力は失われる。だが、余の記憶として共有された知識はお前の中に残る。それを生かし、奏者として成長してみせよ」

「魔王さん……」

「余の最期じゃぞ? そんな無粋な呼び方をするでない。ヴァレットでよい。親しい者はみなそう呼んだ」

「……ヴァレット、ありがとう」

「それでよい! ついでに余が封印されていた剣、そして余のドロップアイテムもお主にくれてやる。どちらも古ぼけているとはいえ、一級品だ。きっとお主の役に立つ」

「……分かった。きっと僕はもっと、もっと強くなってみせる。絶対に約束する。だから――」


 僕の身体の中から光の粒が溢れ出す。

 同時に圧倒的だった魔力が抜けていく感覚がした。


 既にヴァレットは消え始めているのだろう。


「だから……なんじゃ?」

「また、会える?」

「……ふっ」


 そんな不敵な笑みが聞こえて。


 溢れ出す光の粒は幻想的な光を生む。

 その勢いは次第に増していく。


 僕はたちまち目を開けていられなくなった。


 目を閉じてなお、瞼を抜けてくる光の中で、かすかに。

 そして確かに。


「もちろんだとも」


 そう聞こえたのだ。

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