第12話 襲来、魔法少女ユメユメ

 昼前に突然降り出したスコールのような雨は四〇分ほどで上がったが。

「……なんで二人は全然濡れてないんだ」

 頭からバケツの水を浴びた様相のジロウはネビュラとミヤコに恨みがましい目を向けた。

「早乙女くんと会えたのが勝因だね」

「俺の宇宙バリアーがあれば雨など問題にならない」

「……じゃあ俺のことも宇宙ドライヤーで乾かしてくれよ」

「そんなものはない。ジロウは宇宙を何だと思っているんだ?」

「……」

 散歩でもしようと考えて少し早めに目的の神社に来たのが失敗だった。近くに屋根がなく、やっと見付けた休憩所の軒先でこの二人と出会った。

「桜木、制服で来たんだ」

「……まともに着れる服がないんだよ」

 女子になって家に帰ったら大喜びの母親が山ほど服を買ってきていたが、どれも無駄にヒラヒラまたはふわふわとしていて、この二人の前で見せられるような代物ではなかった。かと言って男物の服は総じてブカブカで、やむなく制服を選んだわけだが。

「……えっとね……いいか。桜木だし。言っちゃうけど。スッゴい透けてるよ、ブラウス」

「えっ? ……うわあっ……!!?」

 自分の状態に気付いたジロウは両手で前を隠してその場にしゃがみ込んだ。

「……ピンク、好きだよね」

「そうじゃなくて! ……これも母さんが買ってきたヤツで……」

「じゃあ今度下着屋さん行く? 付き合ってあげてもいいけど」

「誰が行くか! そんなとこ!!」

「ジロウはピンクが好き、と」

「宇宙メモに書くな馬鹿野郎……!」


「……もう嫌だ。帰る……」

「まあまあ。宇宙ファンヒーターで乾かしてもらったんだからいいじゃない」

 完全に拗ねてしまったジロウをミヤコが宥めた。

「ドライヤーはないって言ってたくせに、なんでファンヒーターはあるんだ……」

「悪いなジロウ。俺は寒さに耐性があるからな。すっかりこれの存在を忘れていた」

「…………」

「あのー」

 突然背後から声がして、三人同時に振り返る。

「結構待ってたんだけど、そろそろいい?」

 癖のあるショートヘアに眼鏡の女性が、申し訳なさそうな顔でそこに立っていた。

「大学生かな」

 それがミヤコの第一印象だった。二十そこそこで清潔感のある服装に自然と好感を抱いた。

「桜木ちゃん、で合ってる?」

「あ、……はい!」

 ジロウは背筋を伸ばし、前で手を合わせて急いで会釈をした。

「動画で見るよりずっと可愛いね。……こちらの二人はお友達?」

「……はい。その、オ……じゃなかった、わ、私の事情は大体知ってます!」

「信用してるってことだね。ならいっかな。私は夢丘ユメミ。魔法少女ユメユメの中の人やってます」

 ペコリと頭を下げてから、ユメミは三人に向けてニッコリと笑顔を作った。




「ベンチ濡れてるねー。ちょっと歩こっか」

 境内にある大きな池のほとりをユメミとジロウが並んで歩き、ネビュラとミヤコは少し離れてついていく。

「……大丈夫そうだね、桜木」

 しずしず(?)と歩くジロウの後ろ姿を眺めてミヤコが小声で呟いた。

「ミヤコのお陰だな」

「私は何もしてないけど」

 一昨日の喫茶店で、二人はジロウがユメユメと何を話すかを聞いた。

「家庭の事情で辞めるってことにする」

「いいの? 本当のこと言わなくて」

「……いや本当なら男の姿で会って洗いざらい話すつもりだったんだけどさ。この馬鹿のせいで出来なくなっただろ?」

 睨まれたネビュラは「どの馬鹿だ?」と背後を振り返った。

「……だから一日、女子のフリしてやり過ごす。男で魔法少女やってたとか、わざわざ恥を晒す必要もないだろ」

「まあ、確かにちょっと恥ずかしい話だもんね」

 頷いたミヤコにジロウは傷付いた顔をした。

「でもそうなると、ちゃんと女の子のフリしないとだよ?」

「うっ……、……いやその辺はどうにかなるだろ。ちょっとの時間だし、敬語で喋るし」

「駄目だって。前々から思ってたけど、変身しても喋り方とか態度とか、ずっと男子のままじゃない。今も足開きっぱなしだし」

「だがそこがいい」

「うるさい」

 頷いたネビュラを今度はミヤコが睨んだ。

「……とにかく、少しだけレクチャーしてあげるから、明日だけでも頑張ってみて」

 そんな具合でジロウはミヤコの即席の教えを守り、ジロウなりに精一杯女子のフリをしながら用意してきた事情をユメミに話した。

「なるほどねー。おウチの都合じゃしょうがないのかな」

「……はい。ブローチも壊れちゃったので、今が潮時かなって……」

 理解を示したユメミにジロウは心から安堵した。このまま話を終わらせて、ボロが出る前にこの場を去りたい。そう願ったのだが。

「でもね、桜木ちゃん。もう一回だけ考え直しててみない?」

「……え?」

 風向きが変わった。池の水面を波立たせて吹きつけてくる風が不穏な空気を運んできていることに、ジロウはまだ気付いていなかった。




「……あの。夢丘さん」

「もうちょっとだけ続けてみない、って話。せっかくそんなに可愛いのに辞めちゃうなんて、もったいないなーって思って。結構危ない仕事だし、怖くなったり、嫌になって辞めるんじゃ止められないけど、そうじゃないならね」

「!」

 失敗した、とジロウは密かに唇を噛んだ。やはりありのまま、本当のことを全て話すべきだった。嫌で怖くて辞めたいのだと。恐怖の由来はともかくとして。

 今からでも本当のことを話そう。ジロウはそう決意して立ち止まった。

「夢丘さん、その、実は俺……」

「桜木ちゃんさえ良ければだけど、私とパートナーを組むって言うのもアリじゃない? そうすればフォローもしてあげられるしね」

「パートナー……?」

「うん。私と一緒に魔法少女アイドルやらないかって、率直に言うと勧誘してるの」

「アイドル!!? 俺が!? いや無理無理無理……」

「あ、オレっ娘なんだ。いいねー、キャラ立ってて」

 慌てて自分の口を手で塞いだジロウにユメミは満面の笑顔を向けた。

「最近配信の再生数が頭打ちでねー。そろそろテコ入れしたくって。新メンバーとか激アツだし。ジロウくんのこともフォローできるし。ウインウインってやつだよね」

「それは俺とは……いやだから、夢丘さん」

「そしたらあっちのお友達が宇宙人ってのも見逃してあげるよ?」

「!?」

 ジロウの目が警戒の色に染まる。だがその反応はあまりに遅すぎた。

「ね、どうする? えっと、サイタマセントラル高校、一年三組、出席番号一三番の桜木ジロウくん?」

「……!!!」

 思わずジロウは後方に跳びすさった。


「……何の話してるんだろ。桜木、ちょっと様子が変だけど」

 ミヤコとネビュラもジロウたちと距離を置くために立ち止まっていた。

「あのユメミとか言う女、曲者だな。ずっと周囲に薄い魔法バリアーを張って音声を遮断している」

「そうなの!?」

「ああ。俺の宇宙イヤーでも会話が聴こえないから間違いない」

「……大丈夫かな、桜木……」

 まるで大丈夫ではなかった。ジロウは目の前の、得体の知れない相手に戦慄を覚えていた。

「……どうしてそれを」

「ちゃんと調べて来てるからね。まさかサイタマシティの魔法少女が男の子だったなんてねー。あ、男の娘?」

「気色悪い言い方はやめろ!」

「あ、大声は禁止ね。一応遮断してるけど、あんまり声大きいと聴こえちゃうから」

「遮断……」

 ロクでもないことを笑顔で話すユメミが、もはや恐怖でしかなかった。

「どうしよっかな。学校に正体バラしてもいいけど、今のジロウくん女の子だし、効果も半減だよね。なら……」

 ユメミはチラとネビュラに視線を向けた。

「あっちのお友達。彼氏くん? クラスに宇宙人がいますよ、ってほうがジロウくんには効くかな? ヒヒッ……」

 堪えきれなくなったユメミの口から、低く薄気味悪い笑い声が漏れた。

「……彼氏じゃないし、……友達でもない。好きにすればいいだろ」

「本当? 本当にいいの? やるって言ったらやっちゃうよ、私」

「…………っ!」

「もう一回だけチャンスあげる。さあジロウくん、どうする? 一緒にやる? それともやっぱりやらない?」

「くっ……!」

 噛み締めた奥歯がジロウの口の中でゴリッと鳴った。その次の瞬間、ユメミに向けて一条の閃光が放たれた。


「……危ないなあ。駄目だよ、こんな人がいるとこで」

「ジロウから離れろ、夢丘ユメミ」

 ネビュラが手を差し込んだままの、ジャケットの生地越しの宇宙ビームはユメミが張った極小、高出力の魔法バリアーに防がれた。

「今のは警告だ。次は本気で撃つ」

「……スゴい、早乙女くん。映画みたい」

 感心したミヤコが安定の呑気な感想を述べた。

「……邪魔が入っちゃったね。じゃあ続きはまた今度かな、ジロウくん。いい返事期待してるから」

 ユメミはジロウに軽く手を振って去っていった。

「無事か? ジロウ」

「……あ、ああ、うん。……助かった」

「何の話してたの? ユメユメさんと」

「……一緒にアイドルやらないかとか、そんな話だ」

「え、アイドルやるの、桜木?」

「やると思うか?」

「思わない」

「よし」

「えー、でも、もったいない……!」

 まだブツブツ言っているミヤコをジロウは無視した。

「他には何を言われた?」

 聞いてきたネビュラの視線をジロウはさりげなく躱した。

「……いや。そんな感じだ」

「そうか」

 ジロウは韜晦し、ネビュラはそれを受け入れた。

 帰り際。ふとした違和感にジロウはスカートのポケットに手を突っ込んだ。そこには入れた憶えのない紙片。折り畳まれたメモ用紙には「同じ場所に夜一〇時。今度は一人でね」と書かれていた。

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