第21話 勝文の後輩

「トエル、紹介するな?これが俺の後輩の 『壇ノ浦 暖』通称暖ちゃんだ」


 私はこの可愛らしい人が勝文の後輩である聞き、色々なことが脳に浮かんだ


 まず、こんな可愛い子と仲良いんだ。という嫉妬に近い感情が襲ってきた。

 ネルちゃんやレイン、一応マオも、こんなに可愛い子に囲まれて生きていてよくボケ魔のままでいられるなとすら思う。


 そして、次に思ったことは勝文は猫に襲われてるところをこの人に助けてもらったの?ということ。てっきり男だと思った。勝文曰く癖があるらしいけどどんな人なんだろう。


 最後に思ったのは、この人元カノだったりするのかなということ。こんなに可愛い子と付き合っていたのだとしたら私が付き合うなんて夢のまた夢だ。


 そんな複雑な思いを抱いた結果、私は固まってしまった。


「……トエル?」


「あ、もしかしてこの人勝文センパイの彼女さんっすか?安心してください!元カノでもなんでもないっすから!」


 固まってた理由を言い当てられてしまったみたいで顔が赤くなる。と、というか彼女って!そんなふうに見える?見えるかなぁ?


「いや、そういうんじゃねぇから」


 勝文が彼女という言葉を否定する。その通りだけれど少し胸がズキっとしてしまう。


「ご、ごめんなさい。勝文が話していた後輩を男の人かと思っていたら、こんなに可愛い人が現れてびっくりしちゃって……」


 とりあえず固まったもう一つの理由を言って誤魔化す。顔が真っ赤になったことが勝文にはバレてないといいな。


「彼女さんじゃないとすると……わかった!(とてもネットに載せられないような過激な表現の変わった人という意味の言葉)っすね?」


「なんだこの人!?!?」


 可愛らしい顔からとんでもないようなNGワードが飛び出してきて私はツッコミを入れる。

 なるほどこれは癖者だ。

 よかった衝撃で固まらずにツッコめて。お通夜になるところだった。


「あれ?違うんすか?なら勝文センパイがパパ活を買った?」


「お前な、トエルに失礼だぞ?」


 勝文が私のために怒ってくれた。嬉しい。

 こういう地雷系ファッションをしている以上、色々疑われるのになれているからそんなに気にしてないけど。

 ……勝文も出会ったばっかの時、私にパパ活疑ってなかった?(3話)


「あー、すいません。そんなことはないだろうと思いつつ念のためっす。ただ本当にそうだったらパパ活は (ネットには載せられない汚い言葉) だと思っているので、勝文センパイが騙されているようなら (100人が聞いたら100人がドン引くレベルの暴言) してやろうかと思っただけっす」


「口が悪すぎてもう何いってるかよくわからない」


「あー、すまん。先に言っておけばよかった。何を隠そう暖ちゃんはな、世界でいちばん口の悪い、ハイパーウルトラギガンティック毒舌系後輩なんだ」


 勝文は真剣な眼差しでそう伝えてくる。


「そのハイパーなんとかって言い方やめないっすか?勝文センパイ昔っからネーミングセンスドブ川に浸かってるんだから」


 暖さんはケラケラと笑いながら毒を吐いている。勝文のネーミングセンスをディスられると私の名前にまで飛び火してくるんだけれど


「確かに口は悪いが悪人ではないし、一時期よりはよっぽどマシだから嫌わないでやってくれ」


「これでも!?」


 この人がテレビに出演しようものなら全てが規制音になるレベルなのに。


「しかし久しぶりだな〜。僕野ぼくのは元気?」


センパイっすか?まぁいつも通りの堅物っすね」


 僕野?私野?昔話に花を咲かせるのはいいけど、ここにはその昔を知らない人もいることを思い出してほしい。


「あ、僕野ってのは俺の同級生で暖ちゃんのカレピッピな」


「カレピッピだなんて原始時代みたいな言い方しないでほしいっす」


「この口の悪さで彼氏とかできるんだ……」


「初対面なのにグサグサ言うっすね!?」


 暖さんの口の悪さに比べたら……


「ん?すまんレインから電話が来た。ちょっと二人で話しててくれ」


「口が悪い人と二人っきり……へラッカしないか不安なんだけど」


「暖ちゃんはなんやかんやいい子だから、大丈夫、大丈夫」


 そう言って勝文は店の外に出ていく。

 デート中(デートじゃない)に女の子をほっておくなんてどういうつもりなんだろう


「えーっと、トエルちゃん……?であってるっすか?」


 勝文がいなくなり、暖さんは勝文の座っていた席に座りながら話しかけてくる。


「合ってます。はじめまして暖さん」


「暖でいいっすよ?勝文パイセンのこと呼び捨てなんだから、それより年下の私も呼び捨てでいいっす」


「え、あ、わかった。よろしく、暖」


 なんとなくだけど、さっきまでより雰囲気が柔らかくなった気がする。勝文相手だと毒舌が加速するのだろうか


「……結局のところ勝文センパイとトエルちゃんってどういう関係なんっすか?」


 不意打ちの質問に飲み物をこぼしかける。

 どういう関係?そんなの私だって知りたいよ


「トエルちゃんが勝文センパイのことをどう思っているかはどちゃくそわかりやすいんすけど……」


「そそっそそっそそんなに!?」


「そんなにっすね」


 初対面でもバレちゃうのか……勝文は気付いてない……よね?


「どういう関係……えっとまず私が勝文の頭に落下して来て」


「前提がおかしい。ラリってるんすか?」


 うん。私もそう思う。


 ◆◇◆◇


「え〜っと……つまり、勝文センパイは記憶喪失の女性4人と一つ屋根の下で仲良く暮らしている……ってことであってるっすか?」


 私はこくこくと頷く。

 私は勝文と出会ってからのことを出来る限りわかりやすく簡潔に伝えた。


 暖は私が頷くのを見てため息をつく。


「なんなんすかその状況……B級映画のがまだ現実味あるっすよ……」


「信じられないかもだけど、これが真実」


「いやぁ、まぁ信じるっすよ?トエルちゃん嘘つく子に見えないし、何より勝文センパイならありえそうだし」


 暖は乾いた笑いを出す。

 こんな荒唐無稽な話でも信じてもらえる勝文は信頼されてるんだかされてないんだか。


「勝文って学生時代どんな人だったの?」


 私は好奇心で質問をする。

 勝文はあまり過去の話をしないので貴重な話になりそう。


「ん〜、私が初めて勝文センパイに会った時からあんな感じでしたね。私のセンパイは小学生時代から知り合いだったらしいんでもっと詳しいと思うんすけど……」


「そうだ!私と私のセンパイの恋のキューピットに勝文さんがなってくれた時の話がありまして」


 これは勝文の話をすると見せかけて馴れ初めを話したいだけでは?と思ったけど静かに聴くことにした。


「まぁここまで話して来てわかるように私って口が悪いじゃないですか」


「それはもうすごく」


「これ、我慢すればするほど悪口メーターが溜まっていく仕組みなんすよ。だから好きな人相手に悪口我慢していると言いたくないの出ちゃう時があって」


 悪口ってストック性なんだ


「私のセンパイはすごい素直な方なので悪口を言われると真っ直ぐ受け止めちゃうんすよ。こんなんじゃ一生仲良くなれない……ってなったところに」


「勝文が?」


「そう、勝文センパイが悪口の吐口となってくださって。デートの前日や次の日なんて1日分の悪口を受け止めてくれたんですよ」


「もしかしてその影響で今も勝文相手だとリミッター壊れてる?」


「うっ、そのとおりっす。流石に(倫理観に欠如した暴言)とか(3回聞いたら死ぬんじゃないかと思わせる悍ましい言葉)を誰にでも吐いていたら逮捕されますし」


「公共の場で言ってる時点で怪しいけどね」


「なぜか、私のセンパイと付き合えてからは悪口が出る量がかなり減ったんすけどね。幸せで悪口が浄化されてるかもっす。それでも勝文センパイにいっぱい出たってことは溜まってはいたっぽいすけど」


 なんか言い方が卑猥な気がする


「まぁ、勝文はなんやかんや言いつつ人のために行動してくれるからね。まさか人の色恋沙汰にも関わるタイプとは思わなかったけど」


「まぁ勝文センパイは私の罵倒を録音してDJしてたんすけどね」


「新手の変態?」


「勝文さんの変態エピソードといえば一番ヤバい奴だと学園祭でカッパ×ツチノコのBL同人誌を頒布しようとした時の話なんすけど……」


「前提がおかしい」


 私たちはしばらくの間、大学時代の勝文、私と出会ってからの勝文のおもしろエピソードを語り合った……


 ◆◇◆◇


「勝文遅くない?」


「っすね〜?」


 結構長い間話していたはずなのに勝文が戻ってこない。勝文に何かあったのだろうか。


 電話相手はレインだっけ。じゃあなんか変な機械に襲われてる可能性……誰からも連絡来てないから大事にはなっていないと思う。


 勝文がしばらく戻ってこないなら、このことを暖に聞いてみても……いいかな。勝文の好みのタイプとか知れるかもだし


「……勝文が大学時代付き合っていた人とか知ってる?」


「……あ〜」


 私の質問に暖は苦笑いを浮かべた

 もしかしてすごくモテていたとか……?


「いやまぁいたにはいたんすよ?3人くらい。まぁでも全員ろくでもない女だったっていうか……」


「ろくでもない?」


「勝文センパイの実家のことって知ってます?」


 暖の質問に私は首を横に振る。


「なら、私から言わないほうがいいっすね。話を戻すとその女たちは勝文さんのことはどうでもよくて勝文センパイのステータスに興味がある人たちばっかりでして……」


 勝文は私たちに隠していることがあるらしい。

 もしかしたら話を聞いて私たちが勝文を見る目が変わらないか恐れているのだろうか。

 それなら勝文は私たちを舐めている。


「勝文センパイは押しに弱いので絶対に相手が自分を見てないとわかっていても、断りきれないことも多くて……」


 暖は嫌な記憶を思い出すようにしながら話を続ける。


「最初のうちは付き合ったんだから自分を好きになってもらおう。って奇行を封印して頑張ってたっぽいんすけど……」


「どれだけ頑張っても振り向いてもらえないからか、それとも奇行が我慢ができなくなったのか3日もすれば元に戻ってました」


 暖は乾いたような笑い方をする。


 彼は人のために行動することができる。

 だからこそ彼女のために自分を変えようともした。

 そんな勝文がたったの3日で我慢できなくなるというのは相当のことだ。


 好かれてもいない相手に付き合わなきゃいけないなんて絶対つまらない。

 面白いことにしか興味がない勝文にはとても苦痛だったんだろうな。


「……わかったすか?勝文センパイは押しに弱いってこと」


 暖はこちらの目を見てニコッとする


「勝文センパイの好みとか知りたかったんでしょ?あの人はたとえ君がどんなに最低な人間でも付き合って!って言ったら付き合ってくれると思うっすよ?」


 私は暖の言葉を聞いて考える。


 私はちゃんと勝文のことが好きだし、今まで付き合ってきた人と比べればよっぽどマシだと思う。


 勝文の奇行にもある程度付いていけている自負があるし。


 私が告白すれば勝文は答えてくれるのだろう。


 でも


 それでも


「私から告白することはないよ」


「……ふ〜ん?」


「私は好きな人と付き合いたいんじゃなくて、好きな人に好きになってもらいたいんだ。仮にそんなことで付き合ったとしても、勝文に好きになってもらえたとは言えないから」


 言っていて恥ずかしくなるくらい臭いセリフなのはわかっている。でも、これは私の素直な気持ちだった。




「……よかったぁぁぁぁぁぁぁ……」


 急に暖がふにゃふにゃした声を出す。


「勝文センパイにようやく女運が巡ってきた……いい子を捕まえてた……」


 暖の以上なまでのリアクションに私は慌てふためく。


「大丈夫っす!トエルちゃんなら勝文センパイをメロメロにできるっす!この暖が保証します!!」


 暖は私の手をガシッと掴み固い握手をしてくれた。


「改めてよろしくっすトエルちゃん!連絡先とか交換しましょう!あとあと……」


 ◆◇◆◇


 数分後、ようやく勝文が戻ってくる。


「いや〜、すまんすまん。レインから今は仮想通貨の時代だ。この家の資産でFIREする許可がほしい。なんて連絡が来るもんだから……」


「大丈夫っすかそいつ?」


「FIREも何もあいつ働いてないでしょ……」


 ※FIRE 仮想通貨に投資して若いうちに仕事辞めること。勝文はある意味トエルコインでFIREしたともいえる。


「あっ、流石にそろそろ行かないと!家で私のセンパイが待ってるので!!」


 暖は席を立ちそそくさと店から出ていこうとする。


「ん?そうか。ごめんなずっとトエルと二人っきりにさせちゃって」


「全然大丈夫っす!すっごく仲良くなれたので!(脳みそが認識できないくらいの悪口)な勝文センパイにはもったいないくらいのいい子でした!」


「余計なお世話だ。そういや、お前らいつ式あげんの?」


「余計なお世話っす!!」


「僕野によろしくな〜」


 勝文は笑顔で暖を見送る。暖は式あげる時私も来賓によんでくれるかな。


「どうだった?あいつ」


 勝文は不安そうに尋ねてくる。


「すごいいい人だったよ?勝文がツチノコとカッパのBLでどっちが責めか悩みまくった話とか聞けたし」


「そんなこと話してるの?まぁいいけど。ちなみにトエルはどっち派?」


「極まった腐女子でもこんな話しないよ」


 ◆◇◆◇


「ただいまっす〜!」


 私はトエルちゃん達と別れて真っ直ぐ家に帰った。


「おかえり暖。珍しく遅かったね?」


 私のセンパイが迎え入れてくれる。


「たまたまカフェで勝文センパイにお会いしまして」


「そうそう!勝文センパイと一緒にいた女の子、トエルちゃんっていう子と仲良くなったんすけど、これがまたすっごくいい子で、ようやく勝文センパイにまともな春が来そうなんすよ〜!」


「それは本当かい?そうかようやくあいつにも春が……」


 私のセンパイが涙を流す。涙もろいところも可愛い。


「いいなぁ。僕も勝文に会いたかったよ〜。それでそれで?彼の式はいつごろ開かれるんだい?」


「それは気が早すぎるっすよ……私たちだってまだなのに……」


「あはは。ごめんごめん。流石に先越されないようにしなきゃね。案外あいつは好きになったら早そうだから」


 私のセンパイは全てを知っているかのような顔をしていた。

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