人生

結実

「話がある」

 そう、10歳も年が上のお兄さんに声をかけられた。お兄さんの顔はいつもと違ってすごく強ばっていた。

――ああ、怒られるんだろう。

私は従うしかなく、助手席に座ってシートベルトをした。

「あの、」

 来慣れない海沿いに連れてこられた。無言で車を降りたお兄さんについていくことしか出来なくて、大きな背中に声をかけてもお兄さんはまだ怖い雰囲気をまとったままだった。

「あのさ」

 海沿いの公園の、歩道を過ぎたあたり。釣り人がちらほらといる、海が見える場所。

「こんなおじさんでいいの?」

 フェンスの前で立ち止まったお兄さんの横に追いついて、お兄さんの顔を覗き込む。まだ顔は強ばったままで、でも、怖い雰囲気は近づくとなくなって。

「いい、です。」

 強ばったお兄さんの口元が緩むのが少しだけ見えて、この先の大人の世界が少し怖くなって、私は顔を逸らした。

 青々とした海が輝いていた。

「そっかぁ」

 ふわ、と鼻をついたのは、潮風の匂いと、苦い匂い。

「まー、よろしくね」

「はい」

 ずいぶんと心地の良い温かさの、夏だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る