第15話

 今なお正気に戻ることのない竜へと、仮面の男が槍を突き付けた。


 身の丈を優に超えるそれは、槍にしては刃が大きく、長い柄を伸びた刀身の両端が覆っている。


 見ようによっては柄の長い大剣のようにも見えた。


 「出番だ。【贋造遺物フェイクアーティファクト・アスカロン】」


 それはかつて聖ゲオルギウスが毒竜を打ち倒した時に使用されたとされる名もなき槍。


 後に、彼が別の竜を討伐した際に使用された長剣に、その伝承を上塗りされて、存在感の薄れてしまった悲しいその槍を、湊は本物のアスカロンと融合させたような姿で、自作の武器として復活させた。


 伝説の再現を試みた湊の傑作。


 【贋造遺物フェイクアーティファクト】シリーズのその一つ。


 本物の伝説に縋って作られたその槍は、しかし、には通用せず、失敗作として死蔵していたが、どうやら、目の前の姿だけ立派なトカゲ相手なら十分に通用しそうだと湊は感じていた。


 名前を呼ばれたその槍は、待ち侘びたかのようにその輝きを一層強め、湊の言葉に呼応した。


 「拘束は弱めてあげるよ。宣伝だからね。思う存分に抵抗してほしい。それに……お前も万全の竜を屠りたいだろうからね」


 明滅したアスカロンに優し気な眼差しを送り、再び赤竜へと視線を戻す湊。


 そして、【源火を下賜する者を縛る鎖プロメテウス・バインド】を、尻尾を拘束する一本だけをそのままに、手足を捕まえていた鎖が宙へと踊った。


 手足の拘束を解かれた赤竜が、眩い光に攻撃的な本能を目覚めさせ、湊へと襲い掛かる。


 「そうでなくっちゃ」


 湊は振り下ろされた竜の爪をアスカロンで大きく弾き、後ろで呆然とする二人へと振り返る。


 「後ろの方で待っててね。多分安全だから」


 ドッグロープが二人に巻き付いて後ろへと引っ張っていく。


 それを見届けた湊が安心して赤竜へと向き直ると、既にもう片方の爪が襲い掛かってきていた。


 それを跳んで躱す湊。


 そして、赤竜の口から吐かれる追撃の炎。


 【遍くは竜の息吹の下にドラゴンブレス】のような理外の力でなく、生物としての器官を用いた比較的常識的な攻撃だ。


 しかしそれでも、熱以上の破壊効果があるのは明白だろう。


 空中で身動きの取れない湊を炎が襲うが、宙に踊る天鎖が湊の元まで足を運び、道となり、トンッと跳ねた湊が炎をくるりと避ける。


 そして再び鎖の上へと着地すると、その鎖の道を湊が駆ける。


 目がけるは眼前。


 口腔内の熱を外に逃がすため、口を開け広げる竜の間近。


 その口内。


 「戸締りがなってないね。それじゃ空き巣に入られちゃうよ。ほら、お邪魔します」


 竜の眼前にて、口の中が大きく見えるその奥へと、湊が槍を投じた。


 「聖ゲオルギウスは、毒龍の開け放たれた口に槍を突き入れたことによって聖伐と成した。僕たちもそのオリジナルにあやかろうじゃないか。なぁ、アスカロン。さぁ、汚名返上といこうか」


 口腔内、その奥へと突き刺さり、反射で口を閉ざす赤竜。


 巨体を誇る赤竜からしたら、人の振るえる槍など、小さな針のようなものに過ぎないだろう。


 しかし、その槍は勢いの衰える事を知らず、尚も赤竜の中を突き進む。


 藻掻く赤竜に、光が漏れ出した。


 体内で極光を走らせたアスカロンが赤竜の身体を内から焼き、穴を開け、その穴から己の存在を外へと示したのだ。


 そして遂に、赤竜の背中を突き破って、アスカロンが姿を現した。


 赤竜の断末魔が十七階層に轟いた。


 その巨体が横たわり、大地を揺らした。


 「うん。上出来じゃないかな?」


 塵へと還る赤竜に湊が満足げな表情を向けていた。


 階層適正外異常種────赤竜────


 多くの探索者を葬ってきた、十七階層の巨悪が今、たった一人の男の手によって討伐された。


 異常種、その中でも戦闘非推奨指定の魔物の討伐は、東京ダンジョンに於いては約一年ぶりの快挙だった。


 湊が跡形もなく消えた竜のいた場所を歩いて槍の下へと歩く。


 「かっこいいじゃんお前」


 人の手を離れ、宙で落下したその槍は、カランカランと地面に転がる無様を見せず、槍らしく、地面に勇ましく突き立つ姿を見せていた。


 誇らしげに笑う湊がアスカロンを地面から抜いた。


 「偽物であっても、竜は竜だ。今はお前を誇りに思うよ」


 一撫でし、脇に携える。


 余韻に浸るように、今は異空間へとは戻さない。


 槍を携えたまま、湊が二人の下へと戻った。



 目の前で、幻想的な光景が広がった。


 畏怖を一身に集める竜の恐ろしき黒い覇気と、目を焼かれるような聖槍の放つ神々しい白い聖気の対立は、まるで神話の一幕のような英雄譚であった。


 そして、一投の下に悪を下した英雄が、光を携えてこちらへと歩いてくる。


 仮面を僅かにズラして片目でこちらを見る男に、小雛は胸の高鳴りを感じた。


 綺麗な二重をした形の良い目は、それだけでその仮面の下に美形の造詣を思わせる。


 男が小雛の前で立ち止まる。


 吸い込まれるような瞳に目を奪われて、一瞬、呼吸をすることも忘れてしまう。


 立ち上がれない彼女へと男がその手を伸ばした。


 (あ、これって、顎をくいってされるやつ……ぴょん)


 綺麗な指のその先に膨らむ妄想。


 鼓動が早くなり、目が僅かに潤み、僅かに空いた唇からは、「あ……」と小さく期待が漏れ出した。


 窮地を救ってくれた王子様の手を迎えるように彼女が目を瞑る。


 期待と不安が混ざる中、空気に酔った彼女はまさにお姫様のような気持ちだった。


 そして、湊の手が優しく添えられ、くいっと上に向けられた。


 彼女のスマホが。


 「え」


 「どう?みんな見てくれたかな。僕の活躍を」


 どうやら画角の調整だったらしい。


 ────ヤバァァァアアアアアアアイ!!


 ────伝説見れた!


 ────かっこよすぎる!!


 ────同接三十万人が店主に惚れたよ!


 ────夢かな?ううん私が夢女子、、、好き


 ────俺も探索者になりたい!!


 ちらりと目線を動かした小雛のスマホには埋め尽くされた白やら赤やらの文字と、三十万という見たこともない数字が刻まれていた。


 しかし、そんな事には気にも留めず、勘違いに気付いた小雛の顔がみるみる内に赤くなっていった。


 「十七階層の異常種たる赤竜すらも打ち倒せる武器が当店にはございます。それが私の構える探索者向けショップ【DD】でございますゆえ。名前だけでも憶えて帰ってくだされば幸いです。本日以降、上級探索者の方々だけでなく、下級、中級探索者の方々にも門戸を広げるつもりでございますので、当店を見かけた際にはどうぞ、お立ちよりくださいませ」


 綺麗なお辞儀を見せた湊に、またコメントが湧いた。


 これだけの異常な強さの武器を数多く揃える湊の店は、命を賭ける探索者にとって、なによりも重要な店舗という扱いになるだろう。


 喉から手が出るほどに欲しい商品ばかりなのは間違いなかった。


 ロープレマスターモードになった湊が礼を見せた後、再び顔を上げて、片手で顔を覆う小雛を見て不思議に思う。


 泣いているのだろうか?と妥当な所にあたりを付けるが、どういう訳か耳が真っ赤だ。


 気になった湊が小雛に問いかけた。


 「どうしたの?」


 「消えたい……ぴょん」


 「???」


 要領を得ない返答に湊は首を傾げた。


 

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