第13話
竜の咆哮がダンジョンに轟いた。
それは異界化しているはずの深層を飛び越えて、他の階層にまで響き渡るほどの摂理を越えた轟音。
それを聞いた探索者たちが緊急事態を察し、慌てて探索を切り上げて逃げ出すほどに竜の咆哮には畏怖を感じさせる。
生物の頂点に君臨する竜の雄叫びに全生物が平伏した。
第十七階層の化け物共は、天敵に晒された稚児のように成す術もなく、震えるのみ。
世界を揺らす覇者の武威。
竜の前ではすべての他の生物は等しく下等であり、劣等種であった。
それは例え、上級探索者と呼ばれる、人から超越した存在であろうとも、竜の目にはその違いは無いに等しい。
零院涼真────田中茂治は、目の前に現れたこの階層の異常種、赤竜を前に子供のように震えていた。
階層適正外異常種。
その階層の通常湧いてくる魔物と大きくかけ離れた存在に付けられた公称だ。
ダンジョン、特に下層以下では、個体の強さや特殊能力が非常に厄介な要討伐モンスターが度々現れる。
しかし、中には長い年月、多くの探索者の命を費やしても討伐も叶わず、遂にあのギルドが匙を投げた化け物たちが複数体存在していた。
それが戦闘非推奨指定。
その内の一体が赤竜だ。
しかし、赤竜はここ数年間まともに確認されていなかったはずだ。
この第十七階層という異常な広さを持つ階層だという事を考慮しても、不自然な程に。
そのことから赤竜は誰かに討伐された、または竜という種族の特性を鑑みて、長い休眠に入ったという憶測が立てられ、第十七階層は暫定赤竜の脅威の中にないという判断が下されていた。
しかしそんなものはたった今覆された。
最悪のタイミングで。
「ダメだ!勝てない!今すぐ逃げるんだ!あれは人が勝てる相手じゃない!聞いてるのか!?【へんた────」
「────あ?」
「────そ、このひょっとこ!」
一瞬、竜の武威も忘れて言い直した田中は今すぐにでも逃げ出す気満々だ。
しかしこの、人をおちょくったかのような変な仮面をつけた男はあろうことか戦う気満々ではないか。
勝てるはずがない。
そんな無謀に巻き込まれてたまるか。
そう考え至った田中はすぐにここから逃げ出そうと竜を伺った。
「ひっ」
しかし三人まとめて視界に入れる竜から逃げ出せる感覚は微塵もありはしなかった。
「ま、ますたぁ。に、逃げましょう……勝てませんぴょん。私でも知ってますぴょん。赤竜は何人もの上級探索者を返り討ちにしてるんですぴょん。パーティー単位じゃありませんっぴょん。レイド単位ですぴょん!」
人数にして八人~三十六人程度。
それが一レイドの範囲だ。
それが複数と考えると下手をしたら百人ほど、あの竜の餌食になっているかもしれない。
しかし、
「そこまで有名なら尚更都合が良いよ」
それを聞いても喜々とする湊に小雛が泣くようにして懇願し始めた。
「ダメですぴょん!無理ですぴょん!私死にたくないぴょん!!」
涙を流す小雛に、湊は優しく頭を撫でて、歌の時のように澄んだ声で小雛を落ち着かせる。
「大丈夫。見てて。僕、強いから」
「ます、たぁ……?」
竜が天を仰ぐ。
顎を開き、常軌を逸した魔力がその口腔に蓄えられていく。
太陽を間近で見ると、こういう気分になるのだろうか。
小雛はその圧倒的な質量による重力に引っ張られるように、目を、心を釘付けにされた。
「来るよ。捕まってて」
そう言って湊は縄────ドッグロープを投げて田中を捕まえて自分の側に引っ張ると、いつものように異空間から何かを取り出した。
「それは……?」
小雛の目が、竜の顎からそれへと移る。
輝く槍とは反対の手に握られた野球ボール大の宝玉。
それをかざし、湊が悠然と構えた。
竜の顎に集まる魔力が臨界に達し、その色を変える。
青く光っていた魔力はあまりの密度にその存在が破綻、竜がそこに己の存在を強引に捻じ込むことで、この世に存在しない黒いエネルギーを生み出した。
竜にとってどこまでも都合の良いエネルギーは、脅威の変換効率を実現し、時空そのものすらも破壊せしめるほどの埒外な力へと変貌してしまう。
小雛と田中の絶望の中、竜の顎が三人に向けられた。
「いやだ、ぴょぉおん!」
「嘘だ!嘘だ!嘘だぁ!!」
死を目の前にして喚く二人。
しかし、湊の仮面の下は二人に知れず笑っていた。
竜が蓄えた超常のエネルギーを三人に向けて解き放つそれは、【
この世のものとは思えない、空間を破砕する音を轟かせて三人へと降り注ぐ。
空間を破壊しながら進むそれに、目測の距離などは当てにならない。
近いかと思えばまだ遠く、遠いかと思えばすぐそこに迫っている。
しかしそれも僅か数瞬での出来事。
この世界の生者にとって誤差にも等しい時間の感覚に過ぎない。
そして、小雛と田中はそんな物理法則の破壊にも気付くことなく、ドラゴンブレスに飲まれた。
「所詮は贋物だね。本物の竜には遠く及ばない。起動【
しかし、二人に死が訪れることはなかった。
湊の翳した宝玉から投射された、中心の円を囲う八つの円。
こことは違う世界の都市国家の誇る、対竜防衛機構を模った宝玉は、竜の攻撃に対して絶大な効果を発揮する。
都市の形を象る、九輪の魔方陣によってその竜の力の奔流が、次々と掻き消されるようにして三人の身を守っていた。
「……うそ」
「あ、りえない……」
「同じ贋物なら、この僕が負けるはずがない」
黒を全て散らした湊が、竜へと槍を向ける。
仮面の下のその顔に、不敵な笑みを浮かばせて。
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