第8話

 武器の性能についてひと悶着あったものの、「機会がないと使えないスキルだから」という言葉に一先ず、そのスキルのデメリットは小さいと判断した小雛は気を落ち着かせて、矛を収めた。


 「捨てようと思わない限り、早々暴走することはないから安心してよ」


 その言葉にとりあえず、忍刀【艶色】を腰に差す。


 その艶美な見た目と、腰に差した時のしっくりくる感触に、つい頬が緩む小雛を見て、湊はほっと、胸を撫でおろした。


 「そう言えば、君は中級探索者だよね?どうやってうちに来たの?」


 「え?なんか、壁に渦が巻いていたのでそれに触れたらいつの間にか……」


 「渦?」


 「は、はい」


 「うーん。一応聞くけど階層は?」


 「第六階層です」


 その返答に眉を顰める湊。


 「東京ダンジョン?」


 「え?そうですけど」


 小雛の内に不安が広がった。


 「うちは何となくわかると思うけど、上級探索者向けの店なんだ」


 「え、は、はい」


 急になんだと訝しむ小雛。


 中級探索者が敷居を跨ぐんじゃねぇとでも言うのだろうか。


 しかしそれも今更だと小雛は思う。


 「だからそんな浅い階層に扉は作ってないんだよね。僕」


 「え?」


 その返答は予想外だった。


 てっきり湊が小雛をここまで案内したと思っていたからだ。


 「それに渦って言うのも変なんだよね。僕が作るのは普通の木製の扉だし」


 「で、でも私、本当に渦を通ってきましたよ……?」


 小雛は困惑を浮かべた。


 「嘘は吐いてないのことは理解してるよ。証拠の動画も後で見れば分かるし」


 「そ、そうですよね」


 嘘を疑われていないと知って少し肩が軽くなる。


 しかし、不安は消えない。


 だからそれを確かめるべく湊に聞いてみる。


 「だったら、いつもはどの階層に扉を……?」


 「いつも同じ階層に出してる訳じゃないんだけどね。今日はね、十八階層」


 「十八階層!?」


 小雛が驚愕に大声を挙げた。


 それも無理はない。


 十八階層など、上級探索者の中でも一部の上澄みの人間しか立ち入れない深層に位置する超高難易度の階層だ。


 配信がポピュラーになった探索者達であっても未だに深層の配信に成功したものはいない。


 それほどまでに深層の魔物は強く、探索者たちも遊びで潜れる階層ではないのだ。


 「そ、そんな所に出してるなんて、じゃあさっきの人もそんなに凄い人だったんですか!?」


 簾藤 安富は悪名こそ立っているが、探索者としての実力が非常に高いことはあまり知られていなかった。


 「まぁ、十八階層をソロで行き来できるくらいの実力はあるんじゃないかな?」


 自分に目をつけてきた男がそんなに強い人物だったなんてと、今更ながらに震えが走った。


 しかし、それ以上にその簾藤をあんなに簡単に無力化した目の前の仮面の店主の存在の方が埒外と言えるだろう。


 そんな人物に放った自分の言動を省みて今更ながらに後悔する小雛。


 そんな小雛を見て、さらに湊が追い打ちとなる言葉を掛けた。


 「君、どうやって帰るの?」


 「あ」


 その言葉の意味する所を理解して、彼への怯えなど簡単に吹き飛んだ。


 十八階層からどうやって帰ればいいんだと。


 真っ青になる小雛を見て、しょうがないなとばかりに溜息を吐く湊。


 これも罪滅ぼしの一環だと思う事にした。


 「しょうがないから、地上まで送るよ」


 「ありがとうございます!」


 彼は怖い人ではないと認識を改めた。


 ちょろい。


 早速、湊はいつの間にか元の位置に戻っている扉を開ける。


 そこには捩じれた空間が広がっており、扉の向こうの風景など何もなかった。


 「さ、早くいこっか。僕も営業の時間があるし」


 彼はそう言って小雛の手を引っ張った。


 「ちょ、ちょっとまって急に!?」


 そんな、入って無事かどうかも分からない扉へと引っ張られて命の危機を感じた小雛は、湊の力に抗えず、眼を瞑って成すがままに受け入れた。


 そして目を開けるとそこには絢爛豪華な玉座の間が広がっていた。


 「へ?」


 意匠の細かい数々の調度品とから入り込む日差しを彩色に変えるステンドグラス。


 深奥、中心部に君臨する玉座は人間が座るサイズを大きく超えて、小雛が見上げるほどに背が高く、寝そべることすらできそうだ。


 「ここは……?」


 「ここは


 「中?」


 見渡せば第六階層の四分の一くらいはありそうな広間が階層の中にある城の一部屋だというのだから、スケールが小雛の知る階層の物とはまるで違う。


 「行こうか」


 「あ、はい」


 小雛が前を歩き出す湊の後ろをついていく。


 見たこともない光景にお上りさんのようになる小雛。


 配信者魂が刺激されて、懐からスマホを取り出して湊に聞く。


 「あ、あのぅ、マスター。配信とかって、しても大丈夫ですか?」


 下から覗くように伺う小雛に湊が少し考えて頷いた。


 「まぁ、いいんじゃない?その代わり気を付けてよ?ここの魔物もそこそこ強いから」


 「はい!ありがとうございます!」


 喜んでスマートフォンの配信アプリを起動した。


 「みんなーー!さっきは急に配信終わらせてごめんね!私は無事だからみんな安心して!」


 ────帰ってきた!


 ────ひなっちなにもされてない!?


 ────あの変態は!?


 ────切り抜きの再生数すでにすごいことになってるよ。もちろん保存した


 ────切り抜きから来ますた


 ────元気そうでよかった


 ────何があったか邪推してしまう


 ────手持ち配信?


 ────どこそこ、城?


 始まったばかりだというのに既に三万人を超えて今もぐんぐん伸びている。


 明らかに調子の良い数字に背筋がぞくぞくする小雛。


 承認欲求が満たされて興奮気味だ。


 「なんと!今私は十八階層に来ています!!」


 ────十八!?


 ────嘘だろ!?


 ────ダンジョンってそんなに深いの?


 ────流石に信じられんけど、見たことない場所だ・・・


 ────配信史上初の快挙だろ


 ────【悲報】実力派ダンジョン配信者勢、女性ダンジョン配信者に記録を更新される


 スマホのカメラを自分に向けながらぐるりと玉座の周りを映す小雛にコメント欄に激震が走った。


 世界初の深層配信である。

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