第3話

 「本当に存在していたなんて……」


 「……」


 存在が疑われる七不思議。


 そのどれもがギルドすら対処不能と匙を投げる存在として語り継がれているため、ギルドの強大さを知っている者たちから挙ってその噂を否定されてきた架空の都市伝説。


 そう思われてきた七不思議のひとつ、【変態仮面】。


 所在不明、時期も不明、その素顔も全て不明の神出鬼没の店の主。


 知られている事と言えば、初心者向けから上級探索者向けまで幅広く品を揃え、選りすぐりの逸品はどれも超のつく一級品ばかりということ。


 ダンジョンの外ではまず見かけることのできない武具で一杯だという。


 流石にそんなものあり得ない。


 小雛は今までそう思っていたが、今日、この日、それが真実だという事をわが身を持って知ろうとは、露ほども思っていなかった。


 突然現れた、ネットを彩る与太話だと思っていた人物の登場に小雛は頬を抓って現実かどうかを確かめる。


 「本日はご来店頂きありがとうございます。私はここの店主、【AD】と申します。お見知りおきを。気軽にマ・ス・タ・ーとお呼びください」


 やたらと自分の呼び名を強調する様子に、小雛はいきなり不躾すぎたかと反省した。


 異様な雰囲気漂う店内と、神秘に包まれていた都市伝説の一角だ。


 流石のコメント欄も空気に飲まれたのか、ネット特有の奔放さや無遠慮さは鳴りを潜めて、軽率な反応をした彼女を諫めるようなコメントが流れている。


 ────初対面の人に失礼すぎだよ


 ────怒らせたくないな


 ────いきなり変態と言われて気分のいい人はいないでしょ


 ────こ、殺されたりしない?


 ────怖い


 ────猫被んな変態


 自分の過ちに気付き、少し顔を青くする小雛。


 殺されるかもしれないというコメントに、ここがダンジョンの中でも特筆しておかしな空間だということを思い出す。


 「ご、ごめんなさい!私いきなり初対面の方にっ」


 「そうお気になさらずとも私は怒ってなどいませんよ」


 包み込まれるようなその柔らかな声色に小雛の気持ちがすっと和らぐ。


 人を落ち着かせる不思議な魅力のある人だと、小雛は少し頬を赤らめた。


 ────顔赤くない?


 ────メスの顔してる


 ────俺達のひなっちが……


 ────だから男が画面に映るのが嫌なんだよ!


 ────正気に戻れ!ひょっとこだぞ!!


 ────ああ^小雛ちゃんが男と~


 ────突然の寝取られに脳が破壊されました


 ────ひょっとこの口は性器の暗喩


 ────なんだこのメス


 荒れるコメント欄。


 それに気づいた小雛が必死に違うと弁明し、視聴者を落ち着かせる一幕を演じ、それを見たマスターがくすりと笑う。


 彼女はそのマスターの親し気な雰囲気に気を取り直して、カウンターに近づく。


 「なにか買って帰られますか?」


 「えっと、私、こんなに高価な物を買えるだけの手持ちはないので……」


 壁に掛けられている煌びやかな装備品の列に目をやって、そう、マスターに伏し目がちに言う。


 場違い感と申し訳なさに彼女が目を逸らすように俯いた。


 「大丈夫ですよ。当店はどの層の探索者様でもお買い求め頂ける品揃えとなっておりますので。なにかご希望の物はございますか?」


 少し考えこんだ彼女は今の手持ちに心許ないものを思い出す。


 「なら、ポーションってありますか?私でも買えるような……」


 「でしたら────」


 「!?」


 そう言って彼は何もない空間に手を突っ込んでまさぐり始める。


 傍から見れば、手首の先が無いかのように見える奇妙な光景だ。


 ────え


 ────どうなってんの


 ────空間系スキル??


 ────ありえない


 ────それこそオカルトだろ!?


 ────夢でも見てるの?


 未だ正式に発見されていないとされる空間系のスキル。


 容量以上に物を入れることのできるマジックバッグや空間転移スキル。


 そういったものはこのダンジョンが現れた世界に於いても未だ架空とされる分野であり、夢のスキルだった。


 小雛もコメント欄もざわつくのは当たり前と言えた。


 「────こんなものは如何でしょう?」


 彼はそう言って、何もない空間から緑色のポーションを取り出した。


 その事実に小雛はぽかんとするが、どうにか意識を取りもどして彼の手にあるポーションを見る。


 普通にポーションのように見える。


 「こちら、中級探索者様が普段よく使われるDランク相当のポーションになりますが、それに私が手を加え、一時的な肉体の強化、強壮作用、治癒後もしばらく自然治癒効果を得る事ができる優れ物となっております」


 「すごい!そんな効果聞いたことない!」


 普通のポーションは傷が治るだけなのだが、彼の手の加えたポーションはそれ以外の効果も付随するという。


 その効果も聞けば有用なものばかりで、すぐにでも欲しくなる逸品だ。


 すぐに値段を聞こうした時、彼は説明を続けた。


 「ただ、少しエッチな気分になります」

 

 「うん?」


 空耳だろうか。


 彼女は自分の耳を少し掻いたり叩いたりした。


 聞き逃したと思った彼がもう一度。


 「少し、エッチな気分になります」


 「なんで!?」


 紳士然とした彼の雰囲気をぶち壊す強烈な一言だった。


 ────買います


 ────媚薬じゃん


 ────お巡りさんこいつです


 ────ギルドでも対処不能だから七不思議なわけで……


 ────俺のひなっちに何するつもりだ!俺によこせ!!


 ────よくそれで呼び名に文句言えたな


 ────またそれか変態死ね


 散々なコメントに目をくれる余裕もなく顔を赤くし、口をパクパクする小雛。


 彼女にその手の耐性はまるでなかった。


 「すみません。素材にとある方からご提供頂いた血を使用しているため、どうしてもこういったデメリットが起きまして……」


 申し訳なさそうに彼が別の物を探し始めた時、カランカラン、と誰かの入店を知らせる鈴の音が鳴った。


 「おう、マジでこんな店あんのか。よう、買い物に来てやったぜ【変態仮面】?」


 いかにも素行の悪そうな男が入店してきた。


 邂逅早々、二度目のその不名誉な二つ名にマスターの額に青筋が立ったことに誰も気づかない。


 一見、彼はただのひょっとこだった。


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