イベットバルトスの森で~まさか俺たちが勇者と魔王に転生するなんて~

倉世朔

第1話 魔王誕生


 イベットバルトスの森で一番大きな赤黒い木が重々しく聳えていた。その大木の枝には首吊りに使われた縄がいたるところに下がり、根の近い場所には人骨が散乱していた。「あの木を見ると焦がれるように体が勝手に縄を結んでいる。死ぬのならこの木に吊るされて死にたいと思ってしまうんだ」とその大木を見た人々は皆、口を揃えてそう言った。それもあってか、村の人々はイベットバルトスの森に近づくことを恐れた。


 

 ある日突然、その大木に鋭い稲妻が落ちた。


 

 雨、風もない。晴天だった空から神の鉄槌をくらったかのような一撃で、大木めがけて雷が落ちたのだ。それに驚いた動物たちやドワーフ、ニンフたちが恐る恐る大木に近づく。赤黒い大木は上から真っ二つに裂け、焼け焦げているのかしゅうしゅうと音を立てていた。


 その真っ二つに裂かれた大木の割れ目を見ると、なんと赤子が眠っていた。目を閉じて安らかに眠るその赤子を森の住人たちの誰もが深くお辞儀をし、歓迎した。まるで、この時を待っていたかのように。


 

 そうしてイベットバルトスの森に魔王が誕生したのである。


 

【イベットバルトスの森で~まさか俺たちが勇者と魔王に転生するなんて~


「ルイスとビビアン。まだ来ないのかなぁ」


 大きな切り株の上に座りながら、僕は2人を待っていた。道の途中で拾ったどんぐりを空中にあげては掴み、あげては掴みと一人遊び。


 僕とルイスは転生者だった。ここへ転生してくる前は、地球という惑星で学生生活を送っていた男子高校生。それから2人仲良く交通事故に遭って、この世界に転生してきたのである。僕たちは小さい頃からの親友で、何をするのも一緒だった。部活動も生徒会もお互いに無理強いしているわけではなく、自然と考えが一緒になってしまう。自分達は共鳴しあっている。それが僕たちの口癖になっていた。


 人間であるルイスは森の近くの村に住み、エルフ族の僕は森で生活していた。ルイスが妹のビビアンとイベットバルトスの森でさ迷っていたのがきっかけで再会できたのである。森へは近づいてはいけないと両親から言われているようだったが、ルイスとビビアンはこっそりと村を抜け出していた。転生してから7年が経った今でもルイスは妹のビビアンを連れて僕に会いに来てくれる。


「おーい! お待たせ!」

「ルイス、ビビアン。遅いよぉ」

「わりぃ」


 今日のルイスとビビアンはどこかどんよりとしており、顔をうつむかせて地面を足でいじっている。何か言いたいのだろう。僕は2人に尋ねた。

 

「2人してどうしたのさ。元気がないよ! ねぇ、何して遊ぶ? 川で水切りでもやる? 僕、ずいぶんうまくなったんだよ!」

「ナタ。ごめん」


 ルイスはとても寂しそうな表情で小さく呟くように言う。


「俺、旅に出ないといけなくなったんだ」

「旅?」


 ルイスは言葉を飲み込み話をしたくないように思えた。彼の代わりにビビアンが旅にでる理由を説明してくれた。


「ルイスに目覚めが起きたのよ。それで、通りがかった聖女様がルイスは選ばれし勇者だとお告げをされたの。近い未来現れる、この世界でもっとも凶悪な魔王を倒す伝説の勇者になれるだろうって」


 目覚めとは、魔法能力の覚醒を表す。その覚醒は6歳から10歳の間で目覚め、18歳になる頃には能力が最大限に引き出すことができるようになる。魔法能力を持っていない人は、ハズレと差別されるがその確率はとても低い。何万に一人かの割合でしかハズレは生まれない。ということは、この世界のほとんどが目覚めを経験している。ルイスもその目覚めが起きたのだ。

 

「伝説の勇者!? ルイス! すごいじゃないか! この世界の英雄になるんだよ」

「そう。だからルイスはその聖女様と旅に出なければならなくなったの」

「いつ?」


 ルイスがふてくされたように地面を蹴る。

 

「明日だよ」

「明日だって? そんな急に……だから元気がないんだね、2人とも」


 2人はうつむき、ビビアンは村に残るというのに目に涙を溜めていた。僕は2人を慰めるようにわざと大きな声で話をする。


「そんな悲しい話じゃないよ! 逆に嬉しいことじゃないか。別れるっていったって、二度と会えないわけじゃない。そうだろ?」

「そうだけどさ、ナタ。俺たちはずっと、そうずっと一緒にいたんだぜ。それが急に離れるなんて」

「離れてたって、俺たちの友情は変わらないだろ? 俺たちはいつまでも親友だ!」

「ナタ……」


 僕はルイスを誇りに思い、彼の肩に手をおいて頷く。君ならきっと素晴らしい勇者になれるよと言って祝福した。


「ビビアンを任せてもいいか?」 

「もちろんだよ! ビビアンは僕が守る」


 ルイスとビビアンの表情が明るくなり、僕は仕切り直しだと言ってポケットから水切り用の石を渡した。


「よし! 今日は思う存分遊ぶぞぉ! ルイス、ビビアン。行こう!」


 それから僕たち3人は夕方になるまで遊び尽くした。水切りに鬼ごっこ、勇者ごっこにそりすべり。体力の限界まで僕らは笑い、そして楽しい時間を過ごした。それはまた、寂しさを紛らわせるためでもあった。僕は遊びながら心の中で呟いた。

 

 ルイス、大丈夫。ビビアンのことは僕が必ず守るから。勇者になって僕にまた会いに来てくれよ。絶対、約束だからね。


 夜になり、2人が村へと帰っていく。僕も育て親であるリングスの元へ帰った。雷が落ちた赤黒い大木は僕たちの棲みかになり、大木の窪みの中を下りると部屋に通じている。


「ただいま、リングス」

「おかえりなさい。ナタさん」


 僕が生まれた時に拾ってくれたリングスもエルフ族だと言った。僕がエルフ族だと言ったのはリングスだった。銀色の髪をひとつに束ね、目は細く、いつもニコニコと僕に微笑みかける。僕はリングスの微笑みはどこまでが本当の笑顔なのか疑問に思うことがあった。


 僕がおねしょをしても、誤ってリングスの大事にしている杖を折っても、彼は怒らずに優しく微笑むだけだったからだ。このイベットバルトスの森にエルフ族は僕とリングスしかいない。その理由をリングスに尋ねると彼はいつも笑いながら、「魔物に殺されたんだよ」と言っていた。それが本当なのかどうなのかよくわからない。それくらいリングスの微笑みの奥はどこか謎を秘めていた。


「今日はシチューですよ」

「やったね……」

「おやおや、ナタさん。どうしたのですか? 元気がないみたいですけど」


 僕はリングスにルイスが旅に出ていなくなってしまうことを伝えた。リングスは一瞬、ほんの一瞬だけ料理をしていた手を止めた。だが、すぐに鍋の中のシチューをかき混ぜる。


「彼がまさか選ばれし勇者とはね。世界は狭いものです」

「そう、ルイスには言わなかったけど、寂しいんだ」

「そうですねぇ。寂しいですね」


 リングスがシチューをついで、僕がいつも座る席にそれを置く。


「あたたかいうちにお食べなさい。なぁに、勇者になったらまたここへ戻ってきますよ。必ず、ね」


 リングスの作るシチューはいつも美味しい。まろやかでミルクがよくきいていて、食べ終わった頃には心が穏やかになる。僕はいただきますと言って、一瞬にしてシチューを平らげた。


「早朝、ルイスの見送りに行こうと思うんだ」

「えぇ。それがよろしいでしょう。それなら、明日に備えて今日はもうお休みなさいな」


 僕は自分の部屋に入り、窓の外から夜空を眺める。その時、星がひとつ流れていった。僕は両膝をついてから、両手を合わせる。


「神様。お願いです。ルイスが勇者になれますように。そしてまたここイベットバルトスの森に帰ってきますように。神様、お願いします」


 この世界に神様はいるのかとリングスに聞いたことがある。するとリングスはいつものように笑いながら、「神様はこの世界を見捨てられましたよ」と茶化された。


 もしそうだとしたら、神様。どうかこの世界を見捨てないで。悪い魔王がこの世に現れます。その時にはどうかルイスに力を貸してください。彼はとてもいいやつなんです。とても、いいやつなんです。死なせないでください。かけがえのない僕の親友なんです。

 神様。神様。

 どうかこの世界を嫌いにならないで。

 

 早朝。外はカラッとした空気が張りつめ、朝露が草木を濡らす。僕は森の入り口でルイスを待っていた。僕は村へ行くことはできない。村の人々はイベットバルトスの森を恐れているからだ。


「ナタ!」

「ルイス!」


 僕たちは友情の握手を交わした。


「いってらっしゃい! 必ず帰ってきてね」

「もちろんだ。ビビアンを頼むぞ」


 後ろから聖女が歩いてくる。僕はこんなに美しい人を見たことがなかった。春の日差しのような、花の女神のような神聖なオーラに僕は息を詰まらせた。

 彼女は僕を見るなり、眉間にシワをよせた。


「まさか、いや、まさかね」


 そんな呟きを残し、聖女とルイスは村を去っていった。僕は2人の姿が見えなくなるまでずっと見守っていた。

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