死亡フラグ立ち済悪役令嬢ですけど、ここから助かる方法を教えて欲しい。

待鳥園子

第1話「死亡フラグ確定」

「……ヴィクトリア・エインズワース ! 君とは婚約破棄だ!」


 だいぶ前から、幼い頃からの婚約者である第二王子チャールズより、このように婚約破棄されるだろうことは私にだってわかっていた。


 学園内でも密やかに囁かれる、身に覚えのない数々の黒い噂。


 婚約者チャールズとただ話しているだけの何の罪もないご令嬢に嫌がらせを繰り返し、あまつさえ彼女を亡き者にしようと企んだと……。


———ええ。何もかも、全て無実なのですけど。


「何か言いたいことがあるのなら、言ってみろ」


 私は何も言えずに、チャールズ殿下を見た。


 この諦めきった目を見ても真実の愛に酔う彼にしてみれば、この展開が気に入らない女が自分を睨んでいると思っているだろう。


「……この期に及んでここで一言も言い訳もせぬとは、なんという女だ。命を取られようとしていたミゼルが可哀想だ。連れて行け! 刑は追って言い渡す!」


 何かを発言するように促されても無言のままでいた私を睨み、チャールズ殿下は吐き捨てるようにそう言った。


 命令通り二人の兵士が、両側から私の腕を無遠慮に掴んだ。


 そして、振り返るその瞬間、チャールズに腰を抱かれた男爵令嬢ミゼルがニヤリとほくそ笑む表情が見えた。


 ……ああ。思い出した。待って。もしかして、ここは、前世プレイしていた乙女ゲームの世界ではない?


 周囲の人たちの顔も見覚えがあったし、初対面でも名前も聞き覚えがあったはずだわ。


 私は転生した乙女ゲームの世界で記憶を取り戻すことなく、役割としては悪役令嬢として過ごし、誰かを虐めることも破滅させることもなかったけれど、同じように記憶を持っているヒロインに陥れられた?


 嘘でしょう……記憶が戻るなら、もっと早くして欲しかった。


 私が処刑されてしまう死亡フラグは、さっき立ってしまったというのに。




◇◆◇




 城の地下にある牢は、衛生状況は良くなかった。湿っぽくてカビ臭かった。


 こんな場所に場違いな私のドレスの生地が、ゆらゆらと揺れる蝋燭の光を受けて艶めく。


 四方を囲む鉄格子は当然だけど金属製で頑丈で、それを破っての脱獄なんて考えるだけ時間の無駄になりそう。


 駄目だわ……これではもう、私は殺されてしまうのを待つだけなのね。


 男爵令嬢ミゼルはチャールズからの寵愛を良いことに、身分の高い公爵令嬢の私の立場が悪くなるように動いていた。


 贅沢をして我儘だから自分に対しても非情に接し、不当な圧力を掛けられたり嫌がらせをしてもおかしくないという印象を植えつけた。


 そんな状況にあるとは知らずに、私はのほほんと学園生活を暮らし、何の対抗策も取ることなく、処刑されて死んでしまうことになる。


「ヴィクトリア様……」


「……ナザイレ?」


 死を覚悟した私の前に現れたのは、騎士団長ナザイレ・アレイスターだった。長めの前髪がある黒髪に金目、鋭利と言える程に冴えざえとした鋭い眼差し。凛々しく整った容貌だけれど、華やかなチャールズとは違いどこか憂いを帯びた表情。


 私は彼とは一時期親しかった程度だけれど、ナザイレは実は乙女ゲームの攻略対象者なのだ。


 何度かナザイレと話しているところを目撃した婚約者チャールズより私に近寄るなと命じられ、それからは疎遠になり挨拶を交わすこともしなくなった。


 今思うと、自分はミゼルと親しくいたことは棚上げしておいて……いいえ。


 私はミゼルを殺そうとした罪で処刑されてしまうのだから……何もかももう、今更だわ。


「……ミゼルを殺そうとしたとか」


 淡々とした口調のナザイレの言葉に無反応で居ることは出来ずに、私は首を横に振った。


 ナザイレは不思議そうだった。私が何も言わない理由がわかったのかもしれない。


「……ヴィクトリア。もしかして、声が?」


 眉を顰めたナザイレはそう言い、私はここで彼を巻き込むべきか迷った。けれど、もうここまで来てしまえば同じことだった。


 静かに頷いた私を見て、ナザイレは顔を歪めた。


「何もかも、おかしいと思いました」


 一度その場から駆け去り、牢番から紙とペンを借りてきたナザイレは私にそれを渡した。


 以前に親しかった時と変わらない、曇りのない綺麗な金色の目だ。ここ一年ほど鏡の中にあった、私の諦めきった青い目とは違う。


――――彼がこれに気がついてくれるのが、もう少し、早かったなら。


「声が出せないんですね?」


 確認するかのようなナザイレに、私は小さくため息をして紙に書いた。


『ええ』


 罪を逃れたくば申し開きをしてみろと嘲られた容疑者は、どんな言い訳をしたくとも声が出なかった。


 ミゼルの仕業だとわかっていた。けれど、私にはそれを訴える手段は奪われていた。


「何故……もしかして、喉を潰されたのですか?」


 ナザイレは無表情だったけれど、何故か私は彼の目の中に恐ろしいほどの暗闇が見えた気がした。


 何かしら……気のせいよね。ナザイレは、何の関係もないのに。


 私は首を横に振った。そうではない。私はあの二人に関すること以外は、私は声を出すことが出来る。


 だから、申し開きをしてみろと問われれば、何も言えなかっただけで。


『いいえ。私はチャールズとミゼルに関すること以外は、声を出すことが出来るのです。だから、これまでのナザイレの問いには、答えられなかったのです』


「……」


 紙に書かれた私の文字を、ナザイレは何も言わずにじっと見つめていた。


 なんと哀れな女だと、そう思ったのかもしれない。けれど、一人くらい私の本当のことを知ってくれていても良いのかもしれない。


『私の住む寮の使用人たちは、気が付けば入れ替わっていました。学園の友人たちは、いつの頃か私を避け始めました。外部に手紙を出しても、返事は来ない……恐らく、これは何かの魔術めいたものが関係しているのだと思います』


 実はこのナザイレにだって、私は手紙を出した。『助けて』と。


 けれど、この様子を見ればナザイレは何も知らなかったようだ。卒業式での衝撃の断罪を知り、一時だけでも知り合いだったからと駆けつけてくれたのだろう。


「全て理解しました……あの二人のこと以外なら、声を出せるんですね。ヴィクトリア」


 私は戸惑いつつ、ナザイレの問いに頷いた。


 彼は無表情だった。薄暗い地下で黒い前髪は目にかかり、どこか影を感じさせた。


 一体、どうしたのかしら。ナザイレはもっと明るかった気がするけれど……。


「わかりました。それでは、僕と結婚しましょう。ヴィクトリア。そうすれば、君の無実の罪を晴らし、必ず幸せにすると誓います」


「……え?」


 私は彼が何を言ったのか、理解出来なかった。結婚? 結婚ですって? 私、処刑寸前の悪役令嬢なのよ。


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