第8話「尾行」

 オルレニ王国第三王子レンブラント様の主なお仕事は、異国からの賓客のもてなしであったり、大使や外交官との定期的な会談らしい。


 そして、本日は歴史的価値を持つ建物をレストランに改装した場所で、隣国の外交官と会談を予定していて、私もその場所に居た。


 私に脅されてしまった侍従アンドレがくれた情報を元に、彼の後を尾行して、恋愛指数最高値となっている女性を突き止めるのだ。


 もちろん……こうして王族が食事するのだから、周辺の警備は配置されているのだろうけれど、彼らは通常の客のように振る舞っていた。


 全く関係のない私が言ってしまうのもなんだけど、これって大丈夫なのかしら……だって、レンブラント様は王族なのよ。


 異国の外交官との会談と聞いたから……想像していたような個室でもなく、大きなホールで行われるのね。


 変装のつもりかあまり装飾のない服を身につけているレンブラント様の身分を知っている私は、何だか心許ない気がしてしまう。


 関係ないと言われてしまうだろうことは、重々承知の上で。


 彼らを観察している私は事前に予約で目立たない場所に席を取り、いつもより地味な装いで、異国の言葉を使い偉そうな態度の外交官とそつなく話すレンブラント様を見つめていた。


 ……まあ。私の婚約者って、本当に姿だけではなく、とても格好良いのではないかしら。


 婚約者と言えどレンブラント様の仕事中の姿を見る機会など、これまでになかったので、私は感心しながらその様子を見つめていた。


 声は聞こえないから、彼らがどのような会話をしているかわからないけれど、何かしら、先方が時折偉そうに振る舞っていても、さらりと流してにこやかに話していた。


 私はそんな彼を見ているだけなのに、胸が痛んでしまった。


 だって、あの素敵な人は私に冷たくて……誰かには、とっても優しいのかもしれないと思うと……。


 美味しいはずの料理も喉を通らず、給仕に心配されながら、私はデザートを食べていた。


「……リディア? 偶然だ。君もこの店が好きだとは知らなかった」


 不意に聞こえた声に、私は俯いていた顔を上げた。


 そこに居たのは会談が終わり、相手の外交官を送り終えたレンブラント様だった。


 レンブラント様のことを尾行していたけれど、こうして、見つかってしまう可能性を考えていなかった私は慌てた。


 どうして? 顔がわからないように大きめな帽子を目深に身につけているし、髪型もドレスだっていつもとは全然違うものなのに。


「いっ……いえ! え? いえ。そうです。気になっていて……やっと来る事が出来ました」


 慌ててしまった私が周囲を見回せば、レストランは食事時を過ぎてしまったからか、沢山居た客がだいぶ減ってしまっていた。


 ……いけない。人が減ったから、私の事に気がついたのかもしれない。


「言ってくれれば良かったのに。今日はこの店は貸し切りをしていてね。君の名前で予約があったと聞いて、僕が特別に許可を出したんだ」


 レンブラント様は私の前の椅子へ腰掛け、こちらへとやって来た給仕に何も要らないことを示すように手を振っていた。


「え……? ですが」


 先ほどまでこのレストランの中は盛況で、貸し切りをしていたとは、とても思えなかった。


 ……しかも、私の名前で予約をしたと聞いて、許可を出してくれたですって?


 状況が掴めず目を瞬かせていれば、レンブラント様は何を考えているか心得ていると言いたげに頷いた。


「会談相手の希望なんだ。このレストランを指名して食事したいと言われたんだが、客が僕らだけでは寂しいと言う。なので、客を装った人員を相当数用意した。つまり、僕たちと君以外は、全て警備担当者だった。驚かせてすまない。リディア」


「……! そうだったのですか」


 先ほど私だって暗殺の危機がある王族が居るというのに、重要な会談の場で一般客がたくさん居るなんておかしいと思っていた。


 けれど、会談相手の希望であるから、それを無理やりにでも叶えたと聞いて、不思議な状況を納得することが出来た。


 相手の希望だって聞かねばならない……大変なお仕事なのだ。


 婚約者である私の誕生日だって、帰りたかったけれど、帰れなかったと何度か謝罪されたこともある。


「ああ。我儘な相手に都合を合わせると、こうなってしまうんだ。仕方ない。国力の差もあり、我が国は無碍に出来ない相手も居る。こうして評判のレストランで会談をしたいと希望されることもあるが、それは叶えられない訳ではないから」


 苦笑しつつ仕事の苦労を話しているレンブラント様に、私の胸は思わずときめいてしまった。


 ……大変な仕事を頑張っていらっしゃるところも、やっぱり素敵だわ。


 いいえ。レンブラント様は、前々から素敵なのよ。冷たく接されていたとしても、私自身だって恋愛指数は高い数値を保っているもの。


 思わずふふっと微笑んでしまい、彼はそんな私を見て、眩しそうに目を細めた。


「……なんだか、お仕事の邪魔をしてしまっていて、申し訳ありません」


 そんなつもりはなかったけれど、彼がここに居て私がここに居ると知っている経緯を知れば、それは納得する事が出来た。


 つまり、会見用に貸し切っていたレストランの中で、部外者と言える人は私だけだったのだわ。


 アンドレったら……これも、教えてくれれば良かったのに。


 いいえ。こっそりレンブラント様の予定を教えてくれただけ有り難いし、アンドレには感謝しなければならないけれど。


「いや。構わない。だが、君は誰か友人と共に食事に来るのかと僕は思っていたんだが、ずっと一人だった事が気になっていた。食事もあまり進んでいないと聞いたが」


 食べた量まで筒抜けになってしまっているけれど、レンブラント様の婚約者だから、特別な貸切でも予約が取れたという事情ならば仕方ないかしら。


「……そうです。評判のレストランだったので、以前から気になっていたのですわ」


 実は私もイーディスに頼んで一緒に来てもらおうとしていたのだけど、残念ながら彼女は恋人エミールとデートの予定が入っていたのだ。


 これは誰にでも話せるような内容でもないし、私と一番近しい存在である彼女が無理ならばそれは仕方ない。


「そうか……」


 私の事情を聞いて不思議そうな顔をして頷いたレンブラント様は、臣下に呼ばれて次の予定に行くと別れを告げ慌ただしく去っていった。


 ええ。とても多忙なのよね。わかっているわ。


 だって……私はこの後の予定も知っていて、後を尾けるのだもの。


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