9. 転調
銃を構えつつ姿勢を低く保ち、辺りを警戒する。
三六〇度、上下含め『丸裸』な状況下にある。
原子炉格納容器まわりに展開された歩廊では、身を隠す場は少なく転落防止程度に鋼管の手摺が伸びているだけで、足場はグレーチングとなっている。
……警戒すべきは視界だけでない。足音──。歩廊でのひとつひとつの足運び、所作には注意が必要とされる。
屋外にいたときに比べ警戒すべき範囲が広く、緊張状態が続く。
──あのときは吹雪であったことも大きい。
警戒する者たちから言えば、いつ訪れるか分からない者を、限られた視覚・聴覚下で『捕捉する』には無理がある。見過ごしは当然の如くある。現に俺自身の存在がそうだ。
しかし屋内においては、それは限りなく無い。
原子炉へ続けて供給される冷却水、炉心を冷却する蒸気音、補機類の稼働音にタービンの高速回転。雑多な音が重なりあって密閉された空間内を響かせてはいる──。が、それでもこの場に何時間も警戒している者たちの耳はわずかな『不協和音』を聞き逃さないことだろう。なにより視認性においては視界が
唯一の救いは途中途中立ち上がった冷却水系統のパイプライン、補機類が部分的に点在していることぐらい、か。
身を隠してはひと呼吸を置くといった具合で目的物に近づいていく──。
いまこの空間を警戒している歩哨は四人。
東西の出入口には一人ずつ配置され、二人が原子炉周辺を巡回している。
再び腰を下ろしては『巡る目』から掻い潜るタイミングを見計らう──。
……生きていると、実感できる。
潜って十五時間以上は経過している。
不思議な感覚を覚えるものだ。決して悟られてはいけない緊張に緊迫感──。それによる疲れもあるが、それ以上に不思議と高揚感が勝り身体を動かしてくれている。
いまでは、それが生きているという充足感さえも満たし心地よくも感じる。
……普段の訓練ではまずあり得まい。
VRにおいても近しい感覚はあった。五感を介していて実弾の痛みさえも再現したものであったからこそ『臨場感らしさ』はあった。
だが、やはりというべきか。『実戦』とはまるで異なる。受ける感覚としては同じなのかもしれない。が、それへの『深み』がまるで違う。 ──『第六感』というべきか、漂う臨場感はVRでは再現出来ていない部位も多く、未知からの恐怖、幾度と隣り合わせとなる死が、生への執着・渇望に至らせ、深部に迫るにつれ、それが熟成されていく──。
『……一種の興奮状態ね。ただそれも長続きはしない。極度の緊張は疲労を蓄積させ、疲労は意識含め機能低下にも陥らせていく。
孤独とされる状況下では気も休まらないと思う。
あなた一人にすべてを背負わせるのは大変酷な話しではあるけど、頑張って』
『──軍人も人である以上、休息は必要だな。
ときに、君の目の前には段ボールがあるな??』
『それがどうかしたか??』
『段ボールは古来より諜報活動に用いられ、多くの諜報員を救った必須アイテムとして知られている』
『……俄かに信じ難い話しだな。それは実例としてあったのか??』
『実例はある──。
二〇一五年に韓国にて段ボール箱を被り、店内の物品を盗み出した事件があったそうだ。
……ただ残念なことに店内の監視カメラには、被りながら動く奇怪な様子がはっきりと残されていたそうだがな。曰く、人気を博した娯楽に当てられて実行したらしい。
仮想と現実とでは大きく異なることを痛感させられる悲しき事件だった』
『……まぁ、そう、だな。
そういう意味では、いまの状況にひどく酷似している。たしかに異なるものだ。仮想と現実とでは』
『君には大きな負担を強いてしまっている。いまの我々には君のサポートしか出来ない。
しかし、君には完遂できる能力があることを私は知っている。君ならばやれるさ』
『ああ。必ず成し遂げてみせる』
曰く、段ボールのくだりは陽動へと使えるのではないかという話しだったそうで。あるはずのないモノがそこにあれば、不審がって注視するだろうと。
……一つの手立てとしては考えられるのかもしれないが、それをきっかけに周辺を怪しまれる可能性もある。あまり有効な手段とは思えないな。
視線を潜り抜け、立ち上がり、最終目的物を視認する。
──これで、最後だな。
C4の起爆装置に冷却スプレーを吹きかけ凍結処理を施す。
起爆装置外装部の点滅表示が消灯──制御信号が停止したことを確認し再び無線に繋ぐ。
「──目標物であるC4凍結処理を完了した」
「よくやってくれた。
これで彼らの切り札は大きく削がれたといっていい──。
とはいえ、現地にはまだ人質もいる。……時間まで残り数時間しかない。現地へ急いで向かってくれ」
「──人質のいる場所は投稿された動画から推測するに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます