3-5 命を背負ったものの選択肢は限られる

(見た感じ、装置は簡単に起動しそうね……)


未夏は、配電盤に手を触れると装置が淡く光るのを見て、まだ機能が生きていることが理解できた。


(けど……これを操作すると、ここのエレベーターだけじゃなくて、この世界にある同種の機器がすべて起動するのよね、設定だと……)


この配電盤は、RPGでおなじみの「起動すると、別の場所にある古代遺跡が復活しちゃうぞ装置」であるのは、未夏もよく知っている。



『そう、これを起動すれば、因果律の鎖が使えるようになるってことだよ!』

「プログリオ?」



未夏が逡巡していると、突然プログリオが目の前に現れた。



「どうしましたか、未夏様? 敵ですか?」

「あ、いえ……! ただ、その……テルソス様……」

「どうしましたか?」



テルソスたちにはプログリオは見えていない。

これはゲーム本編の描写でも分かっていたことだ。


未夏は一行に答える。



「これから私、少し挙動不審になりますが気になさらないでください! よくある『ちょっとヤバい奴を演じてる構ってちゃん』だと思ってください!」


この世界でも中二病はあるのだろう。

『神の声が聞こえる』といって、でたらめな『神託っぽいこと』を話す奴や、自分を『伝説の勇者ワンドと、その妻トーニャの子孫』だとか嘯く奴は若い人にいた。


未夏はそういう系の人だと思われるのが嫌だったので、あえて未夏はそういうと、テルソスは少し疑問を顔に浮かべながらもうなづく。



「はい、分かりました……」

「ここは敵も出ないようなので……少し、昇降機の方で待っていていただけますか?」

「分かりました……」


少し心配そうにしながらも、テルソスはその場を離れた。

そして未夏はプログリオに尋ねる。



「ようするに、この装置を動かすと、この世界の『古代技術』が復活するってことよね?」

『よくわかってるね! その通りだよ!』


やっぱりそうだ。

この装置はムービーイベントで、自国に潜入したラウルド共和国側のスパイが操作して、起動させるものだった。



そして、これが起動したことによって『何でも好きな世界に書き換えられちゃうぞ装置』である『因果律の鎖』がおいてあるダンジョン『永遠の輪廻の街』に行けるようになるという、よくある設定だ。



「当然、前世ではオルティーナが『因果律の鎖』を横取りして、今の世界が出来たってことよね?」



『因果律の鎖』自体は聖ジャルダン国内にあるものなので厳密には『横取り』ではないのだが、そこには触れずにプログリオは同意する。



『ご明察! フォスター将軍を失って、民からの信望も失った彼女が、世界中の人が自分を愛してくれる、そして自分は幸せな結婚生活を送れる世界を望んだってわけさ!』



確か、ゲーム本編では彼女が『因果律の鎖』を起動するところで物語はバッドエンドとして終了する。

だが、ここはそのバッドエンドの続きの世界だということだろう。



「……この装置を起動しないと、当然……」

『うん、十六夜の花の群生地は昇降機で上った先の出口にあるからね。周囲は断崖絶壁だから、回り込むことは不可能だよ?』

「そういうことね……」



未夏はそうつぶやく。

プログリオは享楽主義者であり、作中でも周囲の人間関係をひっかきまわすことを好んでいた。


この装置を起動させることで『因果律の鎖』が安置されているダンジョン『永遠の輪廻の街』を浮上させた場合どうなるかを未夏は想像する。


(……プログリオのことだから、すでに『因果律の鎖』の存在についてはラジーナ様には伝えているわよね。そしてオルティーナは前世の記憶を思い出したらいずれにせよ存在を知ることになるってことか……)



……これを起動しない限り十六夜の花は手に入らない。


「…………」


だが、すでに自分のせいで味方の兵士は一人命を落としている。

そう思っている未夏に、装置を起動しない選択肢はなかった。



「……起動するわね」

『偉いぞ、未夏! さあ動かして因果律の鎖を奪い合うんだ!』

「…………」


未夏は何も言わずに、配電盤のスイッチを押した。




ゴゴゴ……と周囲が動きだす音がする。




「……なんだ、この音は……?」

「これは……」


しばらくすると、周囲が電気のような明かりに照らされた。装置の軌道によって電力が復旧したのだろう。


「これで昇降機が作動するはずです、テルソス様?」

「ありがとうございます。……流石ですね、未夏様は」

「あ、いえ……」



そういわれて少し恐縮したように照れた表情をする未夏。

そして未夏が行こうとするとプログリオが未夏に話しかけてきた。


『分かってると思うけど、因果律の鎖を操作できるのはオルティーナとラジーナだけだよ? 未夏は使えないからね?』

「ラジーナ様、か……」



因果律の鎖を見たら、どんな聖人だって正しく扱うことなんて出来ない。

『世界中の人たちに笑顔を届けたい!』なんて言っていた男でも、


「世界中の人たちをすべて『自分のことが大好きな美女』に変え、その中で不老の肉体を貰ったうえで、毎日ご馳走を食べながら子作り三昧の生活を送れる」


という世界を作り出せる機会があれば、それを選ぶものは多いだろう。


ここまで露骨に欲望むき出しな願いでなくとも、

「自分の書いた小説が世界中の人に大ヒットする世界」

に世界を変えられるような誘惑に勝てるかというと、それは筆者でも難しい。



(昔やったゲームでは……確か、勇者ゼログが同じような提案を受けてたわね。……あいつは正義の申し子みたいな性格だったから、そのお誘いを断ったけど……それは所詮フィクションの話だからなあ……)



ラジーナだって、この装置を自由に使えると知ったら、魔が差す可能性が高い。


(けど……オルティーナの手に渡るよりはマシ、か……。せめて、この装置を復讐のためにだけ使ってくれるならまだいいんだけど……)



通常、第三者の復讐を後押しするような人はそう多くない。

だが、ラジーナの行おうとしている復讐は、未夏にも気持ちが理解できるものであったこともあり、全面的に応援したいと思っている。




(とにかく、帰ったらラジーナ様にこのことを話さないとな……話はそれからね……)



そう思いながら、未夏はテルソスたちのもとに走っていった。






「ここは……」


昇降機で上った先には遺跡の出口があり、その先には一杯の『十六夜の花』が群生していた。

恐らく古代ではここは裏庭だったのだろう、美しいコバルトブルーの花が、一面に広がっていた。



「すごい……これだけの十六夜の花は……初めて見た……」

「本当……あいつにも見せてやりたかったな……」


『あいつ』とは、遺跡の入り口で待機している負傷兵、或いは際のドラゴンに殺された兵のことだろう。


「未夏様。これだけあれば、ディアナの病気も治せるんですよね?」

「ええ、間違いありません。必要な分だけ取って帰りましょう」


そういうと未夏は兵士に頼み、十六夜の花を摘んで帰ることにした。







それから数週間後。




「ディアナさん、調子はどう?」

「ああ、もうすっかり元気になったよ!」


未夏の調合する薬は、ゲームによくある『異常なまでに即効性がある』タイプだ。

実際に薬を調合して飲ませた瞬間に、ディアナは体調が良くなっていた。


そして多少のリハビリはあったものの、すぐに彼女は元気に外を歩き回れるようになっていた。



「やっぱり、健康って本当にいいよね! 昔みたいにテルソスを連れて歩き回った時を思い出すなあ……」

「はあ……ディアナ、あまり無理しないでくださいよ?」

「あはは、大丈夫だって! まったく心配性なんだから……」



設定上幼馴染であるテルソスとディアナは、昔から仲が良かった。

そんな風に笑っている二人を見ると未夏はほほえましく思った。



「あなたのケガももう平気?」

「ええ。……お騒がせしました。……未夏様、ありがとうございます」



未夏は、同じようにニコニコと笑っている兵士に声をかけた。

彼は先日の洞窟探索の際に負傷し洞窟の入り口で待機していた兵士だ。

死んだ女兵士の墓参りに行くところなのか、その手には花が握られている。



「ところで未夏様。……皆さんは、洞窟の奥に不思議な遺跡を見つけたそうですね?」

「ええ」

「あれは結局なんなんでしょうね?」


あれは『因果律の鎖』を起動させるための装置だったなんてことは、彼らに言えるはずもない。……というより、彼らに伝えるメリットはないので、未夏はとぼけることにした。


「さあ……私も分からないですね」



そんな風に話していると、外から声が聞こえてきた。



「久しぶりね、ディアナ? 元気にしてた?」


……オルティーナだ。



「ええ」

「あら、ディアナは病気が治ったの? ずいぶん元気そうだけど……」

「未夏様が病気を治してくれたんですよ。……おかげで、昔みたいに私は振り回されてますけどね……」


そうテルソスは苦笑するようにつぶやいた。

そしてオルティーナは、


「へえ……じゃあさ、ディアナ? 元気になった記念に今度遺跡探検でもしない?」



そう提案したが、ディアナは、


「……ううん、あなたとは行きたくない」



はっきりとオルティーナに対する嫌悪感を見せて答えた。



「……え?」


そしてディアナは、怒りに身体を震わせるようにしながら叫ぶ。



「あのさ、オルティーナ! あんたって私が病気の時に『お見舞い』と称してさんざん自慢話していたの、忘れたの?」

「自慢話って、ただ私はディアナを励まそうと……」


「どこが? 私が『やりたくても出来なかったこと』を楽しそうに話してさ! そのくせ、私の話なんてろくに聞いてくれやしない! どれだけ悔しかったか分かるの?」


「そんな……今まで楽しそうにしてたじゃない!」

「ええ。なんで今まで我慢してたのか、不思議なくらいだから!」



今までの鬱憤を晴らすかのように叫ぶディアナ。



(そうか、洗脳が解けてきたから……。今までオルティーナがやってきたことに対する不満が全部顕在化したってことか……)


その様子を見ながら、未夏はそう思った。

また、テルソスや周りの兵士も同様だ。



「オルティーナ様……。とりあえず、本日はお引き取りいただけますか?」

「そうですよ。せっかくの休日なんですから、オルティーナ様はバザーにでもいかれては?」



彼らは転生者であることもあり、一人の人間を大勢で説教するような卑劣な真似はしない。

だが、その口ぶりには明らかに非難と拒絶の声色が混じっていた。



「……もういい! 帰ればいいんでしょ、帰れば!」



そんな風に言いながら去っていくオルティーナ。

最後に、



「……なんでみんな急に……私に冷たくなったんだろうなあ……」



そんな風に言っていたが、未夏も彼女に暴漢を送り込まれた恨みがあるため、励ましの言葉をかける気にはなれなかった。



(今の彼女に『因果律の鎖』を知られたら……また、起動することになりかねないわね……それもプログリオの狙い、か……)



人間は、『最初から不幸な人間』よりも『幸福から不幸に落とされた時』のほうが不幸を感じやすい。



……まさに今のオルティーナがそうなのだろう。

また、怖いのは彼女が『前世の記憶を取り戻す瞬間』がそう遠くない未来に訪れるということだ。



嫌な予感がしながらも、未夏はその後姿を見送った。

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