3-3 所詮忠誠も愛情も生存本能に根差したもの
それから数日後、この話をすぐにテルソスに話した。
彼はすぐにその話を信じてくれ、数日後には数人の護衛とともに雪の洞窟がある山に向けて歩いていた。
「十六夜の花……流石は未夏ですね。その花の名を知っているとは……」
山道を歩きながら、テルソスは感心するようにつぶやく。
彼は伝承などで、その花の名前は知っていたようだった。
「ええ。……雪の洞窟にあるという根拠は……その『プログリオ』っていう道化師が現れたっていうことなんですけど……信じてくれると思いませんでした」
未夏自身、この話をするときに道化師プログリオの名を出すべきか悩んだ。
『私やラジーナ、オルティーナにしか見えない道化師が告げてくれた』なんていっても信じてくれるとは思えなかったからだ。
「どうして私の話を信じてくれたのですか?」
テルソスは冷静に答える。
「……理由は三つです。一つは『前世の記憶』という名前で共通のエピソード記憶を持つ我々が、超自然的な言動の存在を否定できるわけがないということです」
「あ、そうですよね……」
未夏には前世の記憶はないが、やはり転生者にとって前世の記憶があるというのは、それだけ特殊なことなのだろう。
「そして2つ目の理由は、未夏様の知識が……失礼ながら、あまりにも『かえる飛び』に身に着けていたものだということです」
「かえる飛び?」
「ええ。薬学の基礎的な知識や効能などを知らないのに、なぜか我々の常識を上回る効能の薬品を調合できること……これは、何か我々とは違う理があなたに働いているということを疑っていました」
先日学会でフルボッコにされた時のことを未夏は思い出した。
ゲーム知識しかない未夏にとっては、薬品を『どのように調合すれば、アイテムが作れるか』については理解があるが、なぜそうなるのかの知識はない。
最もゲーム知識にプログリオは関与していないが、テルソスはその二つを混同しているのだろう。
「そして3つ目は……。いつもディアナのための料理を教えてくれて……彼女を励ますために薬を作ってくれたあなたが、嘘をつくとは思わなかったことです」
「テルソス様……」
テルソスはそういってふっと優し気な笑みを見せる。
それを見て、未夏は少し顔を赤らめた。
それを見ながら、護衛を兼ねた兵士たちも声を上げる。
「ディアナ嬢ちゃんのためだったら、どんな可能性の低いことでもチャレンジしますよ、俺たちも!」
「ええ、今まで鍛えた力を試すチャンスですからね!」
雪の洞窟はそもそも、ゲーム本編では終盤に訪れるところということもあり、モンスターたちはかなりの強敵だ。
そのため、仮に『十六夜の花』の存在を知ったとしても、今の未夏には護衛なしでは目的地に到着すら出来なかっただろう。
彼らはいわゆる『モブ兵』だが、実力自体はもはやテルソスたちと大差ないほどまで鍛えこまれている。
(今にして思うと……。プログリオが私に『ウノーからの経験値横取り』を提案したのは……私に単独で『雪の洞窟』に向かえる能力を与えるためだったのかもね……)
そう思いながら、未夏は歩いていく。
そしてしばらく経ったのち。
未夏たちは雪の洞窟の入り口にいる、巨大なドラゴンを見てつぶやく。
「あれは……」
「門番のスノー・ドラゴン。……相当な強敵よ? 注意して……」
だが、未夏は失念していた。
確かにスノー・ドラゴンは門番でありボスではある。
だが、ゲームに登場するすべてのボスが固定敵とは限らない。
……奴は敵を見つけたら『向こうから迫ってくるシンボル・エンカウントのキャラ』だったのだ。
スノー・ドラゴンはこちらを見るなり、突進してきた。
突然の奇襲攻撃を受け、未夏は護身用の薬を出す暇もなかった。
「グギャアアアア!」
その凄まじい方向とともに襲ってくるドラゴンに対処できず、未夏は雪に足を取られる。
「く……! あぶない、未夏さん!」
だが、それを庇ってくれたのは護衛の兵士だ。
彼女は雪山から現れたスノー・ドラゴンの牙から未夏を突き飛ばす。
「ぐはああ……!」
その兵士はドラゴンの爪をまともに喰らい、腹に大きな傷を負った。
……恐らく致命傷なのだろう、それで苦悶の表情をしながら、ちょうど下がってきていたそのドラゴンの顔に張り付き、視界を塞ぐ。
「『私の番』だ! 今よ、後は任せた!」
「ああ……今までありがとうな!」
そういうと、ドラゴンの急所である額の宝石を……しがみついていたその兵士ごと貫いた。
「ぐぎゃああああああ!」
宝石が砕ける音とともに、そのドラゴンは叫びながら絶命した。
「…………」
そのドラゴンの顔に張り付いていた兵士は……すでに、こと切れていた。
それを見て、未夏は放心状態になった。
「未夏さん、お怪我は?」
「私の……私のせいよ……また、一人死んだなんて……」
だが、兵士はわけが分からないと言わんばかりに首を振る。
「何をおっしゃるんですか? 彼女を殺したのはドラゴンです。決して未夏さんではありません」
「けど……私がもっと注意していれば……」
「未夏さんは我々にとっては、護衛対象です。……その発言は、逆に我々のメンツをつぶす発言ですよ?」
そう兵士は寧ろ注意するように答えた。
(……そうね……私は……いつのまにか勘違いしていたのかも……)
未夏はいつしか、自分がゲームの「PCキャラ」のように思っていた。
だがそうではなく、戦えない自分はこの場では『守られる側』の人間であり、関係性は対等ではない。
……それは『彼らの命に責任を取らなくていい』という意味でも同様だったのだ。
それでも割り切れないといった表情の未夏に、兵士たちは優しい口調で答える。
「私たちはそもそも転生者で、すでに一生分生きています。……転生者ではない未夏さんは、我々よりも大事にされてしかるべきです」
「……ありがとう……」
これ以上ここでぐずぐずしているわけにはいかないし、覚悟ガンギマリの転生者……特に、今死んだ兵士に報いる必要がある。
そう思った未夏は、雪の洞窟に入ることにした。
「それにしても……暗い洞窟ね……」
「ええ。……松明をたくさん持ってきて良かったです」
そういいながら、テルソスは持参してきた松明を使って周囲を照らす。
因みに現代人である未夏は、燃え盛る松明を持ち歩くことに抵抗があったこともあり『がんどう』に似た照明器具を持ち歩いている。
「ところで、未夏さん……」
「なに?」
「ここ最近、街の人たちを見て、疑問に思いませんでしたか?」
「疑問って……オルティーナ……様のことですか?」
「ええ」
そう言われて未夏は街の人たちのことを思い出した。
「そういえば……最近みんな、オルティーナ様をたたえる歌を歌わなくなりましたね……」
「そうでしょう? ウノーはどうでした?」
「……言われてみると、オルティーナ様の話を全然しなくなってきていますね……」
「ええ。……正直私も、少し前まではオルティーナ様のためにこの命を使うつもりでしたが……あなた方はどうですか?」
そういうと、近くにいた兵士……先ほど死んだ女兵士の親友だったものだが……に声をかけた。
「はい。……正直、なんであんなに『顔も知らない聖女様』のために命をかけようとしていたのか……分からないです……」
「私も同様です。……少し前の私だったら、ディアナ様の病を治すために、こんな雪山に上ることなど考えませんでした。きっと、オルティーナ様のために命を取っておこうとしたはずですから」
そう答える。
なるほど、仮に十六夜の花の存在にもっと早い段階で気づいても、どのみち雪の洞窟には行けなかったのか、と未夏は思いながらうなづく。
そして不思議そうにテルソスはつぶやく。
「……我々はみな、オルティーナ様のことを愛していたのでしょうか?」
「…………」
それを聞いて、未夏は思った。
(洗脳……ううん、記憶の改ざんというべきね……が、解けかけているの?)
未夏には思い当たる節があった。
(そうよね……。そもそも、テルソス様達はともかく、殆どの兵士はオルティーナ様の顔なんて知らないはずだもの……。縁もゆかりもない人のために、命を懸けるなんて普通はありえない……)
そして未夏はテルソスに尋ねた。
「ひょっとして……みんながそう思うようになった理由は……」
「ええ。ラウルド共和国との終戦が決まってからです」
そうテルソスは答えた。
(やっぱり……)
その発言に、未夏は洗脳が解けつつある理由が分かった。
元々彼らは『オルティーナ様のため』ではなく『聖ジャルダン国が滅びること』『それによって世界が滅ぶこと』を恐れていたのだ。
だからこそ、その恐怖心につけこむ形で『オルティーナへの忠誠心』を植え付けられていたのだろう。
……そして今、再戦の恐れこそあるものの、両国間の関係が回復しつつある。
そのため忠誠心が薄れていると考えれば、すべて辻褄があう。
(皮肉なものね……。オルティーナの忠誠が抜けていなければ、雪の洞窟にも行けなかったし……仮に行けても、私は庇ってもらえなかったってことか……)
元々性格があまりいいとは言えないうえに、今世ではそれに磨きがかかっているオルティーナが、今後どのような扱いを受けるのかは想定が出来る。
(この状態で……因果律の鎖が解放されたら……また、奪い合いになるんじゃないのかな……。まさか、プログリオの目的はそれ……?)
今にして思うと、プログリオの手の上で踊らされているような気がする。
そう感じながらも、未夏達は洞窟に入っていった。
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