2-10 エイドはラジーナにとって「二番手」だからこそ

「兵士たちのお詫びと言ってはあれですが……今夜のあなたは、何もしないでいいですわ?」



無論、この『何もしなくていい』とは『ラジーナに奉仕しなくていい』という意味だろう。

エイドは尋ねる。



「え?」

「今日は私が全部やってあげますわ? あなたは限界を迎えて気絶するまで、眼を閉じて快楽だけむさぼっていてほしいのです」

「そ、それはよくありません……」

「ええ、そうあなたが思うこと、分かっていますわ? だからあなたを組み敷いたのです」



そういうと、ラジーナはエイドにキスをする。


「私がこうする理由は2つ。……一つはあなたに罪悪感を持ってほしいからですの」

「罪悪感?」

「ええ。もう分かっています。あなたは『快楽に身をゆだねるのは悪いこと』と思っておりますよね? 未夏に相談して気づきましたわ?」

「…………」


図星だったため、エイドは押し黙る。



「フフ、あたりでしょ? だから、こうやってあなたに罪悪感を持ってほしいのです。そうすればエイドは……私を裏切れなくなりますわよね?」

「俺は……別に……あなたを裏切るつもりなんてないです……」

「それでも嫌ですから。……あなたが私以外の女を見るようなことは、国益から考えても……私の個人的な感情としても……」



前世と違って今世ではエイドはスパイではない。

それに、今のラジーナのことを考えると裏切る気にもなれなかった。



「そして、もう一つは……あなたに勘違いしてほしいから、ですわ?」


ラジーナは今度は真面目な顔でつぶやく。

『勘違いしないでほしい』とはよく聞くが、勘違いしてほしいとはおかしな話だと思ったからだ。



「勘違い?」

「ええ。……今のあなたは所詮人質。……万が一、また戦争が再開したら……あなたとは離婚することになるのは分かりますよね?」

「当然です」



今日の一件でしばらく『戦争反対派』はおとなしくなるだろう。

だが、彼らの持つ憎しみや恐怖の感情は相当に強固だ。


そう遠くない未来、また戦争を再開させる動きが出るだろう。

そうラジーナはつぶやくと、強引にエイドの服をぐい、と引っ張った。


ブチっと音がしてボタンがはじけ飛び、エイドの肌があらわになる(彼女の名誉のために言っておくが、この服は彼女がエイドに買い与えたものである)。


そして、ラジーナは眼に涙をためる。



「私は『冷血の淑女』。何より国益を大事にしないといけないです立場ですから……もし、そうなったら……私は外患の元凶として、あなたを処刑します。法律の決まりによって……」

「覚悟の上です。その時はどうぞ、遠慮なさらず」


平然と答えるエイド。

彼も当然転生者であり、その程度の肚はすわっている。

ラジーナの眼から涙がエイドの頬に落ちる。



「だからこそ……せめてそんな未来が来ても後悔が無いよう、その日が来るまであなたには『私に愛してもらえている』と勘違いしていてほしいのです」

「勘違い、ですか?」

「ええ。あなたより祖国を愛している私が、あなたを本気で愛しているなんていう資格は……ありませんので……」



祖国よりも自分のことを第一にするような特権階級のことを、むしろエイドは軽蔑する。

これは、自領を捨てて駆け落ちしたことで、領民を餓死させたものがエイドの先祖にいることも大きい。



無論、彼女が自分をある種の『セカンド』と思っているのは間違いない。



だが、それは当然のこととエイドは思っている。そして、そのことを腹を割って話してくれた彼女は『彼女なりのやり方で、精一杯自分を愛してくれている』のだと思い、嬉しく思った。



「エイド……あなたが幸せに生きることが私の望みです。これに嘘はありません。……そんなあなたに……少しでも私と一緒にいる、この時間を大切にしてほしいですから……」


そう答えるラジーナを見て、エイドはそっと涙を手で拭う。



「ありがとうございます……。ラジーナ様……その、すみません……」

「なんで謝るのです?」



「私……俺は、あなたを本気で愛してしまったみたいだから……。だから俺も……遠慮しないでもいいか?」



「……ええ。私も遠慮しないで、これからはエイドに頼らせていただきますわね?」



そういってラジーナは彼を組み敷いたまま、再度キスを行った。





そして、翌日。


「ありがとうございました、未夏」


ラジーナはそうお礼を言って未夏に頭を下げる。


「まさかあのフォルザ将軍を倒せるとは思いませんでした。……この調子で軍政改革を進めていきますわね?」

「ええ。……ただ、あくまでもこの改革は『抑止力』。侵略の道具には使わないでくださいね?」

「勿論ですわ!」



そう言いながら、ラジーナと未夏は手を握り合った。

……だが、未夏はラジーナの後ろで背後霊のように抱き着いてエイドを見て尋ねる。



「あの……エイド様? 先ほどからずっとラジーナ様から離れないようですが……」

「ああ。……俺ももうちょっとだけ、ハグしていたくてさ……」

「ラジーナ様も、こんなにベタベタされて、お嫌ではないのですか?」


エイドの一人称が『俺』に変わっていることから、あれは本心からの行動だと未夏は気づいた。

ラジーナの方も、自分に張り付いたエイドのほうを見た後、顔を赤らめて答える。


「いえ。……私もエイドに『本当に』愛してもらえて嬉しいので……」

(あ、やっぱり……)



未夏が調合した惚れ薬には独特の匂いがある。

そして今エイドからはその惚れ薬の匂いはしていない。つまり、今の彼は純粋に彼女を一人の女性として愛しているのだろう。



(ラジーナ様は、たぶんエイドが惚れ薬を飲んでいたことに勘づいていたのね……)



呆れたバカップルだな、と未夏は思いながらも少し嬉しくなった。

昨夜のうちに何が会ったのかは分からないが、どうやら二人の関係はすっかり良くなったようだったからだ。


(それにしても、エイド様……『いつ死んでもいい』って顔をしているわね……)


そう未夏は思った。

ただしこれは『いつ死んでもいいくらい自分の命に価値が無い』ではなく、『いつ死んでもいいくらい、今の生活に満足している』という意味だが。



未夏はそう思いながら、自分の仕事に戻った。



……また、そのことはエイドの親友テルソスにも伝わったのだろう。


ほどなくして、未夏に「滞在期間は延長しないように」と念押しをされた、召還命令(当然魔法的なものではなく、呼び戻すという意味である。余談だが「召喚術」を「召還術」と誤変換してしまうことは、物書きとしては気をつけねばならない……)が届いた。

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