1-7 イケメンはアクセサリーなんかじゃない
「ふう……」
そこは校舎の裏にある小さな茂み。
そして周囲を見回して誰もいないことを確認した段階でウノーは、
「…………」
隠し持っていたポーチから尋常ではない量の鎮静剤を取り出す。
そして、
「オルティーナ……」
そうつぶやいた後に首を振ると、大量の鎮静剤を一気に飲み干した。
「ふう……あれ、水……」
それを流し込むための水を飲もうと水筒を開けたが中身は空だった。
そこで、未夏は自身の水筒を差し出す。
「はい」
「ああ、どうも……って、未夏さん? ど、どうしてここに?」
今の今まで未夏の存在に気が付かなかったのだろう、ひどくおどろいた様子でウノーは叫んだ。
「フフフ……。ウノー様が辛い時どこに身を隠すかくらい、私はお見通しよ」
「マジかよ……。未夏さん、あんたは本当にすげーな」
そういいながらも、ウノーは苦笑した。
まあ、原作知識がある未夏にはこれくらいは朝飯前なのだが。
未夏は心配そうに尋ねた。
「……いつもそうやって、一人で薬を飲んでいるの?」
ちなみに彼が薬を大量に服用するような描写は原作には存在しない。
ウノーは彼女の質問にうなづいた。
「いや……。自国では周りがみんな理解してくれていたから、普通に飲んでいたよ」
「周り……そっか、周りも転生者だもんね……」
「けどこの世界でこんなことやったら、さすがにみんなを心配させるだろ? ……それに……俺が薬を飲む理由は、知られたくないからな……」
そういいながらも水を飲み干し、ふう、と落ち着いた様子で答える。
その様子を未夏は見守ると、水筒を返してもらった。
「……止めないんだな」
「止めてほしいの?」
「いや……」
「止めても無駄でしょ。あなた……ううん、あなたたち転生者は……みんな異常者だから」
「……そうだな……」
その発言を否定せずに、黙ってウノーはうなづく。
「薬の原因は……オルティーナ?」
「ああ、そうだよ……あいつのことを思うと、自分が辛くて苦しくて……死にそうになるんだ」
「……良かったら話してくれる? 大丈夫、誰にも言ったりしないから」
「ああ。……オルティーナにさえ言わなきゃいいよ」
そういうと、ウノーはオルティーナに対する思いについて話してくれた。
前世では小さいころから、彼女には剣でも魔法でも、闘気術でも勝てなかったこと。
そして学校でも彼女の周りに人が集まっており、彼女がちやほやされていることを見て嫉妬していたこと。
何より、そんな彼女に対して恋愛感情にもにた情欲を掻き立てられていたこと。
そんな劣等感と情欲の間に苦しみ前世では彼女と距離を置き、その結果破滅エンドを迎えることになったことを話した。
(こんなにスラスラ出るってことは……この話は転生者の人たちには……何度もしているのね……)
恐らく前世の記憶を持つ住民たちは、このことを知っているのだろう。
そのことも彼の口ぶりから知ることが出来た。
(けど、やっぱり変……彼の前世の記憶、私の知っているゲーム本編のシナリオと全然違う……)
思春期を迎えて、ウノーがオルティーナを異性として意識するようになったことは事実だ。
また、前世での彼は剣と闘気術に優れた立場だったとも言っており、これも未夏の知識と一致している。
……だが、少なくとも彼はここまで深い劣等感をオルティーナに持ってはいなかった。
そもそも、オルティーナは物理攻撃力が低いキャラだ。それは当然設定にも反映されており、剣の腕はあまり良くなかった。
そのため寧ろ『恋愛感情を隠すために、彼女を小ばかにするシーン』が多かったくらいである。
(つまり、前世では彼女は万能の秀才、今世では彼女はそれを上回る無敵の天才ってことなのね……。逆にウノー様は前世は本編通りの前衛タイプ、今世では何やってもからきしダメってことか……)
そこまで考えて、未夏は思った。
……この世界はひょっとして自分のプレイした『乙女ゲーム』の世界ではないのではないか?
開発中のデータを使ったゲームの世界に転移しているのか? と。
……だが、仮にそうだとしても、彼らがそこまで聖女オルティーナを慕う理由がない。
となると、別の理由があるのかとも考えたが、今はウノーの話に集中することにした。
未夏は不思議そうに尋ねる。
「ウノーは……前世でオルティーナが死んだのは自分のせいだと思っているのね?」
「ああ。……俺が劣等感に負けた……弱かったからダメだったんだ。だから今世では、彼女を守らないとって思ったんだけどな……」
そういいながら、ウノーは力なく笑う。
「なぜか今世では剣の腕が全然伸びなくてさ。しかもオルティーナは前世よりもずっと強くなってる。……だから、俺が彼女のためにしてやれることがなくって……劣等感もそうだし、あいつのことを想ってばかりで……、それでこの薬を飲んでたんだよ」
彼の口癖は「俺がお前を守る」だった。
だからこそ、自身が弱くオルティーナを守れないと感じていることも、彼にとっては大きな劣等感なのだろう。
「そうだったのね……それでも、あなたはオルティーナと一緒にいるのは、やっぱりバッドエンド回避のため?」
そういわれて、少し逡巡するようにした後に答える。
「それもあるけど……。けどそれ以上にさ。大事な幼馴染のオルティーナが学校を卒業するまでは、あいつの居場所を作れるようにと思って頑張らないと思ってな」
「居場所?」
「ああ。俺のとりえはこの性格ぐらいだからさ。それで力になりたいと思ってるんだよ」
「……それをオルティーナが感謝しなくても?」
「ああ、構わない。あいつを守る役目は……弟やフォスター様にお任せするよ」
「……分かったわ……はい」
そういうと、オルティーナは鎮静剤の入った薬を渡した。
「注文貰ってた薬だけど、今あなたに渡すわね?」
「ああ……いいのか?」
現実世界では、これだけの鎮静剤を大量に処方することは許されないだろう。
……だが、この世界はフィクションだ。自身の作った鎮静剤に副作用がないことも熟知している。
「あなたが今、どれだけ辛い気持ちでいるかも分かったもの。……辛かったでしょ? 今までずっとオルティーナのそばにいて、劣等感で苦しんで、結果も出ないで……」
「ああ……」
「……それに、どうせ止めたって、ほかの人から同じような薬を買って飲むでしょ? なら、私の薬の方が副作用もない分、マシよ」
そういうと、未夏は自分に手を振りながら死んでいったモブ兵士のことを思い出した。
……いや、彼女にとっては彼らの存在はもはや『モブ』ではなく、重要なイベントになっていたのだが。
「だからさ。……私もあなたの覚悟に付き合わせて。……私も一緒に悩んであげるから」
「未夏さん……ありがとうな……」
ウノーは右耳のイヤリングに手を振れながら、そう頭を下げた。
……彼は一見明るく社交的なキャラだが、本心では繊細であり傷ついているのを我慢しやすいところがあるのを未夏はよく知っていた。
それはひとえに『結果を出さないと褒めてもらえない』家庭環境にあったことも覚えている。
前世の記憶がある彼の両親は、彼が剣の腕に劣ることを責めたりはしなかっただろう。
だが、繊細な彼はその両親の目の奥に宿る失望の思いに反応していたにちがいない。
そう思うと、未夏は彼に対して同情の気持ちとともに、支えになることが出来ればいいとも思っていた。
「……そうだ、薬のお礼をしないとな」
「え?」
「これ……俺の大切なものだったんだけどさ。あんたにやるよ」
そういって彼はロケットを取り出した。
そこにはオルティーナの肖像画が刻まれている。
それを見て未夏は信じられないといった表情を見せた。
「な……! こ、これって!」
「ああ。小さい時にオルティーナの侍従から貰ったんだよ。かなり珍しいものらしくてさ」
その様子を見て、思わず未夏はウノーの胸倉を掴みあげた。
「ねえ、ウノー! あなた、これをずっと大事に持っていたの!?」
「あ、ああ……そんなに驚くほどのものだったんだな」
原作知識がある未夏にとって、このロケットは特別な意味を持つ。
このロケットは強力な魔道具で、恐るべき効果を持つ。
だが、そのことを彼に話すべきではない。
そう思った未夏は、あえて口にしないことにした。
「え、ええ。とても貴重なものだからね。……じゃあこれ、貰うわ? 『絶対に』返してなんて言わないでよね?」
そうはっきりと念押しをするように答える未夏にウノーは少し不思議そうにしながらも、
「ああ、勿論だ。……未夏さん、ありがとうな。……あんたが俺の薬師で良かったよ」
「ウノー……」
何も知らずに屈託なく笑うウノーを見て、未夏は心が少し痛むような気持ちになりながらも、こくりとうなづく。
「っち……」
その様子を面白くなさそうに見ていたものがいた。
……聖女オルティーナだ。
遠目から二人のやり取りを見ていた彼女には、二人が、
「大切なロケットを彼女にプレゼントした」
「それを見て、未夏がウノーに抱き着いた」
というようにしか見えなかったためだ。
「未夏ちゃん……ウノーにちょっかい出してるな……。なんで私の周りの人たちはみんな……私からものを奪うのよ……」
彼女には前世の記憶はない。
そして今世では何の努力もしないで結果を出してきた彼女にとって、剣も闘気術も一生懸命に努力しているのに結果を出せないウノーは『自身の優秀さを示す道具』としての価値が高かった。
また、秀麗な容姿を持ち、また人気者の幼馴染の存在は、周囲に自慢するには十分なアクセサリーだった。
そんな『大切な幼馴染』を失うことは彼女にとっては許せなかった。
だが問題なのは、彼女自身はそのような利己的な自身の気持ちには気づいておらず、自身のことを「無能なウノーに小さいころから世話を焼き、傍にいてあげている優しい子」
と考えていることなのだが。
そんなオルティーナは、二人を歯噛みするように見つめていた。
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