第6話 忌むべき国の名


「……では、陛下。私はヴィークへこのことを伝えてきます」


「ああ。他の者から新しい話があれば、私からもヴィークに話しておく」


「はい。分かりました」


 そうして、レイシアがレオハルトへとうやうやしく頭を下げた時だった。


「―失礼。陛下、少し話をさせて頂きたいのですが……よろしいですかな?」

「ケニカ殿……」


 レオハルトとレイシアが向かい合っている中、レイシアの時と同じように王室の入り口から声が掛けられ視線を向けると、六十代程の男性が神妙な顔付きでレオハルトへと視線を向けていた。


 彼の名はケニカ・ノーグウォン。


 レオハルトと同じく、元は『王都シュバイツァー』に住んでおり今まさにイルに攻め入っている『王都防衛軍』の元〝王都防衛軍第十二部隊〟の隊長だった男だ。


 歳は重ねているものの、若い者には引けを取らず未だ前線を張り続ける彼は、若かりし頃は〝策略家〟として『王都防衛軍』にその名を馳せた軍人でもある。


 しかし、彼はレオハルトへが反逆罪に問われた際にそれを庇い、レオハルトが『神聖アルト国』を追放された際も同行し、こうしてレオハルトがケルム王となった後も臣下として支えてくれることを決めた数少ない人間の一人だった。


 当時は上司でもあった彼を尊敬していたレオハルトは、そんなケニカに対して敬意を失わないようにしつつも、ケルム王としてケニカの報告を聞く姿勢を作った。


「構わない。……イルについての話か?」


「ええ。すでにレイシア王女より報告があったと思いますが……それに加え、先程イルの遣いの者から連絡をもらったのです」


 ケニカの重々しい雰囲気に並々ならぬものを感じたレオハルトは、隣に立つレイシアへと視線を向ける。ケニカの報告に手を強く握っていた彼女が安心出来るように目を合わせると、レオハルトは再びケニカの方へと視線を戻した。


「……聞かせてもらえないか?」


「では―」


 国王であるレオハルトに促され、姿勢正したケニカはその顔に影を差しながら恐ろしいことを伝えてきた。


「まず、すでにイルは陥落寸前であり、イルの王城にまで『神聖アルト国』の軍が迫って来てしまっているようですな」


「この短時間でか……?兵士の数は圧倒的に少ない筈だが……」


「陛下の仰る通りです。『神聖アルト国』の軍は二、三百人ほど、それに対して『イル』は数千の兵を備えております。数の上では圧倒的に不利。……正直に言って、通常であれば『イル』を抑えることなど不可能に近いお話でしょう」


「だが、実際に王城にまで攻められてしまっている……。一体、何があったんだ?」


「……陛下はイルに攻めている軍の詳細についてはお聞きしておりますか?」


「いや……『神聖アルト国』の軍だということしか聞いていないな」


「なるほど……」


 ケニカはそう呟いた後、しばし逡巡するような間を作っていた。


 そんな彼の様子にレオハルトとレイシアはより神妙な面持ちになると、ケニカはそんな二人を交互に見た後、ゆっくりとその軍の正体を明かしてきた。


「……陛下には大変申し上げにくいことなのですが―その迫っている軍は『王都防衛軍』だと伺っています」


「『王都防衛軍』が……?」


 レオハルトがそう口にした瞬間、周囲の温度が下がる。


 彼にとってその名前は自分の経歴であり、同時に尊敬する人間や家族同然の人間を失った忌むべき過去と向き合うようなものだったからだ。

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