【毎日更新】異世界うどん屋老夫婦の領地改革~亡き妻がうどんスライムになったので、店をしながら現地の生活を改善して住みやすくすることにしました~
udonlevel2
第1話 享年82歳、ワシ等の人生はそこから新たに始まる
――ワシの妻、ヒサコさんが死んだ。肺炎だった。
長年連れ添い、苦楽を共にしてきたたった一人の身内だった。
呆然としているワシを1人置いてきぼりに、葬儀社に言われるがまま淡々と進められた葬儀は寂しいものじゃった……。
近所の人はチラホラ様子を見に来たが、昔からの顔なじみも少なく……本当に寂しい旅立ちをさせてしまった。
最後に口づけしたのは……何時じゃったろうか?
棺を閉じる寸前、そう思いながら口づけした妻の顔は冷たくて……。
ワシが顔を上げた拍子に零れ落ちた涙は青白い頬へ落ち、そのまま弾けることなく流れていった……。
火葬場で骨になって出てきた妻は言葉にできないほど小さく感じられ、
震える手に箸を手渡されたワシはその一つ一つを丁寧に運んで骨壺に入れた。
小さな骨壺に収まってしまった妻を抱きしめ、家に帰ってからの記憶は曖昧じゃ。
――何日骨壺を抱きしめて呆然としておっただろうか?
――何日何も飲まず食わずで、彼女に語り掛けておっただろうか。
――何日……?
ふと気づいた時には身体が重く、骨壺を抱きしめたままズルズルと倒れ込んだワシの目に、床に転がってしまった妻の入った真っ白な骨壺が映る。
嗚呼……手から離れてしまった。
なんとか必死に手を伸ばし、骨壺に手をあてると穏やかな心地になる。
「ヒサコさんや……ワシは……」
――骨になっても、こんなにもお前さんを……愛しとる。
それが、ワシが最後まで言葉に出来なかった、ヒサコさんへ捧げた最期の想いじゃった――。
◇◇◇
ふと我に返ったワシは、遺骨を抱きしめたままで市役所の様な場所の椅子に座っておった。
市役所……? ああ、ヒサコさんの死亡届を出しに来たんかのう。
……嫌じゃ……ヒサコさんは死んでおらん。
ワシの中で生きておる……。
死亡届なんぞだしとうない……。
そう思っていると、
「神在タキヒコさーん」
ついに名前を呼ばれてしまった。
すごすごと立ち上がり、受付らしき場所へ向かうと、奥の部屋に案内された。
そこには面接官の様な格好をした方々が座っていて、ワシは首を傾げた。
何故、死亡届の提出に面接が必要なのじゃろうか?
「あ、神在タキヒコさんですね。どうぞ椅子にお座りください」
「はぁ……。あの、ワシは死亡届を出しに来たんじゃないんですかのう?」
「いえ、貴方は奥様の御遺骨を抱きしめたままお亡くなりになりました」
「ワシが……死んだ?」
思わぬ言葉を呆然としたまま反芻すると、可愛らしい女性は「はい! お亡くなりになりました!」と明るい声で口にする。
「そこで、あなた方のこれまでの経緯や生き様を諸々込みで検査した所、我々【異世界転移管理課】としては、新たなる人生を歩んでいただきたく、今回お呼びした次第です」
「異世界転移……管理課?」
「端的に、第二の人生を謳歌して貰おうかと」
「はぁ……」
「無論、承諾していただけた場合は奥様を蘇らせることも可能です」
「なんですと!?」
興奮しすぎたのか、ガタッと椅子を倒して立ち上がったワシは「まぁ落ち着いて話を聞いてください」とお嬢さんに宥められて椅子に座り直す。
何でも、ワシ等の場合は「良いカルマ」は沢山あっても「悪いカルマ」とかいうものが全く溜まっていなかったようで、転移とやらをした後はある程度恵まれた場所で生活を営むことが可能らしい。
しかし、その過程で死者を蘇らせるということが中々に困難で、その分の『ペナルティ』が発生するのじゃと言う。
「我々としても、これ程に悪いカルマのない人間も珍しくて……有り余るプラスをスキル付与という形で変換する事は容易に出来るのですが、残念ながら死者蘇生だけはマイナスが大きすぎるのです」
「なるほど……」
「しかも、人間として蘇生させる事は難しい為、何かしらの魔物を素体にしなくてはなりません……おススメとしてはスライムですが」
「スライム……と言うと?」
「こういう生き物ですね」
と、水槽に入ったプルプルとした生き物を見せられた。
これは……水羊羹? いや……わらび餅? アレはなんじゃろうな。
「奥様のスキルが上がれば人型に戻る事は可能なんですが……」
「ふむ、そのスキルを上げるというのは?」
「あなた方の場合、何かを得てスキルを上げるというのとはちょっと違う、少々特殊なものになりす」
「と言うと?」
「今回の場合、スキルの上げ方は……【自分達が他人にした事で生じた幸福度を溜める】となります。無論使えばなくなりますが、日ごろの行いが良いあなた方なら大丈夫でしょう」
「幸福度を溜めて使う……」
「はい、あなた方が何らかの方法で他人の心を満たした場合、その方の幸福度が上がってスキルアップの糧となるということです。
どのような行いがスキルアップに繋がるかは未知数ですが、少なくとも他人を幸せにすることが最も大事になります」
「つまり、誰かの為に心を砕いて、手を差し伸べるっちゅーのが大事なんじゃな?」
「そうなりますね」
「困っている人を放っておけないのは、ワシもヒサコさんも同じじゃ。そう難しい事ではない」
「なるほど……。ところでお二人は長年、行商を営まれていたとの事ですが」
「ああ、そうじゃな。ワシ達の唯一の趣味は、うどんを作る事くらいじゃよ」
「では、奥様には【うどんスライム】になって貰うということで、宜しいでしょうか?」
「うどん、スライム?」
思わぬ名前が飛び出して思わず呆然となったが、ヒサコさんがうどん? スライム?
聞いた事も無い言葉に女性は「私も聞いたことはないですが、恐らくそれが一番いいかと思いまして」と苦笑いされてしまった。
「スライムには色々な特性があるんですが、ヒサコさんの性格を考えると、それが一番の様な気がします」
「そう……なんですな」
「スキルに関しては、我々が最善の限りを尽くして作り上げましたのでご心配はいりません。寧ろ、神在さんの方が問題なんです」
「と言うと?」
「麺はうどんスライムになったヒサコさんが生成できるでしょう。ですが、それ以外の事になると色々と大変でしょうから……
そこで私たちが神在さんに最初にお渡しするレアスキルは全部で5つ。【ネットスーパー】【空間収納】【拠点】【車両選び】そして【汁の生成】……掌をかざせばうどんの汁が作れる感じです」
「なる、ほど?」
「ヒサコさんの場合、うどんだけではなく、すいとんの具も作れるようにしているので、何かと最初は食べる事には苦労しないと思います」
「すまんが、ネットスーパーは解るんじゃが、拠点と車両選びと言うのはどういう事じゃ?」
その問いかけの答えは、次のようなものじゃった。
【拠点】
自分たちの得た幸福度で上がったスキルによって家を建てる事が出来るらしい。
建てられる数や規模に制限はあるものの、幸福度が上がっていけばその制限も緩和されると。
……最初は掘っ立て小屋を作るのが精々じゃろうと言う事じゃった。
【車両選び】
長年行商をしてきた事から、あらゆる車種の車を選ぶことが出来るらしい。
それこそ、屋台からワシの乗っていた行商用のトラック、更にはバスと、それはとても幅広いのじゃと言う。
それだけでもとても有り難い事なのは解っておるが……。
「老い先短い身体で、何が出来ようか……」
「神在さん……」
「ワシもヒサコさんも82歳じゃ。今から異世界に行ったとしても直ぐにくたばるのが目に見えておるわい」
「そこで相談なんですが……」
「ん?」
「ペナルティさらには大きくなりますが【若返る】と言う事も出来ましてね? 大体20代から30代まで若返る事が可能となりますが、如何為さいますか?」
「それは、ワシも婆さんも結婚した当初くらいに戻れるのじゃろうか?」
「そうですね。転移する際お二人とも精神年齢はそのままですが、お体に関しては20代から30代まで戻る事は可能です。その他詳しい話は、現地に行って【ステータス】を見て頂ければ分かるかと思います」
「ステイタス?」
「ステータスですね。あちらに行った際お婆様との感動の再会が終わったら『ステータスオープン』と言ってみてください」
そこまで至れり尽くせりで申し訳なかったが、担当した女性は「でもなぁ」と口にしてあまりいい顔はしていない。
というのも、死者蘇生は勿論、若返るというのもかなりの【ペナルティ案件】らしく、二つを合わせてしまうとワシ等が飛ぶ先がかなり治安の悪い場所になりそうだという不安があるらしい。
「ふぁっふぁっふぁ! 治安が悪い場所なら慣れとるわい。これでも何度も死に目にあって来たんじゃ。大抵の事は何とかなる」
「神在さん……」
「ヒサコさんともう一度会えるのなら、ヒサコさんともう一度夫婦となって生きていけるのなら……何処でも天国じゃよ。そしてヒサコさんを必ず守って見せる」
その言葉に担当の女性は涙を流し「夫婦愛素晴らしいですねっ!」と言ってくださったのは嬉しかった。
――こうして説明もあらかた終わり、妻の遺骨とスライムを受け取ったワシは地面に描かれた陣の中に入り、彼女に見守られながら知らぬ世界へと旅立つ。
肌の若返る感覚……髪が生えてくる感覚は不思議な感じじゃったが……目を閉じているように言われた為ヒサコさんの事は分からない。
「お嬢さん……色々と有難う。あっちでも何とか元気にやってみせるぞ」
「はい……神在さんご夫婦に幸多からん事を!」
――こうしてワシと妻は異世界と言う違う場所に飛ばされることになる。
しかし……。
◇◇◇
「なぁ栗崎、坂本さんが『預かっていたスライムがいない』って騒いでるんだけど」
「え? 坂本さんのスライムならさっき転移していった神在さん夫婦の奥さんの為に使いましたけど? え? 預かっていたスライム? まさか……」
「ば……馬鹿! あのスライムは特別なスライムなんだぞ!」
「え、ええええ!? もう回収できませんよ!?」
「……もう見守るしか出来ねぇ。はぁ……進化が怖いな。」
「え? 進化?」
「いいか……あのスライムはな――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます