第36話 堅牢な教会


 白の隊服を着た騎士に先導された馬車が森の中をひた走る。


 森の中へと入りどれくらいの時間が経ったのだろうか。


(今ごろミリアはカンカンに怒っているわね)


 それを宥めねばならないミハエルに、エリザベスは心の中でエールを送る。


 そんな事を考えながら窓から外を眺めた時だった。鬱蒼と生い茂っていた草木の林が開け、エリザベスの目の前には石造りの堅牢な教会が現れた。


 馬車の速度が落ち停まる。


 どうやら目的の教会に到着したようだ。


「ベイカー公爵令嬢様、お手を」


 外から扉が開かれ、ミハエルに案内役を任された騎士が手を差し伸べる。


「ありがとう」


 その手に、手を重ね馬車から降りると、目の前に建つ教会を見上げエリザベスは違和感に気づいた。


(なんとも厳重な造りね)


 教会の周りに張り巡らされた塀といい、頑丈そうな門扉といい、強固な砦に建てられる城のような造りに違和感しかない。塀から覗く尖塔に十字のシンボルを掲げていなければ誰も教会だとは気づかないだろう。


「エリザベス・ベイカー公爵令嬢様ですね。お待ちしておりました」


 堅牢な扉から出てきた黒の神父服を着た初老の男がエリザベスに向かい頭を下げる。


(この教会の責任者かしら?) 


 こちらが名乗っていないにも関わらずエリザベスの名前を知っているということは、この中にいる人物はエリザベスがこの教会に現れる事を予想していたことになる。


 王城取締官が現れたこと言い、ハインツの用意周到さにエリザベスは舌を巻く。


「初めまして、エリザベス・ベイカーと申します。お見知り置きを。それで神父様、こちらに滞在している殿方にお会いできると思ってよろしいのかしら?」


「もちろんでございます。ご案内するように仰せつかっております」


「では、案内をよろしくお願い致します」


 にっこりと微笑んだ神父様が、踵を返しゆっくりと歩き出す。その後を続き、エリザベスは教会の中へと進んでいく。そして、門扉を抜け驚いた。


 精緻な彫刻が施された柱廊が立ち並ぶ回廊と色とりどりの花々が咲き誇る庭園。そして、中心に設えられた噴水からは水が噴き上がり、陽の光を受けキラキラと輝く。まるで、天空にいるかのような錯覚を覚えるほどの開放感。重厚な外観からは到底想像できない内部にエリザベスは感嘆の声をあげる。


「――なんて素敵な空間なのかしら」


「エリザベス様、こちらの庭は教会のシスターが丹精込めて世話をしております」


「シスターの皆さまが……、とても素敵な庭ですね。少し散策してもよろしいかしら?」


「えぇ、ぜひ。シスター達も喜びます」


 中心の噴水に向かいエリザベスは歩く。


 回廊を風が抜けるたびに、花の香りがフワッと立ちのぼる。あたり一面に香る芳しい香りを胸いっぱいに吸えば、エリザベスの気持ちまで弾み出す。


 浮き足立った気分そのままに、早足で歩き出したエリザベスは右に左に辺りを見回しながら歩いていたため、前方を見ていなかった。


「――うわぁ!!」


 膝に感じた衝撃に慌てて下を向くと、金色の髪をした男の子が尻餅をつき倒れていた。


「ご、ごめんなさい! 怪我はないかしら?」


 その場に慌ててしゃがみ込んだエリザベスは、地面に尻餅をついた男の子に怪我がないかを確認する。


 着ていた白シャツは所々土で汚れてはいるものの、ブリーチ(半ズボン)から覗く膝や脚に擦り傷は見当たらない。案の定、地面に座っていた男の子はすぐに立ち上がり、服についた汚れをパンパンと払い落としている。


(大丈夫そうね)


 心の中で、安堵のため息を吐き出し、改めて目の前の男の子に視線を合わせる。黄色の髪に榛色の瞳。年の頃は五、六歳だろうか。快活な雰囲気そのままに髪があちこちへはねている。


(教会に住んでいる子かしら? それにしては、上等な服を着ているわ)


 絹のような光沢を放つ白シャツにしても、ベルベットのブリーチにしても身分の高い貴族の子息が着るような代物だ。


 一般的な教会にいる子供達は、孤児であったり、金銭的な理由で子供を育てられず教会へと入れられた子がほとんどだ。しかも、主たる収入源は貴族の慈善事業の一環で行われるバザーでの収益や寄附だ。贅沢が出来る状況ではない。


 では、目の前の男の子が貴族の子息かと言われると、それも違うように思う。エリザベスが辺りを見回してもお付きの侍女や侍従は見当たらない。


 この教会を初めて見た時の違和感をエリザベスは思い出した。


 強固な外壁に覆われ、砦にある城塞のような造りの強固な教会。まるで、中にある何かを外敵から守っているかのような造りだ。


 人里離れた森の中にある強固な教会。この教会には、何かある。


 そんな予感がエリザベスの胸をざわつかせていた。


「エリザベス様、お怪我はありませんでしたか? 申し訳ありません、躾がなっておりませんで」


「いいえ、この子に非はありませんわ。私が前をきちんと見ず歩いていたのがいけないのです。怒らないでやってください」


 男の子に視線を合わせ、にっこりと笑いエリザベスは謝罪の言葉を口にする。


「――ごめんなさいね」


 頬を赤く染めた彼は、神父様の後ろへと隠れ、顔だけをひょっこり出すと軽く頭を下げ、走り去っていく。


 エリザベスは、彼の後ろ姿に手を振り立ち上がると神父様に視線を合わせ口を開く。


「では、ハインツ様の元へ参りましょうか」

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