第20話 ウィリアム視点


 なぜ、この俺が母上に叱られねばならぬのだ。


 朝食の席で、話があると言われた時から嫌な予感はしていたのだ。しかも、ウィリアムが逃げ出すとでも思ったのか、侍従を迎えに行かせるという徹底ぶりだ。もちろんそんな卑怯な真似、第二王子たる自分はしない。ただ、ちょっと母に会う前に気持ちを落ち着かせようと、庭園を散歩するつもりだっただけなのだ。


(侍従を私室の前で待機させるなど、母上は俺を信用していないのか?)


 始めからケチのついた話し合いには不満しかなかった。


(いいや、あれは話し合いなどではない。一方的な断罪ではないか)


 母の私室を開け、開口一番叩きつけられた書簡のことを思い出し、怒りが込みあげる。


『ハインツ・シュバインとエリザベス・ベイカーの婚約が成立致しました』


 なんなのだ、あの書簡は!?


 数日前に開かれたスバルフ侯爵家の成婚披露パーティーでのハインツとの馬鹿げたやり取りは、エリザベスなりの意趣返しだとウィリアムは思っていた。嫉妬させるために、あの男を利用しただけだと。


 だからこそ、エリザベスとハインツが婚約しているなど、嘘だと決めつけていたが、あの書簡は陛下に宛てたものだった。つまりは、陛下も二人の婚約を認めているとも取れる。


 しかし、我が国では公爵家同士の婚姻は認められてはいないはずだ。


 何を企んでいる。エリザベス……


 あの女の執念深さは知っている。何しろ、ウィリアムに助けを求める女性達を徹底的に排除してきた過去がある。


 エリザベスに婚約破棄を言い渡してから約半年。


(あの女狐め!! やはり噂通りの尻軽女であったな)


 スバルフ侯爵家の夜会で、マリアに言われなければ、危うく女狐の毒牙にかかるところだった。マリアとの仲睦まじい姿にショックを受けたのか涙をため震えているように感じたが、あれも策略の一つだったか。


 公爵令嬢であることを傘にきて、やりたい放題マリアを虐めていた女が、改心するはずないな。


「ウィリアム様、お帰りなさいませ❤︎」


「あぁ、マリア。待たせてすまなかったな」


「いいえ、マリアはウィリアム様の事でしたらいつまででもお待ち致しますわ。お忙しい方ですもの、少しでもマリアのために時間を割いてくださるだけで幸せですの」


「なんてマリアは慎ましく、心優しい女性なのだ。どこぞの公爵令嬢とは大違いだな。母上も母上だ。なぜ、マリアの良さがわからない」


「ウィリアム様、またマリアの事で側妃様に叱責を?」


「いや……その……」


「心配ですの。マリア、男爵令嬢でございましょう。身分が低い私では側妃様のお眼鏡には敵いませんわ。それでもマリアはよいのです。私が、王宮の皆様に馬鹿にされようと、虐められようと構いません。そんな事で、ウィリアム様への愛は揺るぎませんから。ただ、心配ですの。マリアとの婚約のせいでウィリアム様が心を痛めているのではないかと」


 なんて、心優しい女性なんだ、マリアは。


 マリアの言葉にウィリアムは感動していた。


 己が犠牲を厭わず、相手を思いやる心。マリア以上に心の綺麗な女性は、この世に存在しない。


 ウィリアムはマリアと出会えた奇跡を神に感謝し、彼女を抱き寄せキスを落とす。


 甘く柔らかな唇に理性が飛びそうになるが、それを必死に耐え感謝の気持ちをマリアへと伝える。


「あぁ~マリア、なんて優しいんだ。心配はいらないよ。マリアとの婚約は正式に陛下から許可が出ているものだ。俺と結婚したあかつきには、母上だろうと文句は言わせない。その内兄上から王太子の座を奪えば、次期王は俺だ。マリアは王妃となるのだよ。何も心配はいらない」


 なぜ俺がエリザベスとの婚約破棄を母上に叱責されねばならない。


 母上は、四大公爵家出身だ。以前からシュバイン家出身の正妃に対抗心を燃やしてはいたが、ウィリアムが幼い頃はまだ良かった。将来は貴方が王になるのよと優しく諭され、甘やかしてくれた。そんな優しかった母が変わったのは、エリザベスとの婚約が決まった時からだった。


 王城での発言力が増した母は、気に入らない事があれば、侍女や女官、果ては下働きのメイドにまで当たり散らすようになった。その頃からウィリアムに対する母の態度も激変した。


 サボりがちだった王子教育に対しても叱責を受けることが多くなった。いつ何時も兄と比べられ、呪詛のように将来王にならねばならないと言われ続けた。


 そんな時だった。母に虐められ、泣きながらウィリアムに助けを求めてくる女性たち。


 母からの叱責で自尊心を傷つけられたウィリアムに泣きついてくる女性たちは、ウィリアムの傷ついた心を癒してくれた。人目を避けて可哀そうな女性達と関係を持つ日々。その背徳的で甘美な日々は、ウィリアムを癒してくれた。


 あの高慢ちきで、媚を売るエリザベスとは違う優しい心をもつ可哀そうな女性達。ウィリアムはそんな彼女達にしか興味がない。


 そんな、女性達もいつの間にか王城から消えていた。今考えれば、母やエリザベスが裏で手をまわしていたのだろう。


「ではなぜそのように難しいお顔をなさっているのです? マリア悲しいわ。私にもウィリアム様の思っていること教えてくださいませ。まさか、側妃様に言われてエリザベス様と寄りを戻すおつもりでは……」


 わっと泣き出してしまったマリアを抱き寄せる。


「あぁ~すまないマリア。可愛い私の天使泣き止んでおくれ。俺の愛は全てマリアのものだという事を忘れないでくれ」


「ウィリアム様の愛を疑ってはおりませんわ。ただ、貴方様がマリアを愛して下さっても抗えない事もございましょう。何しろ、エリザベス様は、マリアと違って、力のある公爵令嬢ですもの。あの方が、圧力をかければウィリアム様だって……」


「マリア、心配はいらない。母上からエリザベス嬢と寄りを戻すように言われたが、もちろんそんなことはしない。今やエリザベスは悪女として社交会で爪弾きになっている。あの女に力などない。それでも心配だと言うなら、懇意にしている貴族どもに、エリザベスを排除するように伝えよう。マリアは何も心配するな」


 泣いているマリアを抱きしめ、慰めるためベットへ横たえる。


「あぁ~あ、ウィリアム様嬉しいわ。その言葉、信じてよろしいのですね」


「もちろんだ。マリアと結婚するためなら、悪魔にでも魂を売ろう」


「ウィリアム様。不安になる暇なんてないくらい私を愛して❤︎」


 甘えるようにキスをねだるマリアを抱きしめ、彼女への想いを爆発させた。

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