第16話 イナゴの来襲(貪喰編)
新しい給与体系の発表があった。
1. 給料は年棒の1/18とする。
2. ボーナスは暫定的に夏、冬それぞれ3か月分支給する。
3. ボーナスについては来年度を目途に完全能力給へ移行する。
4. タイトルは既に一部に適用している現状のコンサルタント、シニアコンサルタント、マネージャー、シニアマネージャーに加え、ダイレクター、アソシエートパートナーを追加し、パートナー業務をそれぞれサポートすることにする。
とのことだった。
正人は、マイクの目論見通りだろうとあまり驚かなかった。沢田の話を聞いていた+パーティーの一件からそうなるだろうと想像していた。
特に4番目は完全にイナゴ達が上位タイトルを占めるための算段なのだろう。政治には興味がないので、しばらく放置しておくことにした。周りのメンバーはざわついていたが。
どうやら給与体系の策定メンバーもマイクの取り巻き連中で、直近、JOBがない連中のユーティライズ(稼働率=スタッフ個人の成績KPIの一部)を上げる意味もあったらしい。どこまでも姑息だ。
デニーを含め他のパートナー陣がこれらの規定を承服したのは、特に1~3。実質的な人件費の抑制が叶うからだ。コンサルファームの損益要因はスタッフのサラリーに尽きる。
一見すると特に今までと変わりがないレベルで給料を受け取れるような気がするのだが、1つ目は、能力給に移行するにあたって、年棒が減少する社員が発生(ボーナス分は今まで補償されていたのが、業績で分け分をパートナーが割り振れるため。)また、2つ目は健康保険を含め、今まで月給レベルでMAX払っていたマネージャーアッパーはボーナスでも払わなければならなくなるので、更に控除が大きくなる。まあ、こちらは損益には関係ないが(実際には会社負担分も増えるので、マイナスなのだが、そこまで頭が回ってない?)。社員にとって、つまりは給与制度が変わるイコール手取りが減る。
しかし、正人の腑に落ちない点が1つだけ。なぜ来たばかりのパートナーであるマイクが主導権を握ってこんな給与体系やタイトル体系を決めているのだろうか。
聞けるひとはただ一人。
オフィスで山下が顔を出すのを待ち構えるといつものように午後の3時ごろやってきた。正人は偶然を装って話し掛けてみた。
”山下さん、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが。 "
" おー、鈴木はん、久しぶりやな。バッキーの件はオーナーが粘り強く対応してくれてることを褒めてたで。" 、まあ、社交辞令的なおだてはよいとして、早速本題に入ろう。
" そうですか。ありがとうございます。今日お聞きしたいのはマイクさんのことです。まだ、入られて3か月ぐらいかと思いますが、いろいろ改革されていてご活躍のようですね。" 、山下にはこれぐらいの突っ込みで十分、あとは勝手にしゃべってくれるはず。
" ああ、”
珍しく口が重い。 " ちょっとわしの部屋に行きましょか。 ”
下品な下ネタも、セクハラネタも、パワハラネタも誰がいようとかまわずしゃべるまくる山下らしくない。
” 鈴木はん、ここだけの話やで。マイクはんは副社長で来たことは知ってますなー。"
そんなことは聞いたことない。それに副社長と言えば、3年ほど前、マイクと同じブルーロックから来た小林というやり手のパートナーだったはず。
”いや、小林さんだったんでは?”
" デニーがマイクを呼んだんは、小林さんの後釜にということで呼んだですわ。山部が、裏工作しよって、ほとんど投票とは言えない状況でしたわ。"
パートナーを受け入れる際、既存のパートナーで会議をして承認を受け、受け入れを諮る。また、社長、副社長などトップマネジメントへの就任については完全な多数決と聞いている。
そして、今回のタイトル制度改定によってアソシエートパートナーも票数に組み込まれる。マイクの副社長の座と会社の取り決めの体制は確固たるものになったとのことだった。そういえば、マイクの取り巻きだけでパートナー、アソシエートパートナーは8人を超える。それ以外にもどうやらマイクに弱みを握られているパートナーが多数のようだ。叩けば埃がでるのはコンサルパートナーの常だから。
” 小林さんは、プロジェクト外注への空取引の疑いで、3か月前、両手を抱えられて東京オフィスから放り出されたらしいわ。空取引の件はほんとかどうか怪しいが。これも山部からデニーへの告げ口が元らしい。ことがことだけに外部に漏れないようにしてたけど、結構噂になってましたで。"
正人は最近、月に何度か東京オフィスへの顔を出すが、何かひりひりする空気はそれだったのか。昔のような脂ぎった狼たちが闊歩する騒々しさというより、ピーンと張りつめた静かなオフィスの雰囲気だった。
" まあ、マイクはんも大高電機(大阪高槻に本社を構えるグローバル電機メーカー)のプロジェクトで月2億以上の案件をいくつも持ってはるから、誰も文句は言えへんですしな。鈴木はんも気をつけなはれ。。。そこは、 一回、山部はんとやりあってるからよー知ってますな。こりゃ、失礼しました。"
正人は山下のパートナールームを後にしながら思った。政治にはかかわりたくないが、巻き込まれるのもごめんだ。あまりにも回りが騒々しくなってきたら転職も考えねば。
もう既に東京、大阪、博多の区分けはなくなっていた。産業機械チームに組み込まれている正人としては、マイク一派とかかわる可能性が高くなってきている。正人はマネージャなので、JOBへの参画は自分次第だが、よく知っている旧大阪メンバーは拒否もできない。沢田の話を信じるとすると、使い捨てにされないように、別JOBで囲ってやるぐらいしかできない。
旧東京オフィスのSCMチームのスタッフは大高のプロジェクトで今まで外注していたメンバーに代わり10名以上組み込まれている。キャッシュアウトを減らすという名目らしいが、飛んで行ったファームで優秀なメンバーを巻き込みゾンビのように取り扱うのがマイクのやり方らしい。使えるスタッフはイナゴの一員に、いらないスタッフは切り捨てる。
大高電機と言えば、家電から重電、発電所までこなすプライム上場の大企業だ。昔からテレビで宣伝を見ない日はないぐらいの老舗企業ではあるが、最近は中国に押され気味で成績はよろしくない。アメリカ企業を買収するなど本業とは違うところで目立っている。マイクはこれら事業再編にも一枚かんでいるようだが、これらのプロジェクトもいい噂は聞かない。
最近、マスコミがオフィスの回りをうろうろして、TCPの社員か聞かれることがある。一斉通知でマスコミには対応しないようにとのお触れが出たのは、マイクが来てから1年たったころだった。
第16話 了
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