呪いの魔女と追放された侯爵令嬢は、なぜか王太子殿下に溺愛されています~追放の森のいばら姫~

深水えいな

序章 いばらの森の魔女姫

第1話 いばら姫と求婚

 鳥のさえずりが響く森の中。


 白金プラチナブロンドの髪に翠玉エメラルドの瞳を持つ美しい王子――シルムは意を決したように膝をついた。


「レゼ。僕は君をずっと探していたんだ。君を妃に迎えたい。共に城で暮らそう」


 美しい翠の瞳を輝かせ、熱っぽく語りかけるシルム。


 シルムが手を伸ばすその先には、黒い質素なローブをまとった金髪の女性が立っている。

 

 断られるはずがない。


 そうシルムは信じていた。


 シルムはどこから見ても申し分ない、自他ともに認める整った容姿の青年である。


 月光を溶かし込んだような白金の髪に、木漏れ日のように優しいグリーンの瞳。


 陶磁器のように滑らかな白い肌に、高く通った鼻、整った輪郭と口元。


 並みの女性では太刀打ちできないほどの美貌の持ち主で『月下美男』とも呼ばれている。


 それに加え、シルムはここセレスト王国の王太子。


 ゆくゆくはこの国の国王になる存在で、彼と結婚するというのはすなわち王妃となることを意味している。


 富と権力が約束された輝かしい未来。


 それも相手はとびきりの美丈夫とくれば、普通であれば喜びのあまり舞い上がってしまうような状況といえよう。


 相手が普通の女性だったなら……であるが。


 絶世の美男子で王太子でもあるシルムから求婚されたレゼフィーヌはというと、険しい顔をして腕を組んだ。


 レゼフィーヌは眉間にしわを寄せ、強い光を放つあおの瞳がシルムを見下ろす。


 シルムが息を飲みながら彼女の顔を見つめていると、レゼフィーヌは冷たく言い放った。


「嫌ですわ」


「……はっ?」


 シルムは肩透かしを食らったかのようにガクッと体を傾けた。


 目をぱちくりさせ、信じられないといった顔でレゼフィーヌの顔を何度も見やる。


 ん?


 今、断られた?


 この僕が?


 ……いったいなぜ?


 シルムはきょとんとした顔で目の前のレゼフィーヌを見つめた。


 動くたびに白い首筋に零れ落ちる髪は、蜜のように艶やかな金。


 見るたびに色を変える猫のような瞳は、海の底に眠る宝石みたいに煌めく深い青。


 レゼフィーヌはシルムの元婚約者で侯爵令嬢だ。


 わずか十歳で謂れのない罪で森の奥深くへと追放されたと聞いている。


 シルムとしては、こんな辺鄙な森に囚われた可哀想な令嬢を助けに来た救いの王子のつもりだった。


 妃になるのは全女性の夢のはずだし、喜んで自分に着いてきてくれると思っていたのに……。


「い、一体どうしてだい、レゼ」


 シルムはショックに声を震わせながらも、穏やかに聞き返した。


 レゼフィーヌはきつく腕を組んだまま、小さく息を吐いた。


「どうしても何も、私はここの生活が気に入っておりますので」


 レゼフィーヌは黒いフードを深々と被り、きっぱりと言い放った。


「だから私のような魔女のことは忘れて、早く王都にお帰りくださいな。ここはあなたのような方が来るような場所ではなくてよ」


 レゼフィーヌの深蒼の瞳が、シルムを射抜くように見つめる。


 常人ならば恐れてひるんでしまうような強い視線だが、シルムは逆に胸が熱くなるのを感じた。


 まるで心に小さな炎が灯るようだった。


 レゼフィーヌは軽やかにとローブをひるがえす。


 真紅の裏地がきらめき、ふわりと甘い薔薇の香りが漂った。


「それではごきげんよう」


 美しい声と薔薇の残り香だけを残し、いつの間にかレゼフィーヌの姿は消えて無くなっていた。


 恐らく何か魔法を使ったのだろう。


 さすがはいばらの森の魔女。一筋縄ではいかない。


「レゼ……」


 シルムがレゼフィーヌの蒼い瞳と薔薇の香りの余韻に浸っていると、どこからか声がした。


「シルム王子ー、シルム王子!」


「おお、アレク」


 シルムが顔を上げると、ガサリと音がして茂みの中から黒髪で体格の良い男が現れた。


「シルム王子、こんなところにいたのですか!」


 草木をかき分け、シルム直属の騎士のアレクが血相を変えてシルム王子の元へ駆け寄る。


「すみません、ぬかるみの泥に足を取られてしまい思うように動けませんでした」


 彼はシルムを一番近くで警護する部下だ。


 シルムのことなら自分が一番よく知っていると自負している。


 そんなアレクだからこそ、シルムの顔を一目見るなり異常に気付いた。


 シルムの様子がいつもと違う。


 頬はわずかに赤く染まり、瞳も熱を帯びて潤んでいる。


 「あの刺すような瞳……冷たい態度……たまらないなあ」


 などと訳の分からないことをブツブツ呟いている。


 ――これはどうしたことだろう。


 アレクは主君の異常事態にその大きな身を震わせる。


 と同時に、その場に残った薔薇の残り香に気付いた。


 この香りは女性の香水?


 ここに誰かいたのだろうか。


 ひょっとして魔女に呪いでもかけられたのか!?


「レゼ……もう一度会いたいよ。どうしたら僕のお嫁さんになってくれるんだい?」


 顔を覆い、その場にしゃがみこむシルム。


 目の前の主君は、明らかにいつもの様子と違っていた。


 アレクの知るシルムは、いつも気高く毅然としていて、王家の名にふさわしい貴公子なのに、これは一体どうしたことか。


「シ……シルム殿下、どうなさったのですか!? お気を確かに! シルム殿下、シルム殿下ー!」


 シルムの体を支えながらアレクは途方に暮れた。


 ――これは魔女に会いに行かねばならない。


 魔女に会って、呪いを解いてもらわなくては。


 かくして、二人の男は再び森の奥深くに住むいばらの魔女に会いに行くことになったのであった。

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