第31話 リリアの誘惑

 城に再び朝日が昇り、鳥のさえずりが新しい一日をつげる。

 レゼフィーヌは豪華なつくりの客室用ベッドから起き上がり、大きく伸びをした。


「さて……」


 レゼフィーヌは考えこむ。

 ポーラには侯爵夫人が出かけたタイミングを見計らってまた会いに行くとして、それまでどのように過ごしたらよいだろう。


 少し考えた結果、レゼフィーヌは久しぶりに帰る我が家の庭をもっとじっくり見て回ろうと考えた。

 昨日は薔薇の様子だけを見たけれど、他にも侯爵家の敷地内に植えてある植物はたくさんあるはずだ。

 ハンナによると、侯爵家に長年勤めていた腕利きの庭職人もやめてしまったようだし、庭の状態が気になるところだ。


 (決めた。今日は庭を見て回って痛んでいる植物があったら手入れしよう)


 レゼフィーヌは朝ご飯を食べ終わると、さっそく庭へと向かった。


 低木や果樹、宿根草などが植えられている裏庭をしばらく散策する。

 ところどころ枯れている枝はあったけれど、思ったより荒れてはいない。


 レゼフィーヌは腕まくりをし、庭の手入れ用の手袋を身に着けた。


「よいしょと」


 レゼフィーヌは庭木の伸びすぎた枝を切り、枯れていた葉や花を取りのぞいた。

 すっかり綺麗になった庭を見て、レゼフィーヌは満足げにうなずいた。

 後は肥料もあげたいところだけれど、どこにあるのだろう。


 少し考え、庭の奥に土やスコップ、プランターなどをしまっておく物置小屋があることを思い出した。

 あそこなら肥料も置いてあるかもしれない。

 レゼフィーヌが肥料を探しに物置小屋へと向かうと、どこからか声が聞こえてきた。


「ねえ、考え直してくださらない?」


「考え直すって、何をだい?」


 よく見ると、そこにいたのはリリアとシルムだった。

 ドキリと大きく心臓が音を立てる。

 レゼフィーヌは慌てて庭木に身を隠した。


 (どうして二人がここに?)


 レゼフィーヌが陰から見守っていると、リリアは髪をかき上げ、媚びるような上目遣いでシルムを見た。


「シルム殿下はお姉様みたいな野山を駆け回る野蛮な人に会ったことがないから新鮮に思っているだけ。私のほうがずっと都会的で洗練されてるし、この国の王妃の相応しいわ」


 甘ったるい声でシルの腕にしなだれかかるリリア。

 レゼフィーヌがハラハラしながら見守っていると、シルムが小さく息を吐いた。


「悪いけど、レゼ以外とは結婚する気はないよ」


 シルムはそう言うとリリアの腕を払いのけ、襟を整えた。


「そんな! あの女のどこが良いの⁉」


 目を大きく見開き、野良猫のように叫ぶリリア。

 シルムは笑顔を作ってこう答えた。


「君がどう思おうと、彼女は僕にとって特別な女性なんだ」


「そんな……」


「話ってそれだけかい? それなら僕は行くから、それじゃ」


 リリアの話に全く取り合わず、去って行くシルム。リリアはぎりりと歯を食いしばった。


 レゼフィーヌはその場を静かに立ち去ると、庭木の手入れに戻った。

 胸がほわりと暖かくなり、とくんとくんと心地よい音を立てる。


 (シルム、ありがとう)


 レゼフィーヌは心の中で小さくシルムに感謝した。


 ***


 庭木の手入れを終えたレゼフィーヌが部屋で汚れた服を着替えていると、ドアがノックされた。


「はい?」


 ドアを開けると、そこに立っていたのはシルムだった。


「どうしたの? シルム」


「いや、君の顔が見たくなって」


 頬を赤くし、照れたように笑うシルム。

 それを見たレゼフィーヌの頬も少しだけ薔薇色に染まった。


「そう」


「どこかへ買い物にでも行くの?」


 薄化粧をし、綺麗に髪を結いあげたレゼフィーヌの様子を見てシルムが尋ねる。


「ええ。城下町へ買い物に行こうと思って」


 レゼフィーヌが答えた。


 シルムには端的に説明をしたけれど、本当の目的は二つ。

 一つ目は普段着とお披露目会のドレスを買うこと。

 もう一つは、ポーラの誕生パーティーに呼ばれていた祝福の魔女たちを探すこと。

 ひょっとしたら、魔女たちの中にポーラに呪いをかけた犯人がいるかもしれない。探っておくに越したことはないだろう。


「わあ、面白そう。僕も行くよ。レゼと一緒に買い物したいし」


 子犬のように微笑むシルム。

 

(全くもう。遊びに行くんじゃないのに)


 頭を抱えるレゼフィーヌ。


 その脳裏に、先ほど見たリリアの顔がちらついた。

 ……でも確かに、シルムを一人にして置くのも危ないかもしれない。


「いいわ。着いてきて」


 レゼフィーヌが言うと、シルムは少し口角を上げて右手を差し出した。


「エスコートしますよ、お姫様」


 レゼフィーヌはシルムの手を迷いなく取った。


「ええ、お願いするわ」


 二人の視線が交わり、軽い笑みが交わされる。


 出会った頃は甘ったれのお坊ちゃまだと思っていたけれど、今ではシルムはレゼフィーヌの頼もしいパートナーだった。

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