第3話 パーティー潜入

「皇后陛下、ポーラ姫様の準備が整いました」


 リリアがピンクのドレスに着替え終わると、侍女が赤ん坊――末娘のポーラを抱いてやってきた。


 ポーラは高価な白いレースの服でドレスアップされている。


 侯爵夫人の顔がぱあっと輝く。


「まああ、可愛い! ほらリリア、見てごらんなさい、まるで天使みたいよ」


「本当ね、お母様」


 侍女の腕に抱かれた赤ちゃんを見てはしゃぐ侯爵夫人とリリア。


 レゼフィーヌはすっかり蚊帳の外といった感じだ。


「それじゃ、私たちはパーティーに行ってくるからここで大人しくしているのよ」


 侯爵夫人が赤ちゃんを抱き、リリアと共にバタバタと部屋を出ていく。


「はい、いってらっしゃいませ」


 レゼフィーヌは無理やり笑顔を作って三人を見送ると、再び魔法書に視線を落とした。


 ――別にかまわない。自分はパーティーなんて興味ないのだから。


 レゼフィーヌは、昔から本を読むのが好きだった。

 

 お姫様に王子様、勇者に魔王。妖精に人魚。海賊やモンスター。 


 本の中には、狭い城の中とは違う自由で色鮮やかな世界が広がっていた。

 

 本を読んでいる時だけは侯爵令嬢のレゼフィーヌとは違う自分になれた。


 その中でも特にレゼフィーヌが好きなのは魔女の物語だった。


 この国では、宮廷魔導士や騎士など魔法を使った職に就けるのは男性だけに限られる。


 そこで魔法職に就けない女性たちはどうするかというと、普通は自分の力を隠して結婚したり普通の婦人として市中で働いたりしている。


 しかし中には森にこもり、自分の工房を開いて魔法や怪しげな薬の研究をする人たちがいる。


 そのような女性たちのことを、この国では魔女と呼んでいる。


 魔女たちは時には呪いや疫病を振りまく存在として恐れられ、また時には病を治す妙薬を作ったり占いをしたりをして敬られていた。


「はあ……魔女っていいなあ」


 レゼフィーヌはうっとりと宙を見上げた。


 こんな狭い城で堅苦しい暮らしをするのはもうたくさん。


 自分もいつか、魔女のように自由に魔法の研究をして暮らしたい。


 今はまだ十歳だから一人暮らしをするのは無理だけど、もっと大人になったら絶対に一人暮らしをして魔女になるんだ。


 いつしかレゼフィーヌはそう考えるようになっていた。


 そのために、城の書庫にある魔法書や魔女に関する書物を読み漁って毎日魔法の勉強も欠かさない。


 ――いつか私も、絶対に立派な魔女になってやるんだから。


 レゼフィーヌが必死で魔法書を読み勉強に勤しんでいると、ドアが開きメイドのハンナが入ってきた。


 「さ、レゼフィーヌ様、私とここでお留守番しましょうね」


 ハンナが荷物からぬいぐるみや人形を取り出して猫なで声を出す。


「いえ、結構よ」


 レゼフィーヌは魔法書を閉じた。


 クローゼットから真っ黒なワンピースと黒い魔女の帽子、それから杖を模した木の棒を取り出す。


「それより私と魔女ごっこしない?」


 レゼフィーヌは鏡の前でくるりと回った。


 この衣装はレゼフィーヌがいらなくなったドレスや帽子、古布を加工して作ったものだ。


 子供が作ったものだから切り口はギザギザだし端はほつれてるけれどそれがまた魔女らしい味を出している。


「嫌ですよ、恐ろしい」


 ハンナが身を震わせる。


「ハンナ、悪い魔女はごく一部よ。ほとんどは病人を助けたり干ばつが起きた場所に雨を降らせる良い魔女なの。だから怖がらなくても大丈夫よ」


 レゼフィーヌが腰に手を当てて諭すと、ハンナは困った顔をして苦笑いを浮かべた。


「そういえば、今日は誕生パーティーですから祝福の魔女が集まるんですよね。やだやだ恐ろしい。国王陛下も早くあんな風習早く無くせばいいのに」


 ハンナが言う「風習」というのは、女子が産まれたら魔女が祝福の魔法を授けるという古くからのしきたりのことだ。


 レゼフィーヌが産まれた時も、魔女たちが集まって祝福を授けてくれている。


「そっか、そういえば今日は魔女を身近で見れるチャンスなんだ」


 レゼフィーヌは蒼い宝石のような瞳を輝かせると、窓から身を乗り出し外を見た。


 ちょうどタイミングよく、黒いドレスを着た魔女たちがぞろぞろと馬車から降りてくる。


 わあ、魔女だあ。もっと近くで見たいなあ。


 魔女たちが城に入っていく様子を見届けたレゼフィーヌが部屋に視線を戻すと、ふと鏡台に紫色に光る指輪があるのが見えた。


「ん?」


 レゼフィーヌは鏡台に駆け寄る。


 ひょっとしたらこれは侯爵夫人の忘れ物ではないか。


 指輪を手に取った瞬間、レゼフィーヌの頭に妙案が浮かんだ。


 そうだ。この指輪を届けに行ってあげよう。


 指輪を届けたら、そのついでに魔女も近くで見られるんじゃないかしら。


「さ、レゼフィーヌ様、何をして遊びましょうか」


 ハンナの問いに、レゼフィーヌはこっそりと指輪をポケットにしまい答えた。


「それじゃあ、かくれんぼをしましょう。ハンナが鬼ね」


「分かりました。いーち、にーい……」


 ハンナがクローゼットのほうを向き、数字を数える。


 レゼフィーヌは「まーだだよ」と言うと、こっそり部屋を抜け出しパーティー会場へと向かった。


 パーティーが行われるのは城の一階の大広間。


 レゼフィーヌは急いで螺旋階段を下りた。


 レゼフィーヌが必死で走っていると、階段の下に見慣れた人影を見つけて慌てて身を隠す。


 あれは――国王陛下だわ。


 ここセレスト国の国王陛下はまだ年若いけれど、なめらかな銀髪と緑の目の美しい顔立ちをしており、遠目からでもかなり目を引く存在だ。


 その横には、国王陛下と同じ銀の美しい髪と緑の瞳を持つ整った顔立ちの男の子がいた。


 第一王子のシルムだ。


 シルムはレゼフィーヌよりも一歳年上で十一歳。


 年も近く、レゼフィーヌの住む城にも何回か遊びに来たことがあったから知った顔だった。


 婚約者なのだと嬉しそうに父親が話していたのをレゼフィーヌは覚えている。


 レゼフィーヌにとっては年も近く、数少ない友達のうちの一人で嫌いな相手ではないが、結婚だなんてまだ何も考えたことはなかった。


 レゼフィーヌがなりたいのは、お姫様でもお妃様でもなくて魔女なのだから。


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