149. 突発イベントその2

 俺とのLIMEライム交換が終わると、ミヤミヤ先生は再びサイン色紙と向き合い始めた。

 どうやら、俺へのサインをまだ書き終えていなかったらしい。

 ……どんだけ書き直してんの、ミヤミヤ先生……。

 机の下が、折り曲げられたサイン色紙で埋め尽くされてるんだけど……?

 もしかして、これ全部、失敗作……?

 ってか、そろそろ用意されてる色紙がなくなっちゃうよ……?


 数分後。

 ついに、ミヤミヤ先生はサイン色紙を俺に渡してくれた。

 ようやく納得いくサインが出来たらしい。

 満足げな笑顔には、薄っすらと汗が浮かんでいた。


 ミヤミヤ先生にお礼を言いつつ、サイン色紙を受け取る。

 ……この「Y.T様へ 宮三やみ」って9文字書くのに、5分くらい掛かったんだけど……。

 どんだけサインと真剣に向き合ってるのよ、ミヤミヤ先生……。

 まぁ、お陰様でものスッゴい達筆なサインをいただけたから、俺的にはいいんだけどさ……。

 サイン色紙、もう残り少ないよ……?

 大丈夫かな、このサイン会……?

 ちゃんと成立する……?



『裕太様、そろそろお車にお戻りください』


 耳の中の通信機から東さんの声が聞こえてきた。

 そうだね。

 先生のサインももらえたし、そろそろお暇しよう。

 本当は男性の知り合いがいるか尋ねてみたかったけど、なんかそういう雰囲気でもなくなっちゃったし……。


 そう考えて、ママンに振り返る。

 ──その直前だった。



「ここに居ましたか、お嬢様!」



 知らない女性の声が聞こえてきた。

 なんだか、鬱憤が溜まってそうな声だ。

 こんな感じの声を出す人、俺の周りには居ない。


 声がした方を見てみれば、3人の女性が書店内に入ってきていた。

 全員が黒スーツにサングラスをかけている。

 なんだか、物凄くSPっぽい。


「探しましたよ、お嬢様!」

「いつも言っておりますが、スマホの電源を切って我々を撒くのはお止めください!」

「学校に嘘まで付いて授業をサボるとは……ささ、行きますよ!」


 黒服の女性たちが、問答無用で俺と桜ちゃんの方にやってくる。

 ……これ、もしかしなくても、桜ちゃんのこと連れ帰ろうとしてるよね?

 やっぱり良い所のお嬢様だったか、桜ちゃん……。


「い、いや、助けて……!」


 ……え……は?

 ちょっ、桜ちゃん……!?

 なんで俺の背中に隠れてるの!?

 半分も年下の子を盾にするとか、どうかと思う!

 ってか、俺のほうがぜんぜん体格小さいから、全然隠れられてないよ!?

 今の君、椅子の脚の後ろに隠れようとしてる猫みたいになってるからね!?


 桜ちゃんが俺の後ろに隠れたのを見た黒服たちが、少しだけ離れた場所で立ち止まった。


「申し訳ありませんが、お嬢様をこちらに引き渡してください」


 ……えっ!?

 俺に言ってるの!?

 俺、関係ないけど……!?


「お願い、助けて、裕奈ちゃん!

 この人たち、人攫いなの!

 私のことを誘拐するつもりなの!」

「ちょっ、お嬢様……!?」


 なに言ってるの、桜ちゃん!?

 この黒服の人たち、明らかに君の護衛だよね!?

 人攫いとか、絶対ウソだよね!?

 君、絶対に《ロー◯の休日》みたいなことしてるよね!?

 変なことに俺を巻き込まないで!?


「お戯れはお止めください、お嬢様!」

「そうです!

 人攫いだなんて、人聞きの悪い!」


 桜ちゃんの無茶な発言に、二人の黒服が慌てて文句を言う。

 そりゃあ、そういう反応になるよね……。

 もし俺の推測通り、桜ちゃんが良いところのお嬢様で、この黒服3人がその護衛なら、 今の桜ちゃんの行動って純粋に3人のお仕事の邪魔してるだけだもんね。

 協力してくれない依頼人とか、悪夢以外の何物でもないだろう。

 まぁ、他所のお宅の事情だから、俺にはこれっぽっちも関係ないんだけど……。

 ホント、俺を巻き込まないで……。


「あ──」


 俺が何かを言う前に、状況が動いた。



「──了解」


 さっきから黙っていた黒服の一人が、片耳を押さえながらそう言った。

 押さえた耳からは、くるくると巻かれたビヨンビヨンコードが伸びている。

 多分、インカムか何かが耳に入っていて、それで誰かと話していたのだろう。


「主任から許可が出たわ。

 強制確保よ」


 言うなり、黒服たちがズカズカとこちらへと近づいてきた。


 ちょっ……!?

 強制確保って、実力行使ってことじゃないですか!?

 俺、関係ないっす!


『コード・ブラック!

 プランD3!

 対象:黒服!

 綾様は、裕太様を連れてもう一方の自動ドアから脱出してください!』


 通信機から東さんの切羽詰まったような声が聞こえてきた。

 これ、東さんたちも動くってこと……!?


 ──って、えええぇぇぇぇぇ!?


 なんか3人の黒服が、いきなり何かに躓いて転んだみたいな感じで前のめりに倒れたんですけど!?

 あ、姫原さんと戸田さんだ!

 い、いつの間に……!?

 ってか、黒服たちが倒れたの、この二人の仕業だよね!?

 一瞬で3人も伸しちゃうとか、流石としか言いようがない……!

 恐ろしく早いなんかの技、俺、普通に見逃しちゃったね。


『綾様、裕太様を!』


 東さんが指示するまでもなく、少し離れた場所で俺を見守っていたママンは、既に俺の手を掴んでいた。

 そのまま、入ってきた自動ドアとは別の自動ドアへと引っ張られる。

 どうやら、そこから避難するらしい。


 それにしても、流石は我がママン。

 こんな状況なのに、俺のこと強引に引っ張ったりしていない。

 俺が痛がらない絶妙な力加減で手を引き、俺が転ばない絶妙な速度で歩いている。

 俺の脆弱な身体でも怪我せず、なおかつ最速でこの場を離れられる、神業的な力加減だ。

 俺のもう一方の手を引いてる人とは大違いだよね。

 もう一方の手、強めに引っ張られてるから、ちょっと痛いもん。


 …………ん?

 …………もう一方の手を、引かれている?

 …………誰に?


 ────って、桜ちゃんやないかい!?


 なんで俺の手にしがみついているの!?

 ママンと俺と桜ちゃんで、数珠つなぎみたいになっちゃってるよ!?

 もしかして、このまま俺とママンに付いてくる気!?



『お止めください、綾様!!』


 耳の中の通信機から、東さんの叫びが聞こえた。

 見れば、険しい顔をしたママンが、俺の手にしがみついている桜ちゃんへと手を伸ばしているところだった。

 ……ママンの怒った顔、初めて見たかも……。


『無理に引き剥がそうとすれば、裕太様が怪我しかねません!

 それに、少し複雑な事情もございます!

 不本意でしょうが、ここはその女児にも一緒に付いてきてもらいましょう』


 それを聞いたママンは、「はぁ」と小さなため息をつく。

 そして、俺と桜ちゃんに「行きましょう」と言って歩き出した。

 見れば、姫原さんと戸田さんが俺たちのすぐ後ろを付いてきていた。

 黒服の三人は……本棚に隠れてもう見えないや……。



 もうすぐ自動ドアに辿り着こうという所で、


『裕太様、綾様──』


 通信機から東さんの重苦しい声が聞こえてきた。


『今回の件ですが────裕太様が男性だということは、絶対に伏せてください。

 これは、裕太様の人生に関わることです』


 お、俺の人生に関わる……?


 ……もしかして俺、かなりヤバいことに巻き込まれてる?

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