137. いざ、男保省へ
何の変哲もないセダンの後部座席に乗って移動する俺とママン。
いやまぁ、何の変哲もないっていっても、完全密閉の防弾仕様は健在なんだけどね……。
男性を乗せる車であれば、どんな車種だろうとこれが標準装備らしい。
運転手は宮野さんで、他の同乗者はナシ。
車通勤を装っているから、こういう人選になった。
ここまで一緒だった姫原さんと戸田さんは、一緒に男保省には来てくれるものの、別の偽装車両に乗って行くらしい。
男保省に着いても、俺達とは別行動するのだそう。
……なんか色々とあるんだってさ。
……よく分からんけど。
別行動で何をするのかというと、男保省の外で待機らしい。
いつでも出発できるよう、車内で待ってるそうだ。
……なんか色々と準備しとかないといけないんだってさ。
……大変だねぇ。
というわけで、このファンシーなセダンに乗っているのは、俺とママンと宮野さんのみ。
「二人とも、もうすぐ男保省に着くわ。
準備しておいてね」
「は〜い」
応じつつ、俺は横向きに寝そべり、ママンに膝枕してもらう。
俺たちは男保省の正門から堂々と入るから、出待ちしている人達に見られる可能性がある。
まぁ、別に遮光フィルム越しに俺を見たところで男だとは確信できないだろうけど、何事にも絶対はないからね。
男保省に出入りする子供、というだけで怪しまれる要素になるかも知れないし。
余計な注目を集めないようにするのは、百利あって一害なしだろう。
というわけで、背を低くして外からの視線をできるだけ避ける。
「うふふ〜」
俺を膝枕してくれているママンが、なんだか嬉しそうに見下ろしてくる。
車内なのにマスクしているのは、盗撮対策かな?
「大丈夫よ、ゆうちゃん〜。
ママが付いているから〜」
「うん、大丈夫。
僕、怖くないよ」
東さんたちの計画だと、これからストーカー候補の群れを突っ切ることになる。
コソコソしないで敢えて正面突破する方がバレない、ってことらしいけど、危険地帯に突入することに変わりはない。
ママンが俺のメンタルを心配してくれるのも頷けるだろう。
まぁ、俺は中身おっさんだからね。
別に怖くはないかな……思いっきりドン引きはするけど。
暫く車の天井を眺めていると、
「正門を抜けたわ」
宮野さんが教えてくれた。
「何事もなかったね」
出待ちされるくらいなんだから、何らかのアプローチをされるんだと思ってたけど、意外と静かだった。
車の中を覗く人間どころか、車に近づく人さえ居なかったよ。
そんな俺の感想に、宮野さんが笑う。
「出待ちまでは許しても、それ以上の行為はちゃんと取り締まっているもの。
車の出入りの妨害や高感度カメラによる車内の盗撮といった行き過ぎた行為をしようとする人間は、全て逮捕・排除しているのよ。
だから、さっき通り抜けた人集りも、ワンチャン狙いみたいなソフトな人しかいないわ」
いやそのワンチャン狙いが怖いんよ……。
だって、あわよくば轢かれて仲良くなろう、とか考えてるんでしょ?
飲み会の後半で「これから俺んちで飲み直さない?」って聞いてくる◯リチンよりヤバいじゃん……。
ってか、あわよくば轢かれて仲良くなろう、って考えの人が「ソフト」なのか……。
確かに、行動がなんとなくパン咥えて通学路の曲がり角で待ち伏せする乙女と似てるのは否めないけど、
いやまぁ、理論上は、そのまま轢き逃げしちゃえば男性側に危険はないから、それで「
逆に、走行の妨害や車内の盗撮はモロに男性を害するから、アウト判定なんだろうね。
相変わらず、基準が男性中心だなぁ……。
「裕太さんは、まだ頭を下げたままにしておいてね」
ママンの膝枕から起きようとしたら、ルームミラー越しにこちらを見ている宮野さんにそう言われた。
「男保省には入れたけど、まだ男健庁の建物は遠いわ。
着いたら合図するから、それまでは横になったままでいてね」
念の為に、と付け加える宮野さんに、俺は「は〜い」と快く返事する。
まぁ、俺はただ寝っ転がってるだけだからね。
ここで通す我なんて持ち合わせていないし、素直に協力しよう。
「母さんは大丈夫?
脚とか痺れてない?」
「うふふ〜。
ぜ〜んぜん大丈夫よ〜。
ず〜っとこのままでも平気だから〜、ゆうちゃんはリラックスしてて〜」
なんか、ママンがスゴく嬉しそう。
日頃からママンのお膝の上に座らされてるけど、ここまで嬉しそうなのは珍しい。
やっぱ、膝に座るのと膝を枕にするのは別物なのかな?
でも、ず〜っとは流石に無理です……。
ひんやりしていたママンのお膝がそろそろ俺の体温で温まってきた頃。
「着いたわ」
宮野さんの言葉とともに、車が停まった。
起き上がって外を見てみれば、デカいビルの足元だった。
「ここからは焦らずに行きましょう。
ただし、大声は出さないでね」
微笑みながら、俺に向かって言う宮野さん。
どうやら、ここでもあまり目立ってはいけないらしい。
パナマ帽への改造に失敗した麦わら帽子を被り、車を降りる。
すると、すぐにママンにヒョイッと抱っこされた。
どうやら、俺の脚では遅すぎるらしい。
ママンに抱っこされながら外を歩くって初めてだから、ちょっと新鮮かも。
あ、ママンの白シャツを汚さないよう、足の位置に気をつけなきゃ……。
男性健康庁の庁舎ビルは、大学病院みたいにデカかった。
いや、逆かな?
大学病院に庁舎ビルが併設されている、って言ったほうが正解だと思う。
周りにはバカ高い建物が何棟もあって、その殆どが空中回廊で繋がっている。
それらの建物群の中央にあるのが、目の前にあるこの建物。
俺たちの目的地である、男性専用の医療施設だ。
正式名称は「国立男性医療研究センター」で、通称「
ママンに抱っこされたまま、駐車スペースのすぐ側にある出入口に向かう。
宮野さんがカードキーをかざすと、ドアが開いた。
どうやら、またしても関係者以外立ち入り禁止な出入口らしい。
ドアを潜ると、すぐにまたセキュリティーチェックがあった。
空港にある感じのやつだ。
探知ゲートがあって、横に手荷物を検査するスキャン装置がある。
警備と思わしき制服の女性が3人待機していて、探知ゲートの外側と内側に一人ずつ、それぞれ金属探知機を持っている。
もう一人は手荷物スキャン機の奥にあるモニターを監視している。
見れば、天井には監視カメラがいくつも取り付けられていて、赤いランプを光らせながらこちらを向いていた。
先導している宮野さんが、探知ゲートの外側にいた警備の女性に話しかけた。
「遅れてしまってごめんなさい。
娘のオムツを替えていたら、友だちから電話が着ちゃってね。
警護している男性の愚痴を零していたら、家を出るのが遅れてしまったの」
「あはは、よくあることですよ」
悪びれもしない様子で語る宮野さんと、朗らかに応じる警備の女性。
……おかしい。
この会話、明らかにおかしいよ?
俺を警護してくれているT308 警護隊のメンバーで子供がいるのは、戸田さんだけだ。
宮野さんに娘なんて居ない。
それに、前に東さんから聞いたことがある。
警護隊の人間は、表向き地方公務員として勤務していて、男保省での仕事の話は、家族や友人にもしてはいけないことになっている。
そんな厳しい掟があるのに、「警護している男性の愚痴を友だちに零す」なんてことがあるかなぁ?
ましてや、そんなくだらない理由で仕事に遅れるなんてあるかなぁ?
それに、警備の女性の受け答えもおかしかった。
宮野さんが口にしたことは、全て「警護員としてありえないこと」だ。
それを「よくあることですよ」なんて笑顔で肯定するなど、どう考えてもおかしい。
ってことは、この会話は全て「事前に用意されたもの」。
ペロッ……こ、これは、合言葉……!?
見れば、警備の女性の「よくあることですよ」という返事を聞いた宮野さんが、相手の目を見ながら意味深に頷いた。
警備の女性も、それに意味深な頷きで返した。
「話は長官から伺っています。
後ろのお二人が……?」
「ええ」
そんな曖昧な話をしていると、スキャン装置を監視していた警備の女性が何やらコンソールを操作し始めた。
数秒ほどすると、監視カメラに着いていた赤いランプが一斉に消えた。
宮野さんと話していた警備の女性が、道を譲る。
「お通りください。
監視映像は、私達の方で編集しておきますので」
「ありがとう」
宮野さんの先導で、ママンと一緒に探知ゲートを潜る。
もちろん、「ビビィー!」とは鳴らなかった。
なんだろう……。
この一連のやり取り、なんかスゴくスパイっぽい……。
まぁ、警護員には警護員のプロトコルがあるだろうから、俺が余計な口出しをしても良いことはない。
ぼく子供だからよく分かんなーい。
建物の中に入ってみると、より病院感が強くなった。
内装がまんま病院だし、行き交う職員の半分は白衣を着ている。
まぁ、東さんから事前に「男健庁にある専門の医療施設に行く」って聞いてるから、驚きはない。
ママンに抱っこされたまま、吹き抜けを迂回。
建物の壁に沿って、目立たないようにエレベーターホールに向かう。
スゴいコソコソしてる感じ……。
エレベーターホールにたどり着くと、そのままエレベーターに乗った。
行き先は、16階。
果たして、16階には何があるのやら。
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