第38話 偶然か、必然か、


〈憲ちゃんも、将来は弁護士先生だもんね〜〉

〈けんじくんのパパってべんごしなんでしょー?すごいひとってママいってたー〉

〈あらあら上島先生の息子さん?きっと立派に育つんでしょうねぇ〉

〈上島先生のお兄さんはお医者様なんでしょ?やっぱり先生の血筋はすごいですねぇ〉


 

「じいちゃん、おれ、べつにべんごしになりたくない」

「そうか」

「みんなおれにべんごしのはなししかしない」

「弁護士なんてたいしたことないのになぁ?」

「そうなの?」

「そうだよ、だから憲司はやりたいことをやりなさい」

「…わかった」



〈けんちゃん、なんでしょうらいのゆめ、さらりーまんなの?〉

〈だってなんか、なまえがかっこいいじゃん!〉


〈おばあちゃんが亡くなった。今からお別れに行こうね〉



「じいちゃん、だいじょうぶ?」

「…んー?心配してくれてるのか」

「ばあちゃんしんでさみしいね」

「そうだなぁ、もうゆっくりしたいなぁ」



〈お父さん仕事も辞めちゃって家で一人で大丈夫かしら?〉

〈母さん死んでそうとう弱ってるからな〉

〈心配ねぇ、もう半年たつのに〉


〈憲司ー?プールの帰りにおじいちゃんとこよってこうね〉

〈やったー!にいちゃんは?〉

〈お兄ちゃんは学校行ってから塾よー〉

〈ふぅん〉



「あれー?じいちゃん、げんきになったー?」

「ふふっ、わかるか?」

「なんかいいことあった?」

「あったあった」

「いいなぁ。おれはにいちゃんがまたじゅくであそんでくれない。つまんない」

「お兄ちゃん忙しいからなぁ。でも夏休みは一緒に来れるだろ?」

「うん!」

「楽しみにしてるよ」



〈憲司くんのお兄ちゃん優秀よねぇ、もうお受験にも備えてらっしゃるみたいよ〉


〈けんじくんのおにいちゃんやさしいしかっこいいよね!あたまもいいっていってた!〉


〈憲司はどうしてそんなに落ち着きがないの!お兄ちゃんを見習いなさい!〉


〈にいちゃんなつやすみはいっしょにじいちゃんちいくっていってたじゃん!〉

〈ごめんな憲司。でも夏期講習もあるしじいちゃん家はまた今度一緒に行こうな?〉

〈……うそつきー!!〉

〈ほら、憲司の好きなお菓子あげるから。そんな怒るなって〉



「にいちゃんにうそつかれた」

「ははっ、残念だったなぁ。憲司はお兄ちゃん大好きだなぁ」

「…うん。じいちゃんもすきだよ」

「じいちゃんも憲司が大好きだよ」

「でもいちばんすきなのは———」

「ふふっ、そうかぁ。よし、皆んなでパフェ食べに行こうか」

「やったぁ!」



〈憲司、宿題やったの?〉

〈いいよじいちゃん家でやるから〉

〈そんなこと言ってあんたパフェ食べにいくだけじゃない!〉

〈やるって言ってんじゃん!〉

〈ほんっとにあんたは!お兄ちゃん見習いなさい!〉

〈……クソババァ!!〉

〈どこで覚えたのそんな汚い言葉!!…こら!憲司!!〉



「お母さんはにいちゃん見習えばっかだよ」

「で?宿題はやったのか?」

「…うぅっ、今からやるよ」

「憲司もあっというまに小学校卒業だなぁ」

「中学受験なんかしたくないよ」

「まぁ、とにかく頑張ってみなさい。将来何になるにしても勉強はしておいたほうがいい」

「…ねぇ、今日は———いないの?」

「んー、もうそろそろ来るんじゃないか?」



〈憲司、お前大学俺んとこにしなかったって?〉

〈あー、だって兄貴とどうせ比べられるし〉

〈まぁ、お前が行きたいとこ行けよ。まだ高二なんだから〉

〈…兄貴はさ、弁護士になりたいの?〉

〈どうかな、別になりたくないわけではないからな〉

〈俺はなりたくねぇ〉

〈ははっ、昔から言ってるなお前は。まぁ俺が父さんの跡を継ぐからお前は気にすんな〉

〈……兄貴はすごいな〉

〈何もすごくないだろ〉



「じいちゃん、最近元気ないけどどうした?」

「最近———が来なくなったんだ」

「……え?……だれそれ?」

「……憲司……お前」

「え、なに?どうしかの?」



〈最近またお父さんの調子よくないみたいなのよ〉

〈あんなに元気だったのにどうしたんだろうなぁ〉

〈認知症進行するようだったら施設入ってもらわないと〉

〈そうなったらあそこはマンションにするか〉



「なぁ、じいちゃん。この家取り壊してマンションにするって聞いた?」

「あぁ、聞いたよ。前から私がこの家離れたらそうする予定だったんだよ」

「施設入るの?」

「80歳まではここで待ってるよ。ふふっ、まぁ死んでなきゃな」

「え、誰か待ってんの?」

「…あぁ、ずっと待ってるよ」

「ふぅん。…うわ、最悪だ。雨降ってきた」

「………雨はね、心の涙なんだ。

泣きたくても泣けない人の代わりに泣いてくれているんだよ」

「…じいちゃん、泣きたいの?」

「ふふっ、あの子と出会ったのもこんな雨の日だったな」



〈憲司ー!久しぶり!兄貴やっぱり弁護士やってんだってな!〉

〈おー、久しぶり!そうそう〉

〈でもお前の夢は「サラリーマン」だったろ!〉

〈ははっ、よく覚えてんなぁ〉

〈はえーなもう成人式かよー大人になりたくねぇー〉

〈それなぁー〉



「じいちゃん、調子どう?」

「んー、来年には大人しく施設に入ることにしたよ」

「遊びに行くよ」

「なぁ憲司、ここを取り壊してマンション建てたら、この家の2階のベランダ辺りの位置にある部屋にお前が住んでくれ」

「…ん?どういうこと?」

「まぁ2階になるだろうな、2階のあの位置にくる部屋に住め」

「…んー、まぁよくわかんないけどわかった」

「頼んだぞ」



 夢を見た。懐かしい昔の夢。

 6歳から20歳くらいまでの断片的な、じいちゃんとの懐かしい夢だった気がする。


 俺はじいちゃんが大好きだった。

 昔からじいちゃん家によく遊びに行って、パフェを食べて…。

 ———あれ?あのパフェってどこで食べてたんだっけ?

 

 結局、この部屋に住んで欲しい理由も、俺は知らないままだった。

 あの時、どうしてあんなお願いを俺にしたのだろうか。

 

 なんだか不思議な夢だった。

 夢だからなのか、記憶が曖昧だからなのか。

 ……何か、色々と俺は忘れてしまっているような気がした。

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