第18話 二人でお風呂⁉

 そして時間はあっという間に過ぎ、外はすっかり暗くなった。


 久しぶりの母の手料理はとても美味しかった。このかは、こんな味付けだったなぁと感心しながら今晩のおかずのチンジャオロースを口に運ぶ。


「へぇ~。将来の夢が立派だねぇ!」

「いえいえ。そんな大層なことではありませんよ……」


 栞奈かんな晴香はるかは食事をしながら談笑しているのを見て、自分もコミュ障じゃなければ会話をしながら食事を楽しんでいたはず無なのに……と自身の性格を自虐する。


 そんな二人の邪魔にならぬよう、このかはそのまま浴室へ直行ちょっこうした。


「ふへぇ〜……。癒されるぅ〜……」


 浴室は自身の部屋と同様、一人でくつろげる場所だ。ゆっくりと時間が流れ、そして癒やされ、嫌な現実をも忘れてくれる。


「やっぱり一人の方が楽になれる……。他人を招くと、こんなにも疲れるのは想像をはるかに超えていたわ……」


 慣れていないこともあるが、このかは遊ぶだけでここまで疲労が蓄積するとは思わなかったようだ。


 湯船に長時間浸かると、微睡まどろみに襲われる。


 ゆっくりゆっくりと、まぶたを閉じ、眠りのそのへと導かれていく――その時だった。


「うわぁっ!!」


 唐突にドアが開く音が耳に入り、眠気を襲うこのかを覚醒させる。


 ドアを開けたのは全裸姿の栞奈だった。彼女もまた、このかの驚きの声に目を丸くする。


「び、びっくりしたのはこっちよ!あ、あなた、自分のお部屋に戻ったかと思ったら――」


 まさか、このかが浴室にいるとは思わず、栞奈は壁際を向く彼女に言葉をぶつけながら混乱する。


「こっこちらもびっくりしました……。まっまさか、生徒会長がお風呂に入るとは思いもしなくて――」


 このかは腕をクロスしながら胸の辺りを隠し、予想外の展開に戸惑う。


 「……わっ私、これから上がりますので、生徒会長はゆっくり――」


 そう言ってからこのかは浴槽から身体からだを出し、洗面所まで早歩きで出て行く。


 どうしてこんなことが起きてしまったのか、このかは理解不能と言わんばかりにかぶりを振る。さっさと濡れた身体を拭き、そのバスタオルを全身に巻き、もう一枚のタオルで髪を包み、そのまま部屋へ向かう。


「うわぁっ!?」


 洗面所のドアを開けたその時、眼前に晴香が現れ、このかは尻餅をつく。


「このか、私がお母さんがいない間にお風呂の時間が随分と短くなったわねぇ〜?」


 晴香の顔は笑顔になっている。しかし感情的には若干怒っている。


 まとわりつくダーク系オーラにより、このかをより萎縮させる。


「おっお母さん。さっ最近はお風呂キャンセル界隈なるものが私たちの世代で流行していて――」


 この窮地から脱するべく、このかはネットで得たブームを引用しながら言い訳をする。


「そんなブーム、このかが知っても私は知らないわ?そんな上面うわづらの理由でお風呂から逃げちゃダメだよ?」


 流石は母の勘だ。娘の言い訳なんて通用しない。


「いっいや。そうは言われても――」


 このかが更に言い訳をしようとした刹那、我が母がどうしてそこまで無理くりにお風呂に入れようとしているのか理解した。それは脳内に電流が流れるかのようにビビビと。


 まず思い出したのは、このかの部屋で放った晴香の質問だ。


(ひょっとしてこのか、あなたもしかして、栞奈ちゃんのことが――)


 圧の強い晴香に困惑する栞奈を助けようと晴香の間に入って注意をした。その姿が彼女には、まるで彼女のプライバシーをまもろうとする彼氏のように見えた。


 それに何かを感じ取った晴香は、栞奈と一緒に入浴をして、より一層『カップル』として仲を深めようと画策しているとこのかは推察した。


「おっお母さん。わっ私と生徒会長はあっあくまで生徒同士の関係……というよりかは、天高あまこうの中でもいただきに立つ生徒と天高の中でも庶民のたぐいに入って、とりわけド底辺な生徒という関係であって――」


 晴香の画策にピースを当てはめたこのかは、栞奈との関係性をみじん切りのように細かく説明する。


「……えっ?生まれてから今日こんにちに至るまですくすくと育てたお母さんの前で、娘がそんなショッキングなことを言うのぉ〜?庶民つド底辺だってぇ~……?」


 説明の最後に余計な言葉を入れたことにより、このかは晴香の怒りを買ってしまったようだ。


「あっその、あの、はい……」


 降参したこのかは、素直に頭と身体を巻いていたバスタオルを剥がし、そのまま浴室へと向かうのであった。


 ◯「あら?何故戻ってきたの?湯冷めしちゃったの?」

「えっ?あっはい……」


 栞奈の質問に対して、このかは一瞬迷いを見せたものの肯定する。


 栞奈は今、頭髪をゴシゴシと洗っている最中さいちゅうだ。シャンプーによって山のように泡立てているそれは、白いアフロヘアーのカツラを被っているみたいだ。


(ふぅ~……。いいタイミングで戻ってきて良かったわ。感謝申し上げるわ。もし違うタイミングで讃井さぬいさんが戻ってきたら、彼女の美しきボディーを直視してしまうところだったわ……)


 洗髪中のタイミングで戻ってきたことに、栞奈は心の中でこのかに感謝する。同性にもかかわらず、どうしてそこまで緊張する必要があるのかは自身も分からないが、とりあえず安堵あんどする。


「あっ頭を洗っているのですね。わっ私が流しますよ」

「い、いいわよ!わたくしは園児じゃないから自分で流すわよ!」

「いっいえ。これもお客様に対するおもてなしの一環ですので……」


 そう言ってからこのかは、プラスチック製の淡い緑色の洗面器に浴槽のお湯を入れ、それを栞奈の頭上に勢いよくかける。


(うへぇ~……。結局こういう時がやって来たのね……)


 頭髪に付いているシャンプーを全て洗い流し、ゆっくりとまぶたを開ける。


「……あら?」


 しかし背後にこのかの姿はなく、栞奈は幻聴だったのかと目を丸くする。


「あら?」


 左右見渡すと、既にこのか湯船に浸かっていた。それも顔の下半分まで。


「やっぱり湯冷めしていたのね?」

「あっいや。そういう意味で入ったわけじゃありませんので……」


 このかが晴香と小競り合いしている最中に全身を洗った栞奈は、細い脚から入浴する。


「わ!わ!わ!一緒に入ると狭いですよ!やっぱり私上がりますよ!」

「いいわよ。こういうのは今日が最初で最後になるかもしれないから……」


 躊躇ちゅうちょなく眼前に入浴する栞奈に、このかはあたふたしてしまう。それでも栞奈は、未来永劫こうして二人きりでの入浴は経験しないだろうと予測し、このままこのかと一緒に入浴する。湯船が乳白色の濁りでこのかの身体が見えないことに安心感を与えたのだろう。


「……………………」

「……………………」


 こんなお望みでないイベントが発生したものだから、双方は沈黙したままだ。浴室内は換気扇を回す音しか響かない。


「あの、讃井さんはいつもこうしてお風呂に入っている時はどんなことを考えているの?」

「えっ?」


 沈黙の時間に耐えられなくなった栞奈の質問に、このかは腑抜けた返事をする。


「あっあんまり面白くないですよ。いつまで学校に通わなきゃいけないとか、テスト期間だけ時間が二倍速できないかなとか、どうやったらこんな陰キャコミュ障を除去できるかなとか」

「面白い面白くないの次元を超えているわね……」


 このかの出てくるエピソードの全てが根暗しかなく、栞奈は困惑する。


「あっでっでも、ネガティブばかりじゃありませんよ。毎クールの最終月になりますと、新作アニメの選別やスケジュールを考えたりしますし、ラノベや漫画の新刊の発売日が近づくとワクワクします!オタクたるもの、そうした時間を有意義にできるのも入浴の醍醐味です!」


 このかが入浴時間でもオタクの精神を忘れていないことに、栞奈は微笑びしょうを浮かべる。


○「……そうね。それはわたくしも同じよ。次のクールのアニメは一体どんなのをやるのか、恋愛ものはどれくらいやるのか、どうしてもまだ読んでいる途中のラノベや漫画の続きはどうなっているのだろうとつい考えに更けちゃうのよねぇ。そう考えると、あなたと同じなんだと共感したわ」


 栞奈が湯気で何も見えない天井を見上げながら、このかとの共通点を多く見つけたことに心から喜びを覚えた。


「そっそうですか。私も同じ考えを持つ方に会えて大変嬉しいです……」


 このかは栞奈と同じような行動をしているのかと思い、乳白色のお湯を見つめる。しかしそんな感情を見せることが苦手なこのかは、顔には出さずに心の中で出すしかなかった。


「あっあの、生徒会長」

「んっ?」


 このかに唐突に呼びかけられ、栞奈は軽く返事して彼女の顔を見る。


「こっこれ、大変失礼な質問になってしまいますが、どうやったら生徒会長のようなスタイルを維持できるのですか?」

「は、はいっ⁉」


 このかが乙女のような悩みをくのが予想外だったから、栞奈は思わず仰天する。


「な、何もしていないわ!食生活とかも気にしていないし、運動だって毎朝のジョギング程度で――」

「そっそう発言する方ほど何かストイックなことをしているってSNSで書いていましたよ!」


 栞奈が真っ向から否定しているが、このかの追及は止まらない。


「ちょ、ちょっと!どこを触っているのよ⁉び、微妙にくすぐったいから――」


 許可なく両脇腹を撫でるこのかに、栞奈はくすぐりに耐える。


「や、やめなさいよ!は、はっきり言いたくないけど、わたくしそこが――えっ?」


 栞奈が撫でるのをやめるよう両腕を突き出したが、マシュマロのようなやわい感触を覚える。


「せ、生徒会長~。わ、私の胸を掴んでいますが――」

「……ヴォフ!」


 腕の先がこのかの胸だと理解した瞬間、栞奈の頭が爆発し、しおれるように湯船に沈んだ。


「せ、生徒会長――――――――っ!」


 気絶した栞奈の耳に届くことなんてなかった。鼻血を出しているのか、真っ白だったお湯が、栞奈が沈む辺りのみが赤く染まっていった。

(続く)

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