第3話 佐藤の部屋
飾り気のない重厚な扉。その中で執務に励んでいると扉がノックされた。
この部屋に来客は珍しくはない。
これでも重鎮の1人なのだから。
「プルトーです。少しよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
扉が開かれるとプルトーが姿を現す。
部屋の中はどこか薄暗く中央にこれもまた重厚な机が置かれていた。
そこにウェーブのかかった黒髪を肩で切り揃えた妖艶な雰囲気を漂わす女が1人。
「珍しいわね。あなたがここに来るなんて。」
「はい、カロン部長。少しお耳に入れておきたい事が起きまして……」
プルトーがここに来る事は滅多にない。
何故なら本来であれば主任であるプルトーは課長へと報告するのだが諸事情により不在となっている。
なので部長であるカロンが直属としているのだが、プルトーはそれを良しとしていなかった。
なので余程の事でもない限りは来ないようにしているのだ。
それで成り立つのもプルトーの優秀さゆえでもある。
「何かな?」
「新人が担当した人間が死亡せずに生き残っています。」
「どういう事?」
どこか間延びした声を響かせる。
その声にプルトーは戦々恐々しながらも
「報告ではその男、死因は事故死ですが車と衝突しましたが死なず。逆にその車が大破し炎上、爆発しました。その爆発に巻き込まれても服を焼失したのみで生きてるそうです。」
「ふぅん……。余程の強運の持ち主なのかな?それで?死亡確定時刻を経過しているって事よね?」
「はい……」
「その場合の対処は?」
「規定では死神の手で抹殺する事となってます。」
「よろしい。分かっているならそうしなさい。それでその新人は?」
「現在、その男を運命に従わせる為に殺害に向かっています。」
「そう……」
その報告に女は目を細めプルトーを眺める。
プルトーはその瞳に不気味な物を感じ
「報告は以上です。」
早く切り上げようと考えた。
「プルトー君……」
いつも思うけど無駄に格好良いわよね。端正な顔立ちに引き締まった肉体。
声も渋くて良い感じ。
「あの、何か?」
「ああ、いえ、その新人……任せて大丈夫なのかしら?」
「それは……今回の結果次第ではフォローするようにします。」
「そう……。また結果が分かり次第、いえ、何かが起こる度に報告に来て頂戴。」
「はい。分かりました。それでは失礼します!」
プルトーは部屋を出ると一気に汗が吹き出した。
我が上司ながら恐ろしい。流石は魔学を極めし1人“香りのカロン”。
あの瞳に見つめられた時には生きた心地がしなかった。
しかもこの件に興味を持ったのか逐一報告に来るように言われてしまった。
「早く解決させないともし逆鱗に触れてしまったら……」
カロンによって人格を変えられた人物を実際に見た事がある。
人としての尊厳などまるで無い。
もしあの力が自分に降りかかったら……
想像するだけで恐ろしい。
いっそ新人には荷が重いとして担当を変わるか?
いや、それでは新人の教育に良くない。なるべくミスティに解決させた方が良いに決まっている。
「くそっ!頼むぞミスティ。上手くいっててくれよ。」
ーーーーーーーーーー
「さて、困ったぞ……」
部屋の中には不思議な力を持つが重度な中二病だろう少女が泣いている。
ちなみにだがこの部屋に入る事を許可した覚えは無い。だからと言ってこの状況はすこぶる居心地が悪い。
もし誰かに見られでもすれば事案ものだろう。
この事態を解決するには
①この少女を持ち上げて外に放り出す。
②殴って黙らせる。
③泣き止むのを待つ。
まず①。これをやった日には近所から通報されるだろう。なので却下だ。
次に②。これは人としてどうなんだ?と思うので却下。
そして③。何の解決にもならないがこれしかないのか?いったい何時になれば泣き止む?
「あ!そうだ!ほら!タイヤキ!お土産にくれたタイヤキを食べよう。な?」
「タイヤキ……」
「そう、タイヤキだ。」
駄目か?
「……食べるぅ……けど、緑茶がいぃ。」
小さな声でそう言うミスティに
「緑茶か?緑茶だな。分かった。淹れよう。淹れような。」
幸いにも最近飲みたくなって買った緑茶がまだ残っている。
「熱ぅいやつ。」
「分かった。淹れるから泣き止んでくれ。」
「うぐぅ。」
「?何だ?うぐぅって?」
「知らないの!?」
「知らん。」
「タイヤキと言えば“うぐぅ”でしょ!」
「はあ?そうなのか?」
そう言いながらも佐藤はお茶を入れにキッチンへ向かい湯を沸かす。
「……まさか私の知識が古い?今はもっと違う何かが?まさかのジェネレーションギャップ?」
お湯が沸き佐藤が湯飲みを持ってやってくる。それを見てミスティは
「……ティーバッグ……」
「良いだろ別に。男の1人暮らしに急須なんて無いんだよ。」
「仕方ないわね。妥協してあげる。」
「そりゃどうも。」
佐藤がタイヤキをミスティに渡すとミスティはタイヤキの頭を可愛くチョコッとかじり
「うぐぅ。」
と言った。
ぬ、可愛い……いや、駄目だ。駄目。そもそも!
「そうだ!結局お前は何なんだ?」
「……ちょ、ちょっとモグモグ……待ってモグモグ」
口の中には大した量は入ってない筈だがしっかりと咀嚼しゴックンしてから
「さっきも言ったけど死神よ。佐藤英吉、あなたの魂を死界へと導く為に来たのがこのミスティ=ハートちゃんなのだ!」
そう言ってミスティは手を腰に当てエッヘンとしてみせる。
と胸が強調され佐藤は
デッ!?でっか!幼い感じだから気にしてなかったけど、意外と
「なのにあなたときたら……私の初仕事だというのに死なないどころか怪我もしない。魔法も効かないみたいだし……」
「魔法?魔法ってさっきの息が出来なくなったやつか?」
「そうよ。あれであなたを窒息死させるつもりだったのに……」
物騒な事を平気で言うなこの子。
「ともかく!だ。俺はまだ死にたくないし死ぬ気も無い。だから諦めてくれ。」
「そうはイカナイのよぅ……」
「何故だ?」
「あなたが生きている事で未来にどんな影響が出るか分からないの。“死ぬ筈の人が生きてる”のよ?それが原因で他の誰かが死ぬ可能性もあるし、世界が滅びる可能性だって……」
「そんな大げさな。」
「大げさなんかじゃないわ。こうしている間にも未来は変わっている。」
「まるで未来を知っているみたいに言うな。」
「知っている訳じゃない。けど、仕事柄少し先の未来、何処の誰がどうやって死ぬ。なんて事は知る事があるわ。」
「その言い方だと未来は決まっているように聞こえるが?」
「決まっているわ。誰もが決まった未来へ進むレールの上で生きてる。あなたが例外なの!」
「いや、そう言われてな?」
この子の言う事をどこまで信じれば良いんだ?確かに不思議な力を持っているし嘘をついているようには思えない。
「あなたのせいで他の人まで運命のレールから外れる事になるのよ!レールから外れて死んだ魂は最悪よ?死神が迎えに来ないから。」
「それってどうなるんだ?幽霊とか?」
「それもあり得るけど、悪魔の
「悪魔の
「永久に続く攻め苦で力を奪われ、その後は悪魔の愉悦の為の玩具となるの。運良く助けられてもそうなった魂は輪廻には戻れない。消滅をもって救いとするしかない。」
「そうなのか……。」
「と言っても今を生きてるあなたには現実味のない話しよね?今日はいったん引き上げるわ。……けど、必ずあなたを運命のレールに戻してみせる。」
そう言うとミスティは手に持ったタイヤキを一気に頬張りお茶を口に流しこんだ。
「!?×☆§」
ミスティが急に顔を真っ赤にし声にならない叫びをあげる。
「え!?何?何?どうした?」
「み!みず!水ぅ!」
その声に慌てて最初に出したコップに残ったままのお茶を差し出すとミスティは奪い去るように手に取り一気に飲み干した。
「っ!くぁ!あ~、熱かったぁ……」
舌を出しながら涙目のミスティ
「あー……」
熱いお茶を要求したのは彼女だ。それを一気に煽ったのだ。もう冷めてるとでも思ったのだろうか?
怪訝な目で見られている事に気付いたミスティは
「何よ!」
と言い頬を膨らます。
「あ~、まあ、何だ?とりあえずゆっくり食べたら?」
まだ半分以上残っているタイヤキを指差してそう提案してみる。
ミスティは佐藤とタイヤキを交互に見つめ
「うん……そうする。」
ちょこんと座り直しタイヤキを口にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます