第三六話 何とも寒い世界です
フィオナが連れ去られた直後、俺たちは焦燥感を抑えながらも、わずかな手がかりを頼りに彼女の行方を探し始めた。
一刻の猶予もない。
だが、焦るばかりでは何も掴めない。
「……くそっ! 一体どこに連れて行かれたんだ!」
周囲の風景も眼に入らない。
時折、反対側からやってくる馬車と擦れ違うために左側に寄る。
関係無いが、旧街道は馬車の利便優先で本来右側通行だったらしいのだが、俺の一方的なわがままで左側通行にしている。
ゴーレム馬車の中で、俺は拳を握りしめ、歯を食いしばる。
目の前で連れ去られたというのに、何もできなかった。
カインは重傷で戦線離脱し、アニスとリリスも後方からの追跡。
先陣を切れるのは、俺とアリシアだけ。
このままじゃ、取り戻す前にフィオナが……!
「落ち着きなさい、アルヴィン君」
隣でアリシアが静かに言う。
「落ち着いてる場合か!」と叫びかけたが、すんでのところで飲み込んだ。
今、怒りに任せても時間の無駄だ。
何より、アリシアの表情はいつもの余裕を含んだものではなく、真剣そのものだった。
少しだけ冷静になった俺は、大きく呼吸をする。
「フィオナの痕跡を追えるか?」
再度深呼吸し、冷静に問いかける。
「ええ……」
アリシアは目を閉じ、俺と同じようにゆっくりと深呼吸すると、両手を広げると起動呪文を唱えた。
──瞬間、紫の魔法陣が淡く輝き、そこから細い光の筋が伸びていく。
「……これは?」
思わず俺は息をのむ。
光はまるでフィオナの痕跡を示すかのように、道の奥へと続いていた。
「
アリシアが静かに言う。
「フィオナの……魔力?」
俺が問いかけると、アリシアは頷いた。
「血の儀式には、対象の魂を縛るための魔術が使われるの。
フィオナは今、意識を失いかけてるけど……完全に取り込まれたわけじゃない。
だから、まだ彼女の魔力の残滓を追うことができるのよ」
「つまり……まだ間に合うってことだな?」
血の儀式って紅い教団以外でも使われているのだろうか、と後でアリシアに教えて貰おうと思いながら問い掛ける。
「ええ。でも急がないと」
アリシアの表情が険しくなる。
「魔力が完全に封じられたら、もう追跡は不可能になる。儀式が完了する前に見つけ出さなきゃ」
「……くそっ、時間が……無い」
俺は手綱を握り直し、前を見据える。
「となれば、迷ってる暇はないな!」
フィオナは俺たちが助ける──その一点だけは、絶対に揺るがない。
俺はゴーレム馬車の速度をさらに上げた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
風を切る音。
肌を刺すような冷たい夜風が、猛スピードで駆ける俺たちの身体を撫でる。
ゴーレム馬車の振動が激しくなる。
整備された石畳を蹴り、やがて固められた土の道へ。
そこを駆け抜けたかと思えば、石橋の上を叩く車輪の音が高く響いた。
夜の闇を裂くように、俺たちはただ前へと突き進む。
──時間はない。
だが、諦める気はさらさらない!
フィオナを取り戻すために、ただ前だけを見据え、俺たちは疾走する。
やがて視界が開け、街の明かりが遠くに瞬いた。
主都への道だ。
道端の樹々が次々と後方へと流れ、風に揺れる樹木の木漏れ日がゴーレム馬車の影をぼんやりと映し出す。
遠ざかる森の黒いシルエット。
代わりに、主都へと続く街道沿いに並ぶ商人たちの荷車や宿場町が視界に入り始める。
「……このまま街に入るぞ!」
俺が叫ぶと、アリシアが前方を鋭く見据える。
「街の中に紛れ込んでいる可能性が高いわ。気を抜かないで!」
「わかってる!」
次第に街道は賑わいを見せ、馬車の行き交う音、遠くの酒場から漏れ出す笑い声が耳に入ってくる。
だが、俺たちはそんな喧騒に構っている暇はない。
──フィオナを助けるために、俺たちは主都の中へと突き進んでいった。主都はいわゆる城塞都市だが、その周りに何層にも住宅が出来ており、城下町を形成している。西洋の城と日本の城下町の折衷みたいな構造となっている。
そのため、外周部には特に門が無く、出入りは自由だ。
因みに何度か行っている近衛騎士団は王宮に近い場所なので、城塞の中にある。
逆に黄色い塔含む魔法の塔は、城壁のすぐ内側に魔方陣を描くように設けられ、魔力的な防御力を高めている。
そんな中、魔法による光の筋は、最初は街の中央へと向かっていたが、やがて方向を変え、城壁の外側へと伸びていく。
それに伴い、街の様相も次第に変わっていった。
石畳が崩れかけ、排水の溝からは異臭が漂う。
賑やかな市場や整然とした商業区から離れるにつれ、建物は老朽化し、壁のひび割れが目立ち始めた。
窓ガラスの割れた家々、朽ち果てた屋根、道端には疲れ果てた人々が身を寄せ合う。
──そう。ここは、スラム街。
街の喧騒とは異質な、どこか沈んだ空気が漂っていた。
通りに立つ人々の視線が、獲物を狙うように俺たちの馬車をじっと見つめる。
「……ガラが悪くなってきたな」
思わず低く呟く。
「当然よ。この辺りは衛兵の巡回すらまともに回ってこない場所だもの」
アリシアが眉をひそめながら、魔力の筋が示す方向を指し示した。
「でも……おかしいわね。ここまで目立つ連中が通った形跡がないわ」
「裏道を使ったんだろうな。もしくは、ここの住人が口を割らないか……」
どちらにせよ、俺たちは急がなければならない。
──しかし、進めば進むほど道は狭くなり、次第に崩れた建物や放置された荷車が道を塞ぐようになった。
ついには、これ以上ゴーレム馬車が通れない地点へと行き着いてしまう。
「チッ……ここまでか」
俺は渋々ゴーレム馬車を止めると、歯噛みした。
今までは馬車の速度を活かして追跡できたが、ここからは徒歩で進むしかない。
──その時、背後から馬の蹄の音が迫る。
「おーい、遅れた!」
「すぐに追いつくつもりだったけど、随分と入り組んでたわね!」
振り返ると、馬を駆ってきたアニスとリリスが合流した。
だが、ここから先は馬で進むのは不可能だ。
「仕方ないわね……」
どうしようかと悩んでいる隙も無く、リリスが起動呪文を唱えながら杖を掲げ、杖を振り下ろしながら軽く詠唱する。同時に淡い魔力の障壁が馬とゴーレム馬車を包み込む。
「しばらくはこれで大丈夫でしょう」
「助かる。じゃあ、歩きで行くしかねぇな」
俺たちはすぐさま、アリシアの手から伸びる淡い光の筋を頼りに駆け出した。
スラムの奥へ、さらに奥へ──。
整備された街並みから離れるにつれ、周囲の雰囲気が変わる。
路地裏にはぼろ布をまとった浮浪者、道端には正体不明の液体が染み込んだ木箱が転がっている。
壁の隙間からは、好奇と警戒が入り混じった視線がこちらを覗いていた。
「……相変わらず、嫌な雰囲気ね」
アリシアが小さく息を吐く。
そして、そんな場所では──
「おい、お兄さん方、ちょっといい話があるんだが?」
……こういう連中が出てくるわけだ。
路地の影から、数人のちんぴらがニヤつきながら近づいてくる。
「おっと、お嬢さんもご一緒とはねぇ。こんなところで迷子かい?」
「……うんざり」
アリシアが静かに呟き、俺は思わず頷いた。
「悪いが、急いでるんだ。道を開けろ」
「まあまあ、そんな冷たくするなって。ちょっとだけ、立ち話しようぜ?」
「お前らと話すことなんてない」
「おいおい、それはひどいなぁ……」
ちんぴらの一人がにやつきながら近寄ってくる。
その瞬間──
ゴッ!
俺の多節棍が横から鳩尾にめり込んだ。
「ぐえっ……!?」
「はい、邪魔」
呻きながら崩れ落ちるちんぴら。
「お、おい……!」
残った連中が慌てて構えを取るが、アリシアが一歩前に出て微笑む。
「……やめといたほうがいいわよ?」
その指先に、淡い魔力の光が集まり始める。
「ひぃっ!? あ、あんたら、一体……」
「ほら、時間の無駄。どきなさい」
「……っ!」
俺たちのただならぬ空気を察したのか、ちんぴらたちは舌打ちしながら退いていった。
「チッ、運が悪かったな……」
「二度と会わねぇことを祈るぜ……」
彼らが路地裏へ消えるのを見届けると、俺はため息をついた。
「……本当に、無駄な時間だったな」
「まったくね」
アリシアが肩をすくめる。
だが、俺たちはすでに気を取り直していた。
フィオナを取り戻すために。
俺たちは、さらにスラムの奥へと進んでいく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
──そして、ついに。
「この先にいるはずよ!」
アリシアが足を止めたのは、朽ち果てた廃屋の前だった。
他の建物と同じく老朽化が進んでいるが、ただ一つ違うのは……異様な静けさ。
スラムに入ってからというもの、どこかしらで聞こえていた喧騒が、この場所だけは不自然なほどに途絶えていた。
「……どうする?」
俺が振り返ると、アニスが即答する。
「決まってるだろ。突入だ!」
俺は頷き、勢いよく扉を蹴り破った。
──紅い教団の礼拝堂、その扉を。
「フィオナ!!」
礼拝堂の中央、古びた祭壇の上。
そこに横たわるのは、意識を失ったままのフィオナ。
薄暗い灯火に照らされ、彼女の白い肌に刻まれた深紅の紋様が浮かび上がる。
胸元だけではない──首筋、腕、脚、そして恐らく背中にまで、その紋様は儀式の刻印として焼き付けられていた。
これは、紅い教団が「悪魔の依り代」として定めた証。
そして、その儀式が今まさに最終段階に入ろうとしていることを意味していた。
──フィオナの小さな体がびくりと震えた。
次の瞬間、黒い法衣に身を包んだ祭司が、低く荘厳な声で宣言する。
「──悪しき紛い物の魂よ、今ここに降臨せよ」
信者たちは一斉に膝をつき、両手を掲げながら祈りの言葉を唱え始める。
「偽りの神よ、贄となりて滅びの礎となれ……」
「女神を称す悪魔の戯れを打ち砕き、真なる勝利を捧げん……」
恍惚とした表情で、まるでその瞬間を待ち望んでいたかのように。
「いざ、箱舟へ!」
「「「箱舟へ! 」」」
この場にいる誰もが、フィオナが犠牲となることに疑いの余地すら持っていなかった。
「……フィオナ……!」
俺は歯を食いしばり、拳を握ると大声で怒鳴った。
「残念だったな」
冷静な声が響く。
視線を向けると、アランが祭壇の横で静かにこちらを見下ろしていた。
彼の表情には、感情の揺らぎはない。
まるで、この結末が当然であるかのように。
フィオナの意識は完全に落ちている。
このままでは、儀式は止められない。
「……っ! くそっ!」
俺は多節棍を構え、一気に敵陣へと突っ込もうとする。
だが──
「時間稼ぎは頼んだぞ」
アランが軽く手を上げた瞬間、十数人の紅い教団の戦闘員が一斉に前に出た。
彼らの目には、迷いも恐れもない。
そこにあるのは、ただ一つ。
狂信的な覚悟。
「ここは通さぬ」
無表情のまま、戦闘員たちは武器を構えた。
「……チッ……!」
俺たちは即座に迎撃態勢を取る。
だが、一歩でも前に出ようとすると、彼らは一斉に襲いかかってきた。
まるで、自分の命などどうでもいいと言わんばかりに。
「っ……なんて奴らだ!」
アニスが剣を振るい、一人を斬り伏せる。
だが、その背後からさらに二人が飛び込み、アニスを押し潰さんと襲いかかる。
「……こっちも手加減してる場合じゃないわね!」
リリスが瞬時に詠唱し、爆裂魔法を放つ。
轟音と共に吹き飛ばされた戦闘員たち。
しかし、驚くべきことに──
「……クク、神のためならば……!」
血まみれになりながら、それでも彼らは立ち上がろうとする。
彼らは恐怖を感じていない。
ただ、紅い教団の教義に従い、己の命を捧げることを誇りとしている。
その間に、アランはフィオナを抱え上げると、側近たちと共に裏口へと消えていった。
「待てっ!!」
俺は叫ぶが、狂信者たちが壁となって立ち塞がる。
「ここは通さぬ!」
彼らは次々と武器を振るい、捨て身の覚悟で俺たちの進路を塞ぐ。
「っ……!」
どれだけ倒しても、どれだけ吹き飛ばしても、次から次へと新たな戦闘員が現れる。
彼らの目的は明確だ。
俺たちを足止めし、フィオナを儀式の場へ運ぶ時間を稼ぐこと。
このままでは、間に合わない──!!
「くそっ……!」
俺たちは必死に前へ進もうとするが、紅い教団の戦闘員たちは最後まで執拗に妨害し続けた。
まるで己の命すら顧みず、ただ時間を稼ぐことだけを目的としているかのように。
「どけぇぇぇ!!」
俺は多節棍を振りかざし、最後の一人を吹き飛ばす。
そして、ようやく礼拝堂の外に飛び出した──
だが、その瞬間。
「──遅かったな」
嘲るような声が響いた。
視線の先、闇に紛れるようにして馬車が走り去っていく。
御者台に立つのはアラン。
彼はちらりとこちらを見やると、皮肉げな笑みを浮かべ、静かに言った。
「儀式の時間だ」
その言葉を最後に、アランたちの馬車はスラム街の路地を抜け、消えていった。
「……行っちまったか」
俺は歯を食いしばり、拳を握る。
フィオナを乗せた馬車の姿は、もうどこにも見えなかった。
「追うわよ!」
アリシアが即座に叫ぶ。
「けど、どこへ?」
アニスが悔しげに拳を握る。
その時、リリスが何かに気づいた。
「……魔力の痕跡がある」
彼女は起動呪文と共に静かに杖を掲げ、魔力の流れを探る。
アリシアが使ったのとは異なる呪文だが、効果は似ているようだ。
礼拝堂から続く淡い魔力の軌跡が、一本の筋となって闇の中に浮かび上がった。
その向かう先は──湖。
「湖の方角よ」
俺たちは顔を見合わせた。
「箱舟……
湖……
まさか神の箱庭……!」
アリシアの言葉に、アニスが呟く。
「聞いたことがあるわ。
神の箱庭とは、本来次期主神が育まれている
でも、主神以外は悪魔と切り捨てる共和派、特に紅い教団だと意味合いが異なる。
つまり湖のほとりにある隠された祭壇こそが……」
アリシアが険しい表情を浮かべながら続ける。
「そう、紅い教団にとって、神の箱庭は“神聖なる封印の地”とされている場所。
過去、正統派との戦争の際に封じられた“何か”が眠っているとされているわ」
「まさか……そこが、儀式の最終目的地ってことか?」
俺の問いに、リリスが頷く。
「可能性は高いわね。
紅い教団は女神を“惑わす悪魔”とみなしている。
もし、儀式が神の箱庭で行われるなら……
フィオナは“悪しき神の依り代”として、完全に封じられることになるかもしれない」
「……くそっ、そんなこと、絶対にさせるか!」
アニスが剣を握りしめる。
「行くぞ!!」
迷っている暇はない。
俺たちは即座にゴーレム馬車と馬に飛び乗り、湖へと向かって駆け出した。
フィオナを救い出すために!
ゴーレム馬車は闇を裂くように疾走していた。
森を抜け、丘を越え、月明かりに照らされた湖へと向かって突き進む。
本来なら、この景色は美しいと思えただろう。
夜の湖畔は静かで、鏡のような水面に銀色の月光が揺らめく。
木々は風にそよぎ、時折、湖鳥の鳴き声が微かに響く。
──だが、今は。
焦りと苛立ちが頭を支配し、そんな風景など目に入ってこなかった。
「……落ち着きなさい、アルヴィン君」
助手席のアリシアが静かに言う。
いつもの軽口はなく、彼女自身も緊張を隠せていないのが伝わる。
「落ち着いてる暇なんかねぇよ……!」
俺は手綱を握りしめたまま、前を睨みつける。
「わかってる。でも、焦っても仕方ないわ」
アリシアは湖へと伸びる魔力の痕跡を追いながら、真剣な眼差しで続けた。
「ここから先は、ただ速く走るだけじゃダメ。
敵が待ち構えている可能性だってある」
「チッ……」
わかってる。
けど、それでもフィオナが今も苦しんでいると思うと、じっとしているのが耐えられなかった。
「もう少しよ……!」
アリシアが指を前方へ向ける。
視界の先、森が開けた先に、湖の静かな輝きが広がっていた。
水面に月光が揺らめき、静寂の中に不気味な気配が漂う。
湖のほとりに辿り着いた俺達は、静かに馬車を降りた。
先行していたアニスとリリスも既に馬車を降りている。
そして、警戒しながら湖のほとりを歩いて行くと、森が現れる。ただ、森というにはやや疎らだが、林と呼ぶには少し鬱葱とした感じだ。
ゴーレム馬車を駆る俺たちは、湖のほとりへとたどり着いた。
水面に月光が揺らめき、静寂の中に不気味な気配が漂う。
「……ここか」
アニスが剣を抜き、警戒する。
「間違いないわ。魔力の痕跡が、ここで途切れてる」
リリスが慎重に杖を構えながら進む。
俺たちは足音を殺し、森の奥へと進んでいく。
そして──
そこは、不意に異質な空間として姿を現した。
巨大な石柱が並び立つ、古びた円形の祭壇。
闇夜の静寂に包まれたその場所は、かつて神に捧げられた神聖な場所だったのか、あるいは封印の場だったのか──
今はただ、禍々しい気配だけが辺りを満たしていた。
「……ここが“神の箱庭”か」
俺は思わず息を呑んだ。
石柱は長い年月を経て風化し、苔がびっしりと張り付いている。
だが、それでもなお威圧的な存在感を放ち、まるでこの場が“今も生きている”かのような錯覚を抱かせた。
そんな祭壇の中央には、倒れ伏すフィオナの姿があった。
「……っ!」
俺は息を呑む。
フィオナの白い肌に浮かぶ、無数の刻印。
その全てが、薄い貫頭衣越しに淡く発光している。
儀式のために用意されたそれは、まるで生き物のように光の脈動を繰り返していた。
だが、それ以上に異様だったのは──この祭壇の構造だった。
「……待って。この祭壇、普通じゃないわ」
リリスが険しい顔で周囲を見回す。
俺も、改めて周囲に目を向けた。
祭壇は、まるでピラミッドのように何段にも階段状に積み上げられ、その頂点にフィオナが横たわっている。
まるで“最も目立つ場所”に彼女を晒しているかのように。
「……これって、もしかして……」
アニスが低く呟く。
「生贄を捧げるための舞台……ってことか?」
「……その通りよ」
アリシアが苦々しい表情で頷く。
「これは、いわゆる“供儀の祭壇”ね。
生け贄を天に捧げるために作られた、儀式用の構造よ」
「……そんなものが、本当に存在するなんてな」
正統派の宗教建築でも、こんな異様な形状の祭壇は見たことがない。
それほど、ここが“異端”の場であることを物語っていた。
「フィオナをこのまま放っておけば、儀式が完了してしまう……!」
アリシアが声を強める。
だが、近づくにつれ、胸の奥に重苦しい圧迫感を感じる。
魔力が渦巻いている──それも、ただの魔力ではない。
これは……
「封印の術式……?」
リリスが険しい顔をしながら呟く。
「違うわ。これは“封印”じゃなくて“依り代”にするための刻印よ……!」
アリシアが声を震わせながら言った。
「じゃあ、このままじゃ……!」
「フィオナが“何か”に取り込まれる……!」
その言葉に、俺の体が無意識に前へ動いた。
「フィオナ!!」
俺は叫びながら、一気に祭壇へと向かって駆け出そうとする。
だが、その瞬間。
「──止まれ」
闇の中から、二つの影が静かに歩み出る。
「なっ……!?」
闇の中から姿を現したのは──
俺とまったく同じ顔をした男女だった。
「……アルヴィン?」
アリシアが驚きに満ちた声を漏らす。
だが、俺は直感的に悟った。
「違う……こいつらは……」
この二人は俺ではない。
しかし、俺のことを知り尽くしている何かだ。
男の方が、不敵に笑う。
「──ようこそ、神の箱庭へ」
女の方は冷ややかな目でこちらを見据え、囁く。
「ここは“神に選ばれし者”だけが踏み入ることを許される聖域。
お前たちに、ここを通すつもりはない」
そして二人は同時に武器を構えた。
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