■12.5 一体、何を考えてる…?  / ハルの木登り

焚き火の温もりが、零の心を包み込み、彼の思索はさらに深まっていった。

異世界の澄んだ夜空には、無数の星が煌めいていたが、その光は東京の夜空とは違う冷たさを帯びていた。異世界に来る前の奇妙な出来事が、今この瞬間にすべて繋がり始めていることに、彼は気づいていた。


「前にも、こんな静寂を感じたことがあったんだ…」零は、炎のゆらめきを見つめながら、心の中に湧き上がる記憶に身を委ねた。


東京の夜道を歩いていたあの日。都市の喧騒の中で突然、周囲の音が消えた瞬間があった。まるで世界が一瞬だけ止まったかのような感覚。

彼は、都市の明かりに囲まれながらも、どこか孤独を感じていた。

人々の喧騒の中で、自分だけが取り残されたような気持ちが、彼の心を掻き乱していた。

その瞬間、突然の静寂が訪れたことで、彼は自分の存在を再確認することができた


そしてその時、腕に巻かれていたルビーのブレスレットが、まるで彼を守るように淡い光を放ったのだ。あの時は、その不思議な現象を深く考えず、単なる錯覚だと思っていた。だが今、その記憶が鮮やかに甦り、すべてが一つの線で繋がり始めた。


「ルビーが…あの時も光ったんだ…」零は、記憶の断片を掘り起こすかのように、ゆっくりとその言葉を口にした。


その出来事から数日後、店でパワーストーンを磨いていた時も、同じような感覚に襲われた。

彼の手首に巻かれたそのブレスレットは、単なる装飾品ではなく、家族の思いが詰まった象徴でもあった。両親の愛情が込められたこの石が、彼を守り続けているのだと思うと、心が温かくなった。


突然、店内の空気が重くなり、周囲の音が遠ざかっていくような奇妙な感覚に包まれた。

そして再び、ルビーが淡い輝きを放ち、まるで彼を何か見えない力から守っているかのように感じた。その時は、やはり偶然だと思い込んでいたが、今ではあれが単なる偶然ではないことがはっきりと分かる。


「このルビーが…ずっと俺を守っていたんだな」零は、手首に巻かれたブレスレットを見つめ、そこに宿る不思議な力を感じ取っていた。


もし、あの時ルビーが光らなければ、もしかしたら自分だけがこの異世界に引き込まれていたのかもしれない。だが、この特別な石が彼を守り、麻美や守田、そしてハルも共にこの異世界に引き寄せられた。そしてその背後にいる存在、女神アリス。彼女は零をこの世界に導くために、この一連の出来事を操っていたのだろう。


「女神アリスは一体何を考えているんだ…?どうして俺たちをこの世界に…」零は、ブレスレットに触れながら、その冷たさが逆に安心感を与えてくれるのを感じていた。

彼女の意図が理解できないまま、零は不安を覚えた。この異世界での試練は、果たして彼らを守るためのものなのか、それとも何か大きな目的が隠されているのか…彼はますます思索に耽ることとなった。


アリスが何を企んでいるかはまだわからない。しかし、確かなのは、このルビーのブレスレットがずっと彼を守り続けてきたという事実。そして、両親が選んでくれたこのパワーストーンが、今後彼の運命を大きく変える力を秘めているという確信があった。


静かに吹く夜風が、零の頬を撫でる。その中で彼は、疲れた身体を休めるようにゆっくりと目を閉じ、深い眠りへと引き込まれていった。手首に巻かれたルビーのブレスレットが、まるで見守るかのように柔らかい光を放ち続け、彼の未来を照らしていた。

夜風は優しく、彼の耳元で囁くように流れ、心地よい安らぎをもたらしてくれた。その瞬間、彼は異世界の美しさや未知の冒険が待ち受けていることを実感し、微かな期待感が胸に広がった。



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ハルは町から少し離れた森の中を探索していた。

いつものように好奇心を胸に、未知の世界へと足を踏み入れていた。新しい香りや音が彼女の興味を刺激し、心が弾む思いで森を進んでいく。

「零はどこにいるんだろう…ここにはいないのかにゃ?」


広がる木々の間を気ままに歩き回り、時折草むらに身を潜めては鳥や小さな生き物たちを観察していた。風に乗って届く森の香りや、太陽の温かさが彼女の毛を柔らかく撫でていた。


そんな中、ハルの目に一本の高い木が映り込んだ。その木は見上げるほどの高さで、てっぺんには光を浴びて輝く葉が茂っている。ハルの瞳は一瞬で輝き、体を低く構えると、まるで遊び心が芽生えたように、その木に向かって勢いよく駆け出した。


「よーし、木登りするにゃ!」

ハルは一気に木の幹に飛びつき、爪を立てて上へ上へと登り始めた。爪を巧みに使いながら、彼女は木の枝を軽やかに飛び移っていく。葉の間から差し込む光が彼女を照らし、枝の上でバランスを取るその姿は、まるで森の中で遊ぶ小さな豹のようだった。


「ふふん、やっぱり高いところは気持ちいいにゃ~」

てっぺん近くまで登りきると、ハルは得意げに下を見下ろし、しばらくその場で体を伸ばして日向ぼっこを始めた。風が心地よく、葉がさらさらと音を立てる中で、彼女はその高さを楽しんでいた。

温かい日差しが彼女の毛を包み込むと、ハルは心地よさに思わず目を細めた。周囲の葉がさらさらと音を立て、まるで森が彼女に祝福を送っているかのように感じた


しかし、しばらくのんびりしていると、ふとした瞬間に彼女は気づいてしまった。


「…あれ、降りるのってどうするんだっけ?」

下を見下ろすと、木の根元は遠く、思ったよりも高い位置にいることに気づいてしまった。ハルは少し困惑した表情を浮かべ、前足でバランスを取りながらどうやって降りるか考え始めた。

高い場所からの眺めは素晴らしかったが、その反面、降りることへの不安が徐々に彼女の心を占めていく。自分の身のこなしに自信がなくなり、周囲の景色が恐ろしいものに変わっていく感覚に襲われた。


「うーん、やっぱり高すぎるにゃ…」

彼女はしばらくの間、木の上であちこちを見回しながら降りる方法を模索していたが、どの方向も急に見えてしまう。焦って無理に降りるのは危険だと感じた彼女は、木の上でしばらく悩んでしまった。


結局、森の中を通りかかった村の少年が、ハルが木の上で困っていることに気づき、優しく声をかけてきた。


「おい、そこにいる猫ちゃん!どうしたんだい、降りられなくなったのか?」

ハルはその声に驚き、少年の方を見下ろした。その声は、どこか優しさに満ちていて、ハルの心に安心感をもたらした。彼女はこの少年の存在が、自分にとっての救いになるかもしれないと直感的に感じた。


彼女はプライドを保とうと、頑張って平然とした表情を見せながら、木の上で軽く鳴いた。

にゃーん、別に困ってないにゃ。でも…ちょっとだけ手を貸してもらってもいいかも…


少年は木の下に近づき、腕を広げて彼女を受け止める準備を整えた。ハルはしばらく逡巡していたが、やがて勇気を出して少しずつ枝を降り、少年の元へと飛び降りた。


「よくやった、無事降りられたね!」

少年が優しくハルを抱きかかえると、彼女は一瞬だけ不機嫌そうに見えたが、すぐに安堵の表情に変わった。木の上での冒険は楽しかったが、降りるのはやはり少し怖かったようだ。


「ふにゃ~、やっぱり降りるのは難しいにゃ。でも…まあ、楽しかったからいいか!」

ハルは元気に跳ね起き、再び森の中を軽やかに走り去っていったにゃ!



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