■8 ジェネラルオークの誓い / 麻美、東京にて
森の奥深く、冷たい風が木々を撫でるたびに、まるで森全体が呼吸しているかのような気配が漂っていた。夕暮れの光が木々の間から差し込み、黄金色の輝きが葉に踊る。しかし、その美しさの裏には不穏な空気が漂い、3人の進む足音は、森の静寂に吸い込まれるように消えていった。
「ここだ…」零が呟いた瞬間、森の静けさを破るように、重々しい息遣いが彼らの耳に届いた。それは徐々に近づき、足元の大地を震わせるかのような感覚を伴っていた。まるで、巨人が目覚めたかのように、巨大な影が森の奥から現れる。
ジェネラルオークだ。
その姿は、一般的なオークに似ているが、威厳と冷徹な知恵を宿した瞳が、ただの巨漢とは一線を画していた。ジェネラルオークは、手下のオークや魔物たちを巧みに操り、戦場を掌握する戦術家であり、彼の周囲には常に緊張感と恐怖が漂っていた。彼が戦場に立つと、無数のオークが一糸乱れぬ統率の下で敵に襲いかかる。その力を軽視する者は、彼の策謀に絡め取られ、破滅へと追い詰められていく。
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ジェネラルオークは戦場を離れ、一人、深い森の奥へと姿を消していた。
その背後には数多の戦士たちの命を飲み込んできた戦場の血と、怨念が漂うかのような気配が残っている。だが彼は振り返ることなく、黙々と歩みを進め、周囲の木々をかき分けながら進んでいく。その巨体が動くたびに、森の生き物たちは震え、足音が大地を揺らすたびに鳥たちは一斉に飛び去っていった。
森の奥深くにたどり着いたジェネラルオークは、ふと足を止めた。彼の鋭い瞳が、ふと遠くを見るように微かに和らいだ。そこには、何も知らぬ者が見ればただの荒れ果てた岩場に過ぎない。だが、ジェネラルオークにとってはそれが「過去」と「未来」とを繋ぐ重要な場所だった。かつて、彼がまだ名も持たぬ若きオークだった頃、初めて戦いの術を学び、勝利を掴んだ記憶がこの場所に染みついているのだ。彼は何度もこの場所で血と汗を流し、斧を振り下ろしてきた。それはただの戦闘の訓練ではなく、戦場で生き残り、力を得るための命懸けの儀式だった。
その日も彼はたった一人でここに戻ってきた。通常、ジェネラルオークが戦場を離れることは稀であり、ましてや孤独であることはありえない。手下のオークたちが絶えず彼の周囲を守り、彼自身もまた彼らを守る存在であった。しかし、彼はこの場所に来るときだけは、必ず一人きりで訪れるのだ。それは、誰にも見せることのない、彼自身の「誓い」を胸に抱くためであった。
荒れ果てた岩場に立つジェネラルオークは、ゆっくりと周囲を見渡し、巨体を深く低く構えた。手に握りしめた巨大な斧が静かに光り、彼の過去の数多の勝利と、未来の新たな戦いを予感させるかのように微かに脈動している。斧を握る手には、長年の戦いの跡が刻まれており、そこには無数の敵の血が染み込んでいる。それはまさに、戦場におけるジェネラルオークの存在そのものを象徴しているようだった。
「過去に縛られるわけにはいかん…だが、忘れてもいけない。」ジェネラルオークは、低く重い声で独り言を呟いた。その声は、森全体に響き渡り、木々さえもその重々しい言葉を受け止めているかのように揺れ動いた。
彼は過去に多くの仲間を失ってきた。戦場に立つ者として、仲間の死は日常であり、悲しみを感じることもなくなっていた。しかし、この場所に戻るときだけは、かつて共に戦った仲間たちの顔が浮かび上がり、彼の心に小さな痛みを残すのだった。かつての無名の戦士から今の地位に登り詰めるまで、数えきれない犠牲があった。その全てが、今の彼の冷徹な瞳と、揺るぎない威厳に刻み込まれている。
やがて、ジェネラルオークは深い息をつき、再び巨体を動かし始めた。今度は戦場に戻るためではなく、この森の奥深くにある、とある忘れられた遺跡へと向かっているのだ。その遺跡は、かつて彼の先祖が築いたもので、ジェネラルオークにとっては一族の誇りと信仰が詰まった神聖な場所であった。
遺跡に到着すると、彼は石の台座に手を置き、静かに頭を垂れた。彼は自分が今まで戦い続けてきたことを、そしてこれからも戦い抜くことを先祖に誓う。彼の目には、ただの戦士ではない、戦場を支配する「戦術家」としての冷徹な意志が宿っていた。
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2メートルを超える巨体、鋭い牙、握りしめた巨大な斧――そのすべてが、異世界の脅威そのものだった。まるで、彼の存在自体が戦場を支配しているかのような威圧感に、彼らの心は一瞬怯む。
「これが…ジェネラルオークか。1匹なら、なんとかなる…んだよな?」零は目の前の圧倒的な存在感に息を飲んだが、心の奥底で燃え上がる闘志が、彼の体を前へと押し出していた。
ジェネラルオークの目が鋭く光り、冷たく静かに彼らを見据えた。そして、その低く響く唸り声が言葉となり、森中に響き渡る。「ニンゲンドモォ…お前たちの力、見せてみろ!」その挑発的な声は、森の空気を一瞬にして張り詰めたものへと変えた。
「俺が相手になる!」守田龍夜は迷いもなく前に出た。彼の姿勢は堂々としており、その眼差しには揺るぎない覚悟が宿っていた。自衛隊で鍛え抜かれた彼の体が瞬時に戦闘態勢に入り、全身に高揚感が広がっていく。それは恐怖ではなく、戦いに向かう闘志そのものだった。
ジェネラルオークの吠え声が再び響き渡ると、森全体に地獄の門が開かれたかのような殺気が広がった。その斧が空を切り裂き、破壊の化身のように迫り来る。踏み出す一歩一歩が大地を揺るがし、巨木すらもその衝撃に耐えかねて揺れ動いた。
零の手に巻かれたブレスレットが激しく光を放ち、彼の中の魔力が目覚める。
魔石が、脈動するように光を放ち、零の腕に伝わる温かさが一瞬心臓の鼓動と重なるかのようだった。その感覚はまるで、ブレスレットが彼自身の力を増幅してくれるような不思議なものだった。零は息を整え、ブレスレットに意識を集中させる。「この力が本当に俺に応えてくれるのか…?」半信半疑のまま、彼は炎の魔力を呼び覚ます決意を固めた。
「炎よ、我が意志に応えよ!…ファイヤーボルト!」炎の玉が彼の手元から放たれ、ジェネラルオークへと向かっていった。しかし、オークはそれを軽々と避け、怒りに燃える目で零を睨みつけた。
「守さん、気をつけて!」麻美の声が鋭く響いた。
「やるぞ!」守田は即座に動き出した。斧の一撃を回避しながら、ジェネラルオークの巨体に隙を見つけて鋭い反撃を仕掛ける。その動きには一切の無駄がなく、彼の全身に刻まれた訓練の成果が滲み出ていた。
ジェネラルオークの斧が空を切り、守田に向かって振り下ろされた。守田は素早く身をかわしたが、衝撃に押され後方へと吹き飛ばされた。
衝撃で地面に叩きつけられた瞬間、守田の頭に自衛隊での過酷な訓練の記憶が蘇った。痛みに耐え、何度も立ち上がることを教え込まれた彼は、目を閉じて一瞬だけ過去に戻ったが、すぐに現在に引き戻される。「まだだ…」守田は内心で自らに言い聞かせ、ふらつく足を必死に踏みしめながら再び立ち上がった。
「守さん!」零が叫んだが、守田はすぐに立ち上がり、再びジェネラルオークに立ち向かう。その眼差しには、決して諦めないという強い意志が宿っていた。
ジェネラルオークの巨体が迫り、零は再び炎の力を呼び覚まし、詠唱を開始した。「炎よ、我が意志に応えよ…ファイヤーボルト!」燃え上がる炎の玉がジェネラルオークの胸に直撃し、炎がその巨体を包み込んだ。オークは苦しげに体を震わせ、一瞬動きを鈍らせた。
「今だ!」守田はその隙を見逃さず、再び突進した。全力を込めた一撃がオークの心臓を正確に貫き、ジェネラルオークの巨体がついに崩れ落ちた。
ジェネラルオークの体が大地に倒れた瞬間、その胸元から眩しい光が漏れ出した。それは魔石の輝きだった。
「これが…ジェネラルオークの魔石か…」守田は荒い息を整えながら、その輝きを見つめて呟いた。
魔石はただの光ではなく、まるで脈動しているかのように不規則に輝きを放っていた。その輝きが守田の手のひらに吸い込まれるように染み渡り、一瞬、彼の体内に新たな力が流れ込むのを感じた。「これは…ただの戦闘能力の強化ではない…」守田の胸中に、何か言葉にできない大きな力が目覚め始めていた。
森全体に静寂が戻り、彼らの勝利を祝福するかのように魔石の光が彼らを照らし続けていた。
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麻美、東京にて
麻美は、白衣の袖口をぎゅっと引き上げ、深呼吸をした。新人看護師として働き始めてまだ数ヶ月だが、毎日がまるで戦場のようだ。朝の準備から始まり、患者さんの世話、投薬、カルテの確認、次々と押し寄せる業務の波――彼女の体力も、そして心も容赦なく削られていく。夢見ていた「命を救う」という崇高な仕事は、理想と現実の間で揺れ動き、思っていた以上に「人間臭い」ものだった。
その日、麻美は朝から特に忙しい日勤のシフトに入っていた。病室を駆け回り、患者の呼び鈴が鳴るたびに走り、心配する家族たちの不安げな視線を感じながらも、笑顔で応えなければならない。彼女の表情が少しでも曇ると、すぐに周囲に不安を与えてしまうことを知っている。だが、笑顔の裏側で、実は心の中では「またか…」と密かに呟いている自分がいることを、彼女自身も自覚していた。
「麻美ちゃん、この点滴の準備お願いね。」先輩看護師の冷静な声が、少し緊張している麻美の耳に飛び込んでくる。その頼みごとに小さく頷き、点滴の準備を始めるが、慌ただしい手元に神経を集中させるあまり、ふと冷や汗が背中に流れる。「失敗できない…絶対に失敗できない…」そう念じながらも、隣で先輩がサラリとこなしている姿と自分を比べては、無意識に焦りが募っていく。
「本当に自分にこの仕事が向いているのだろうか?」そんな疑念が頭をよぎる瞬間が、麻美には何度もある。患者の命を預かる責任が、重すぎて体にのしかかってくるようだ。新人だからと言って、ミスは許されない。ミスひとつで、患者の体に悪影響を与えてしまうかもしれない。そのプレッシャーに苛まれながらも、誰にも弱音を吐けず、ただひたすらに耐えるしかないのが現実だ。
その日、ある年配の患者が彼女を呼びつけ、手を握りながらこう言った。「ありがとう、毎日君たちがいるおかげで、安心して眠れるんだよ。」その言葉を聞いた瞬間、麻美の胸がふっと温かくなった。しかし、同時に心の中では複雑な感情が湧き上がる。「安心して眠れるって…でも、私は何をしてあげられているんだろう?ただのお世話役以上のことを、本当にできているのか?」と思ってしまうのだ。患者の言葉に感謝しつつも、自分の心の奥底には、無力感が深く根を張っているのを感じた。
更に彼女の不安を募らせたのは、ある夜勤明けの帰り道のことだった。長いシフトを終えて、疲れ切った体で帰宅する途中、同僚たちが楽しげに談笑しているのを見かけた。仕事に対する誇りや充実感を感じているらしい笑顔がまぶしかった。「私には、そんな余裕なんてどこにもない…」と、麻美は心の中で呟く。彼らと自分の間には、越えられない壁があるように思えてならなかった。立派な看護師になるためには、心も強くなければならないと分かっている。それでも、心の片隅では「逃げ出したい」という弱い気持ちが静かに囁いている自分がいることを、どうしても認めざるを得ない。
麻美はそんな葛藤を抱えながらも、笑顔を作り、他人には悟られないよう努めているが、夜が深まると、心の中で小さな孤独がふくらんでいくのを感じる。零が経営する店に通うのも、その孤独感を少しでも癒せるからなのかもしれない。
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