第47話


 運命の日がやってきました。今日はセレナ、ルイ、フォル、バロ、そしてヒロインのエマフォート・ルルーの高等部の入学式。私はセレナの近衛騎士として、フォルの近衛騎士であるルイーザと並び立ちました。


 ルイーザは近衛騎士になって1年目は私と同じくセレナの近衛騎士でしたが、戦績を上げて昇格しました。そのおかげで学園内の警護を一緒にやるようになりました。



「ノア、今年もセリューナ様とルイ、フォルストリット殿下、バロは同じクラスだそうだな」


「はい。学園側が配慮をしてくれていますから。それと、同じクラスに高等部から入学する生徒がいます。要注意をお願いします」


「その生徒の名は?」


「エマフォート・ルルーさんです。学ばずとも古代文書を読み解くほど知力が高いと聞いています」



 ゲーム内の知識ですが。私はセレナたちと同じ列に並ぶエマを見つめます。レモン色のボブ、ぱっちりしたレモン色の瞳と長いまつ毛。そばかすもゲームのまま。そして何より、真っ赤な椿の髪飾り。


 ゲーム攻略サイトにも書かれていませんでしたが、イラストレーターこだわりのあの椿の意味は「罪を犯す女」です。エマは主人公でありながら、自分が育った孤児院を救うという目的のためにフォル、ルイ、ファンクス、バロに取り入ります。


 愛嬌と生まれつきの知力。それを武器にして彼らと婚姻するために画策します。当然ゲーム内ではその辺りは強く主張されるわけではありませんが。


 エマは四人と会話をしながらターゲットを決めて、標的にした相手に惚れさせようとする間に自らも惚れていきます。フォルたち攻略キャラは物珍しさやエマの素朴さに惹かれて声をかけることになっています。そうでなければ地位に差がある彼らとエマが関わることなんてあり得ません。リアはかなり特殊な例ですから。



「平民から入学するだけでも大変なのに、高等部からの入学か。それにその知力。注目の的になりそうだな」


「ええ。フォルたちも興味を持って近づく可能性があります」


「面倒なことにならなければ良いけどな」



 エマをこの学園に入学させる後ろ盾となったのは王妃です。貴族からの報告を受けて国力増強を目指すためとエマを抱き込んだと聞きました。この辺りはストーリーと違うところです。


 私の動きの変化によってこの世界に生じた歪み。それがどれだけストーリーとの差を生んでいるのか気を付けないといけません。私の望む未来を掴めない結果にはしたくありませんから。


 入学式が終わると、教室に戻ります。そして今日はすぐに下校となりました。案の定エマは噂と好奇の視線の的となっています。ルイは他の女子生徒も含め視線を向けません。フォルとバロは興味があるのか、時折エマに視線を向けています。



「帰ります」


「分かりました」



 他の生徒には目もくれずに帰宅するというセレナ。その後ろには一緒に帰るらしいルイとリア。私はルイーザに目配せして先に教室を離れます。



「セレナ! ノア!」



 廊下に出るとすぐに、聞き慣れた声が私たちを呼び止めました。振り向くと高等部二年生になったファンクスが駆け寄ってきました。今日は二年生は休校の予定ですが、生徒会長に選ばれたファンクスや生徒会役員たちは話が別です。


 生徒会といえば、フォルとセレナ、ルイ、そしてエマも新しく生徒会役員に選ばれました。学年で成績上位の生徒たちの宿命となるのが生徒会活動です。ここでエマがどんな動きをするのか注目すべきところです。


 ちなみにバロは成績が足りなくて生徒会役員にはなれませんでした。騎士として必要な分野の成績は良いのですが、他はやる気にならないようです。やるべきことはやっているので良いと思いますが。



「セレナ、ルイ、リア。入学おめでとう」



 ファンクスが笑いかけると、三人は照れ臭そうに笑いました。ファンクスはふと辺りを見回します。



「フォルとバロは?」


「まだ教室にいますよ」


「あれか。王妃様の」


「はい、それです」



 ファンクスは頭を掻きました。そして不安げにセレナを見つめます。セレナはファンクスを安心させるかのように柔らかく微笑み返すと、私の方に視線を移しました。



「先に帰りましょう。今日も予定があるので」


「分かりました」



 セレナは今日も妃教育を受けることになっています。もう完璧だと周囲は思っていますが、ウィーラド公爵は満足していないと聞きます。王妃がエマの後ろ盾となったことでより焦りを感じているようです。



「皆さま、こちらへ」



 中等部のときとは違う道。待機していた馬車に四人を乗せて公爵邸へ向かいます。公爵邸に到着したら、セレナとファンクスの指示でルイとリアもそれぞれの自宅へ送り届けられます。


 四人乗りの馬車。私は今日は他の近衛騎士たちとともに馬車の後ろから馬で追いかけます。本来であればこれが普通なのですが、普段はセレナの希望で同乗しています。


 公爵邸に到着すると、私はセレナとともに妃教育を受ける部屋へ向かいます。教師は幼少期からの公爵家付きの中年の先生ではなく、王家の家庭教師を務めていた老婆に代わりました。より高度なことを学ぶため、セレナが受ける授業の量も倍近くになりました。


 セレナが授業を受けている間は、その教室の前で警護を行います。ただジッと周囲を警戒している間に、中からセレナの声が聞こえてきます。厳しい指導にもひたむきに向き合う姿が想像できて、これから起こるであろう事態も、それを引き起こす人々も憎らしく思えます。


 日が完全に沈んだころ、ようやく教師が出てきました。メイドの一人がお茶を運び入れてすぐに退室すると、私に視線を向けました。



「ノア様、セレナお嬢様がお呼びです」


「かしこまりました」



 ノックをして入室すると、セレナは窓際で夜空を背景にお茶を飲んでいました。



「ノアさん、これを見て欲しいのですが」



 セレナに手招きされて近づくと、そこには一通の手紙が置いてありました。シーリングスタンプには王妃の紋章が刻まれています。



「私が見てもよろしいのですか?」


「ええ。舞踏会へのお誘いです。当日の護衛をお願いします」


「分かりました。拝見いたします」



 手紙を開くと、週末にダンスパーティーを開催するとのこと。今回は相手を決めずに好きに踊るようにと書いてありました。いつもであればセレナとフォルを一緒にいさせたがる王妃にしては珍しいことです。



「ノアさんはいつも通り私の使用人として傍にいてください。私は踊る気はありませんから」


「かしこまりました」



 この国ではダンスは婚約者や配偶者がいる場合にはその相手とのみ踊ることが好ましいとされています。ダンスには求婚の意味もありますから。伝統とはややこしいものであり、しがらみであり。そして必ず、意味とそれが生まれた理由があるものです。



「私は今はフォル様の婚約者です。その立場を自ら手放すようなことはしません」



 セレナは窓の外をジッと睨みつけます。その表情の凛々しさと美しさに私は息を飲みました。



「分かりました。セレナの隣に立とうとする者がいないよう、お守りします」



 セレナは私の言葉に小さく微笑んで頷きました。そしてまた、窓の外を見つめます。見つめる先に見えるのは、王城。窓に映るセレナの表情は硬く、強い意志が感じられます。



「私は今、悲しむべきなのでしょうか。喜ぶべきなのでしょうか」



 セレナは唐突にそう言いました。私への問い掛けのような、自分自身への問い掛けのような。その言葉が何を意味するのか考えている間に、セレナはパッと窓から視線を離しました。



「そろそろお風呂に行ってきます。メイドを呼んでくれますか?」


「分かりました」



 セレナは私に微笑みかけてくれました。私はやんわりと追い出されるように部屋の外へ出ました。


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