第32話
騎士になって半月。私は今日も訓練に勤しんでいました。今日の相手はルイーザ。初めて彼女を見かけてからも何度も訓練をしてもらっていますが、彼女の腕は1日で上がるので、何度相手をしてもらっても学びがあります。
今日も騎士団長が終了を告げるまで訓練をして、帰ろうとしたところでルイーザに声を掛けられました。
「今日、屋敷へお邪魔しても良いか? 妹に用事があってな」
「構いませんよ」
今日の護衛の任務まではまだ時間があります。門番もパトロールもシフトには入っていないから、魔物の森に行く予定だったのですが。今日は予定を変更した方が良さそうですね。
二人でプルーシュプ家に向かいます。街の外れの貴族にしては小さな屋敷。ルイーザも何度かここを訪れていますが、毎度私に訪問の許可を取ってくれます。屋敷の主はルイなので私に聞かなくても良いとは思うのですが、彼女なりの礼儀でしょう。
門を押し開けて屋敷に入ると、私の声に反応したのか気配を察したのか。カゲマルが飛びついてきました。
「ワオーン!」
わふわふと鳴きながらすりすりと甘えてくるカゲマルをわしゃわしゃと撫でてやります。番犬としての訓練では厳しく接しますが、普段はこうして甘やかすこともあります。
「ただいま戻りました、カゲマル」
カゲマルを撫で回していると、屋敷の奥から走ってくる足音が聞えました。
「兄様!」
飛びついてきたルイを抱き締めます。この半月、セレナの警護で学園に行ったときに姿を見ることしかできなかったので、この温かさが懐かしいです。
「ノア様、おかえりなさいませ。ルイ様、お客人の前ですから、お控えください」
デックの言葉にルイは渋々私から離れました。そしてルイーザに恭しく頭を下げました。
「お見苦しいところをお見せしました、ルイーザさん」
「いえ、大丈夫です」
ルイーザが淡々と答えたとき、これまた屋敷の奥から走ってくる足音が聞えました。
「姉さん!」
満面の笑みでエントランスに駆け込んできたラウラは、ルイーザに抱き着きました。ルイとは五つ年が離れていますが、行動は全く同じですね。自分の感情に素直なところがラウラらしいです。
「ラウラ……人前だぞ?」
「ふふ、ごめんなさい」
そう言いながらルイーザから離れたラウラは、満面の笑みを浮かべています。ここでの暮らしも楽しそうにはしていますが、やはりルイーザの前でしか見せない顔があるのですね。
「デック、ルイーザさんを客間へ案内してください。ラウラも一緒に行ってください」
「かしこまりました、ノア様」
「ありがとうございます、ノア様!」
デックがラウラと共にルイーザを案内していくのを見送って私はルイを抱き締めました。
「もう少しだけ抱き締めていたいです」
「兄様……俺も、もうちょっとだけ……」
抱き締め返してくれたまだ小さな手を感じて笑みが零れます。十二歳になって少しずつ身長も伸びてきましたが、いつまでも私が守りたい大切な弟です。
「兄様、今日はお泊りできますか?」
「ごめんなさい、夜には任務があるので。その代わり、今度夜の任務がない日にまた来ますからね」
「そうですか……楽しみにしていますね!」
一瞬残念そうな顔をしたルイに、申し訳ない気持ちになります。公爵家の別邸に移り住んでからというもの、時々帰省して泊まっていくこともあります。けれどあまり長くはいられないので、ルイには寂しい思いをさせてしまっています。
「ルイ、今日は夕方まで遊びましょう」
「はい!」
満面の笑みを浮かべるルイを連れて庭に出て、カゲマルにボールを投げて取ってきてもらいます。カゲマルはこの遊びがお気に入りで、ルイと一緒にいるときもよくせがんでいるようです。
遊んでいると、ふと客間の窓から視線を感じました。顔を上げると、ルイーザがこちらを見ていました。ラウラと話をしているのかと思いましたが、どうやらラウラが席を外しているようですね。
ルイーザの視線はルイに向けられています。これはもしや。なんて親戚のおじさんのような野次馬根性が顔を覗かせましたが、言葉を飲み込みます。
ゲームシナリオではルイが結婚するのはリアかヒロインでした。思わぬところにも恋心がある可能性があることに驚きながら、私は見て見ぬふりをすることに決めました。これ以上干渉しすぎると、どこまで影響が出るのか分かりませんから。
そういえば。ゲームではもうルイとリアが婚約していたような。すっかり失念していましたが、これはかなり重大なことな気がします。ルイとリア。それぞれが誰と結婚することになるのか。注視していなければいけませんね。
「フガッ。この私が来たというのに、出迎えはないのかね?」
鼻水が来た、と思いながら振り向くと、やはり鼻水……ではなく下衆男爵……じゃなくて、なんでしたっけ。ああ、ヴァルガー・マイナハイマ男爵でしたね。
「これはこれは、ヴァルガー男爵様。如何なさいましたか?」
私が挨拶をすると、下衆男爵は眉間に皺を寄せました。
「おや? ノア殿ではありませんか。ああ、なるほど。公爵家の護衛をクビになられたようですな」
ゲラゲラと品性のカケラもなく笑う下衆男爵。ルイは一瞬だけ嫌そうな顔をしましたが、すぐに笑みを浮かべました。
「こんにちは、ヴォルガー男爵様。本日はどういったご用件で?」
「フガッ、今日はルイ殿にお見合いを持ってきたんだよ。お相手は伯爵家のご令嬢だ。今度お見合いの場をセッティングしておいたから、必ず来るように」
鼻水! フガフガ男爵の横暴に私の中で珍しく苛立ちを感じます。自分が非難されたとしても怒ると体力を無駄に消費するのであまりしないのですが、ルイのこととなれば話は別です。
「そのお話、お断りさせてください」
私が何か言う前に、ルイがそう言いました。私も下衆男爵も驚いて目を見開きますが、ルイは毅然とした態度を崩しません。
「俺には既に心に決めた方がいます。その方以外と婚約するつもりはありませんので」
きっぱりと言い切ったルイに、下衆男爵の顔がカッカと赤くなりました。
「このぉ……私がせっかく取り付けてやったというのにっ! これまで支援をしてやった恩を忘れたかっ!」
……支援? 何の話か分からずにルイを見ると、ルイも意味が分からなかったのか私の方を見ました。私はこの屋敷の経理にも噛んでいますが、下衆男爵からの支援はなかったはずです。少なくとも、両親が亡くなってからは。
「フガッ! 知らんとは言わせないぞ! 私がお前たちの屋敷から解雇された使用人たちを雇ってやったんだ! 平民に落ちたお前たちの代わりにな!」
フガフガ笑う下衆男爵の言葉に、私とルイはさらに首を傾げました。この屋敷では自発的に辞めていった使用人は多数いますが、こちらから解雇した人はいません。きっとここを辞めた使用人たちの讒言だったのでしょうね。
「あいつらが路頭に迷わないようにしてやったんだ。感謝しろ!」
なんだこいつ。という気持ちには蓋をして微笑みます。
「その使用人の方のお名前をお伺いできますか? 事実確認をいたしますので」
「フガッ! 私の言葉を疑うというのか!」
憤慨した下衆男爵に、ルイがにっこりと笑い掛けました。
「応じてくださらないということは、嘘、ということですか?」
「フガッ……そ、そんなことはないっ! あ、明日にでも調査結果を持ってきてやろうじゃないか!」
下衆男爵がフガフガ言いながら帰っていきました。ルイはホッと息を吐きますが、私としてはルイの成長に感動しつつもルイの想い人が気になって仕方がありません。
「ルイ、よく頑張りましたね」
「ありがとうございます、兄様」
私は耐えきれなくて、可愛らしくはにかむルイの肩を組みました。
「それで? ルイはどなたが好きなんですか?」
私の言葉に、ルイはポッと頬を染めました。
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