第24話


 護衛としての仕事にも慣れてきたころ。私はその日の仕事を終えてメケとリオンと共に塔の最上階に上がりました。その端にある本棚。それを前に、眼鏡を外しました。


 赤い角に黒い翼。魔王としての姿になると、魔力を込めて本棚を回転させます。その先に繋がる空間に足を踏み入れると、魔王城の玉座の間に到着しました。



「さあ、行きましょうか」



 ここからは別行動です。私は今年から始めた新事業の、成果が出たとの報告を受けたのでその確認に向かいます。魔王城の裏手に試作した畑。その中に赤い実りが見えました。



「おぉ! ちゃんとトマトですね!」


「あ、魔王様。おかえりなさい」



 私が感嘆の声を上げると、畑を整備していたリザードマンのリドラがこちらに微笑んでくれました。私が手を挙げて応えると、近くで作業をしていたミノタウロスのアリオスも顔を上げました。


 二人は私が集落を巡っている中で出会いました。魔王城で働いてくれている人を探していたので、力があり器用な二人を勧誘しました。



「収穫の調子はどうですか?」


「結構良い。魔王様、これ、食べてみて。美味しいから」



 リドラは照れ臭そうに笑いながらトマトを一つ私に差し出しました。私はそれを受け取ると、袖で軽く拭ってかぶりつきました。甘さと酸味がじゅわっと染み出て、トマト! という味がしました。



「トマトですね」


「そりゃトマトだからな」



 アリオスが変なものを見る目で見てきますが、リドラはこくこくと頷いてくれました。



「そうなんだよ、すっごくトマトなんだよ。これで、人間の畑から盗まなくて良くなる。来年からは、もっと量産しよう。みんなが食べられるくらい」


「そうですね。人手も増やしましょう。それから、他の野菜にもどんどん挑戦してみましょう」


「うん。そうしよう。きっと、みんな喜ぶ」



 リドラが満足気に小さく微笑むと、アリオスは頭を掻きました。



「ったく。どうすんだ? 畑仕事ができるような魔物なんてそんなにいないぞ? それに、育てるやつらが自分たちの集落に全て持って行っちまうかもしれねぇし」


「そうなんですよね……私の直轄の部下たちを増やすか、それぞれの集落に技術を持ち帰っていただくか、というところでしょうか」


「なるほどな……ひとまず、俺たちの知り合いに声をかけてみる。教えられる人材を増やすぞ」


「分かりました。お願いしますね」



 アリオスはぶっきらぼうな態度が目立ちますが、知恵があり、顔も広いです。種族ごとの隔たりの大きい魔物たちの中で、アリオスほど種族の枠を超えた交流をしている魔物を私は知りません。


 アリオスと話をしている間に、リドラは黙々と収穫をしていきます。この畑でできた野菜は、こういうものがあることを知らせるために、魔王城の目の前で週に一度開催する市で販売することになっています。


 この市の開催が始まったのは三か月前。私とメケ、リオンが人間の市場から買い込んだものを市で販売するようになりました。他にも人間に紛れて買い物をしたり、狩猟をしてきた魔物たちも商売ができる環境を作ってみました。


 この市の管理をしてくれているのは、アリオスの双子の弟のミノロスとインキュパスのパイン。私はリドラとアリオスと一旦別れて魔王城に戻りました。


 魔王城の中の一室。そこに気配を見つけてドアをノックしました。中から返事が聞こえて中に入ると、ミノロスとパインが次の市に向けて準備を進めていました。



「魔王様、おかえりなさい!」


「おかえり、魔王様」



 元気にニコニコと笑ってくれたアリオスよりも少しあどけない様子が目立つミノタウロスが、ミノロス。そしてミノロスと頭を突き合わせて資料を見ていた眠たげなインキュパスがパイン。


 ミノロスはアリオスからの紹介で、パインはメケからの紹介で魔王城で働いてくれることになりました。力には自信がないという彼らには、市担当を任せています。


 パインは二十代後半くらいの青年に見えますが、その背中には黒い翼と黒いしっぽが生えています。彼も悪魔族の一種族。メケとは幼馴染らしく、よく二人でお酒を酌み交わしている姿を見かけます。



「次の市の準備はどうですか?」


「はい! 魔王城産の野菜のほかにも、動物の肉や化けて人間の市で買い物をしてきた者たちの出品もあります!」


「買う側だけではなく、売る側も充実してきているよ」



 ミノロスが説明をしてくれて、パインが資料を見せてくれました。確かに出品側に名乗りを上げる者たちが増えてきているようです。しかし、問題もまだまだあります。



「物々交換のためにそれぞれの価値を設定しているのですが、その物の価値が種族ごとに違くて……」


「これでは安い、これでは高いと反発が大きくてね……困っているところだよ」



 ミノロスが大きな身体で肩を落とすと、隣でパインも肩を竦めました。ひと口に魔物と言っても種族差が大きいですから、彼らの気苦労は計り知れません。



「難しい仕事ですが、よろしくお願いしますね。どうしても決まらないものがあれば、私の名前を使って決定してしまっても構いませんが、なるべく賛同を得られるよう、お願いしたいです」


「分かりました! 魔王様の期待に応えられるように頑張りますね!」


「うん。二人でどうにかやってみるよ」


「よろしくお願いします。頼りにしていますね」



 信頼を得るにはまずは信じること。これが私の魔王としてのポリシーです。私は魔物たちの知り合いなんて、当然いませんでした。だから、無条件に信じることは難しくも思えます。


 私には彼らの感情しか分かりませんが、彼らは違います。私の感情や考えは彼らに筒抜けです。だからこそ、信じて任せることが信頼関係を築くために必要不可欠なのです。私が疑えば、それは彼らに伝わってしまいますから。


 当然裏切られたときにどう対応するかを決めた上で、ですけどね。上に立って誰かに何かを任せるときには責任は取るから好きにしなさい、と言えるくらいの度量と準備、フォローアップをする実力が必要だと、私は思います。


 私はミノロスとパインと別れると、今度は別の部屋に向かいます。私の魔術の訓練用にしている強固な結界を張っている部屋。その隣の、これまた強固な結界を張っている部屋。気配が中にあることを確認してノックをしました。



「入っても良いですか?」


「お? 良いぞぉ!」



 部屋の主の陽気な声が聞こえたので、私はドアを開けて中に入りました。そこにいたのは、アラクネのネクリア。八本の脚で器用に動く彼の部屋には、植物がたくさん。



「調子はどうですか?」


「上々じゃ! 今はな、じゃがいもをこの地で育てられるように改良中じゃ!」



 そう言うネクリアの手元には、研究に必要なものが並んでいます。彼は元々アラクネ族の中で異端の研究者として追放され、放浪していました。そんな彼と出会ったのは、魔物の森の端にある洞窟の中。


 周囲で生活しているゴブリン族から森の端の洞窟が爆発したと報告を受けて、メケと洞窟の調査に向かったときのこと。その洞窟の最奥で、爆発をものともせず、むしろあっはっは、と笑いながら薬品実験をしている青年がいました。


 それがネクリアでした。彼の研究熱心な性格と研究のためならどんな手でも使おうとする豪胆さが気に入って勧誘しました。安定して研究ができると言うと二つ返事で頷いてくれたネクリアは、品種改良をしながら趣味の薬品実験や発明をしています。



「こいつは寒さに強くて熱さにも強いからのぉ。今度火口でも育つか、氷山でも育つか実験してみたい!」


「分かりました。今度一緒に行きましょうね」


「わぁい! 魔王様は太っ腹じゃ!」



 ルンルンしているネクリア。彼の研究の調子も確認し終えた私は、再び玉座の間に戻りました。そこには既に、別行動をしていたリオンとメケが到着していました。


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